60. 出迎え
「龍がいないなら私が話聞くわよ? こっちは抱えてた大きな案件終わったからちょうど手が空いてるし」
梨奈がそう言いながら麦茶の入ったコップを手に取る。
今井さんもどうぞ、と真琴が声をかけると今井も「ありがとうございます」と会釈をしつつコップを手に取った。丁寧で腰の低い人である。
「その大塚って子、呪術使えるんでしょ? 仕事で使えそうな子だったらうち手伝ってくれないかなあ」
「止めはしないけど~、ちょっと癖が強いよ?」
「祐清に癖が強いって言われるのはヤバいわね」
「あれぇ、それって僕が貶されてない?」
「あんたより癖の強い人間なんてそうそういないわよ」
梨奈の言葉に事務所にいた面々が揃って頷く。この事務所に出入りしている時点でどんぐりの背比べともいえるが、その中でも、見た目、謎の多さ共に藤岡は群を抜いている。
「お互い様だと思うけどなぁ~。ま、いいや。廸歩ちゃん連絡してみなよ。向こうだってこっちの本拠地に来るのなんて嫌だっていうかもしれないしねぇ」
「そうですね、聞いてみます」
メール画面を開いて、話をする場所は九環の事務所で、藤岡には席を外してもらうがほかの社員が数人いることをメールする。
横でぼそっと「向こうが断ってくれればいいのに……」と翼が呟くのでまた笑ってしまった。
――が、翼の願いはむなしく、すぐに大塚から了承の返事が届いた。
今日はもう時間が遅いので日を改め、明日、事務所ビルの1階のパン屋前で落ち合うことにした。
事務所に直接来てもらえば話が早いのだが、九環の事務所は結界が張ってあって誰でも入れるわけではない。
藤岡曰く、おそらく大塚は『入れない』ほうの人間だろう、ということなので事務所の迪歩が迎えに行くことになった。
***
翌日、約束の時間の少し前にパン屋『ベーカリーnine』の前に立つ。
隣には当然という顔で翼がいる。
階段上がるだけだし別に一人でいいよ、と言ったのだが「絶対にダメ」と笑顔で押し切られたのだ。
「入れない人って、どういう判定基準なのかな」
「見鬼じゃない人、もしくは祓い屋の助けを必要としていない人――っていうのは知ってるけど、その他の基準は俺もよく知らないな。多分害意のあるなしとか、危険過ぎるものがくっついてるとか、そういうのだと思うけど……どうも、最終的にもるもるの感覚で決まってるっぽいんだよね」
「感覚かぁ……それでひっかかると、物理的に入れなくなっちゃうの?」
「物理的っていうより心理的かな。そこに事務所があることが認識できないっていうか、こう……入ろうって思えない? らしいよ。探してても通り過ぎちゃうみたいな」
「へえ……」
「ああ、やっぱりイケメンくんが一緒だった」
ビルの壁に寄りかかって話をしていると、楽しそうな声が割って入ってくる。
「あ、大塚くん」
「やっほーチホちゃん。イケメン君もお久しぶり」
「お久しぶりです……椿といいます」
翼が余所行きの笑顔で名乗る。対して大塚はいつもの朗らかな笑顔。
どちらも笑顔なのに二人の間にはピリピリした空気が流れていた。
「えっと、じゃあ事務所は2階なので……」
「階段上るだけなのにくっついてるのって過保護すぎじゃない?」
「そうですね……俺だっていくら彼女でも、会う相手がまともな人間だったら気にしませんけどね」
「……えーと、二人とも……」
「ああ、優等生っぽいし、もたもたしてるかと思ったら意外と手が早いんだ。でも、うわべの関係で満足してあんまり子供っぽく執着してると逃げられちゃうよ」
「ご心配なく、うまくやってるので」
「へえ? うまくやってると思ってるのは自分だけじゃないのかなぁ?」
ニコニコしているが、二人の間の空気はどんどん冷えていく。たまたま通りかかった人も『なんだなんだ?』という目を向けていく。
廸歩は肩を落として小さくため息を吐いた。そして二人の目の前に手を伸ばし、猫騙しの要領でパンッと手を叩いた。
「とりあえず話を進めましょう。事務所へ行きます。わかりましたか?」
「「はい」」
無表情のまま淡々と言った廸歩の言葉に二人とも大人しく頷く。
廸歩はそれを確認して「よろしい」と頷き、ビルに入ってエレベーターのボタンを押した。
「てかさ、実際のところ今の俺がチホちゃんに手を出そうとしても普通に本人からボコられるだけなんだけどね」
「ああ……まあそうだろうね」
「術使えば藤岡サンに何されるかわかんねーし、薬はさすがに法に触れるしさ」
「手を出す、の並びに『薬』っていう発想があるような人間だから近寄らせたくないんだよ……」
エレベーターを待ちながら不穏なことを言い出した大塚に、翼は忌々しげに言葉を返しながら廸歩の腕を引っ張って自分の横へ引き寄せた。
翼は警戒しているが、大塚は以前『自分の手は汚さないのがモットー』などと悪役の鑑のようなことを言っていたし、おそらく法に触れるようなことを、言いはしても実行することはないだろうと迪歩は思っている。
「というか、大塚くんはそんなに藤岡さんが怖いの?」
「めちゃくちゃ怖い。得体知れないし、なんかすげえ情報握られてるし」
得体の知れなさならいい勝負だと思うが。
情報を握るということに関しては、前に情報屋というワードが普通に会話に出てきたりしたので弱みを握って脅すということも……もしかしたら普通に行われているのかもしれない。
(……それは私も普通に怖い)
「祐清……藤岡さんよりも、今日いる常盤さんのほうが遥かに容赦ないし怖いけどな」
「……えぇー」
「そっちが怖がってる情報網、構築したのはほとんど常盤さんだし」
「帰りてぇー」
「よし、帰れ」
「帰んないけどさー」
「チッ」
いくら藤岡が不在とは言っても、こちらの本拠地である事務所へ来ると答えた時点でその辺りの覚悟はしているのだろう。大塚の表情はあまりかわらず、へらへらした態度を崩していない。
が、嫌そうな口ぶりではある。
そんなに嫌なのに頼みたいということは、怪異が起きている小樽の知人というのは大塚にとってずいぶん大切な相手なのかもしれない。
乗り込んだエレベーターが2階に着いて、扉が開くと、目の前が事務所の扉になっている。のだが――。
「九谷環境調査へようこそ」
そこには、梨奈が仁王立ちしていた。
「……なんで仁王立ち?」
ちらっと廸歩たちのほうに視線をよこした大塚は、さすがにいつもの余裕のある表情が崩れてドン引きの様相だった。
聞かれたって廸歩にだってわからない。思わず廸歩も翼のほうに視線を向ける。
「……大きい仕事が終わった後だから、テンション上がってんじゃないかな……」
と答えた翼は、頭が痛そうな表情でこめかみを押さえていた。




