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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の章
57/87

57. 閑話:推し(詩織視点)

時系列は前半は51、後半は56の中間あたりで借り物を詩織に返した後です。

 我が家の玄関のベンチに座っていた迪歩は、とてもではないが成人男性を倒せるような人間には見えなかった。

 そんな彼女は明るい所で改めてその姿を見ると肌の白さで赤くなったところが際立ち、なおさら痛々しい。

 本人は大したことないと言い張るが、動物の爪で抉られた傷も、いかにも痛そうだった。


(他にも傷があるかもしれないし、ちゃんと確認したほうがいいから、お風呂を使ってもらって……そのあとガーゼとかで傷口を保護して……)

 

 必要なことを確認しながら、ひとまず足を洗ってもらうためのお湯を張った桶とタオルを持って玄関に戻った。


「じゃあ俺、ちょっと祐清(ゆうせい)さんの方見てくる」


 詩織が玄関に戻るとすぐに翼が家から出ていった。多分迪歩を一人にしないようにそばにいたのだろうが、詩織が戻ったとき一瞬『助かった!』という表情をしていた。

 それもそうだろう、ベンチに座る迪歩が身につけているのは破れた薄手の部屋着のみ。

 ショートパンツから伸びた足はつま先までなめらかに白い。

 他人の家の玄関というのが落ち着かないのか、不安そうに眉を下げるその様子はいかにも儚げで、同性の詩織ですらもくらっとするくらいなんともいえない色っぽさがある。

 そんな人が全幅の信頼とともに上目遣いに見つめてくるのだから、我が兄の葛藤は推して知るべし……といったところである。


(この人、これで無自覚なんだもんなぁ……)


 好きな相手がこんなに無防備に色気を振りまいていたら、翼だって気が気じゃないだろう。――とりあえず詩織の使命は、彼女の『目の毒』レベルの姿を、普通に外を歩ける姿にすることだ。


「詩織さんのほうが怖い思いをしたのに、色々用意してもらってありがとうございます」


 着替えも済ませ、さっぱりした様子の迪歩がそう言って頭を下げた。

 大学生なのに、中学生の詩織にも丁寧な態度と言葉遣いなのが少しくすぐったい。


「いえ。迪歩さんに大きな怪我がなくてよかったです。っていうか……確かに色々怖いことはありましたけど、迪歩さんがあんまり強かったからびっくりして恐怖感吹っ飛んじゃいました」

「あはは……でも泣かせちゃいましたけど……。役に立ったなら良かったです。怖いことなんてすぐ忘れたほうがいいですから」


 迪歩はそう言って、ふにゃっと微笑んだ。

 その笑顔に詩織は心の中でガッツポーズをする。

 迪歩は基本的に淡々としているので、こうやって笑ってくれると小動物が懐いたときのような気持ちになるのだ。


 正直なところ、自分の身に降り掛かった出来事について、まだ自分の中で整理できてはいない。

 あの抜け出せない空間は何だったのか、あの中年男性は何だったのか……しかも倒れた男性の影の中から動物が出てきたように見えた。

 迪歩は『狐』だと言っていたが、そもそも普通は影の中から動物が出てきたりしない。が、翼も翼と一緒に来た『祐清さん』もそのことに対して特に疑問を持っていないように見えた。

 あの時あの場所で、詩織の知らない、なにか超常的なことが起こっていた。

 そして、詩織以外の三人はそれを承知していた。


(ってことは、翼さんのバイトって……本当は環境調査じゃないのかも)


 それとも実は詩織が知らないだけで、こういう出来事は普通の環境調査の現場ではよくあること――というのはさすがにないだろう。

 そんな超常現象を相手にする商売があるのかは分からないが、少なくとも翼は廸歩のことをバイト先の人と言っていたし、この後も事務所へ行くと言っていたので本業であれその一環であれ、そういう仕事を請け負っているのだろう。


(それって、だいぶ危険なお仕事なのでは……?)


 母は知っているのだろうか。


「詩織ちゃん、俺しばらく出かけるから家の中詩織ちゃんと父さんだけになるけど、なんかあったら電話して。あと、できるだけ外には出ないようにして」

「分かった……あの、翼さん」

「ん?」

「えーと……あんまり危ないこと、しないでね。お母さん心配するだろうし……」


 あまり触れて欲しくなさそうな空気を感じて、踏み込むのをやめる。

 そんな詩織の言葉に翼は少し困ったように笑った。

 詩織と翼はどこか似た者同士なので、詩織がなにを聞こうとして、なぜ聞くのをやめたのかが分かったのだろう。


「うん。あんまり説明できなくてごめんね」

「ううん……とりあえず怪我がなければいいよ」



***



 迪歩に貸していた服はきっちりクリーニングされて翼経由で返ってきた。

 フリーサイズの安物ワンピースなのに、そんなに丁寧にされると逆に申し訳ない気持ちになってしまう。サンダルもこころなしかきれいになっている気がする。


「怪我してたから、血がついてたら嫌だろうしって言ってた」

「ああー、私は気にしないけど気にする人もいるもんね。……迪歩さん、他に怪我は大丈夫だった? 足、凄く痛そうだったけど」

「軽い打ち身だから大したことないってさ」

「うーん、迪歩さんって、大したことあっても言わなそう……」


 詩織の中の迪歩のイメージ的に、腕が折れてても『腕自体は繋がってるから大丈夫です』などと平然と言いそうなのだ。


「うん。だから佑清さんが医者に確認してた。迪歩さんは信用がないって凹んでたけど」

「あ、そこは凹むんだ……」

「表情に出ないだけで割と喜怒哀楽激しい人だよ」


 ふ、とその時の迪歩の様子を思い出したのか、翼が微笑む。

 お、この表情を写真に撮ったら売れそう……という邪念が一瞬詩織の頭の中によぎったが振り払う。


「そうなんだ……おじさん倒したときもすごく落ち着いてたから、基本冷静な人だと思ってた」

「……そのへんあんまり詳しく聞いてないんだけど、あのおっさん倒したのって本当に迪歩さんなの?」


 翼の困惑したような表情に、詩織はおや、と首を傾げた。


「そうだよ。すごく強かったの。ぜんぜんまったく慌てないし、おじさんが金属棒フルスイングしたときなんか絶対やばい! って思ったけど気がついたらおじさんのほうが吹っ飛ばされてるし」

「フルスイングって……肋骨折っちゃったって比喩とかじゃなくてもしかして事実なのか……」

「折れてるかどうかは分かんないけど、折れてても不思議じゃないと思う。迪歩さんは気絶させようとしてたみたいだけど、おじさんがゾンビみたいに起き上がってくるからやむを得ずって感じだったよ」

「……あー、うん、それはまあ状況的に仕方ないと思うけど……」


 確かに、その後いきなり倒れてしまったが、あの時点で身を守るにはそうするより他になかったのではないだろうか。

 だが、翼が気にしているのはその点(おじさんの怪我)ではないようだ。


「私、チカさんが空手強いっていうからてっきりお姉さんの迪歩さんも同じように格闘技やってるんだろうなって思ったんだけど……違うの?」

「護身術は習ってたって聞いたことはあるね」

「……護身術ってよく知らないけど、どっちかっていうと護身っていうよりもカンフー映画を見てる感じだった」

「つまり、こっちが心配するようなレベルじゃないってことか……」

「そうかも……」


 強かった。だが……心配するレベルじゃない? 果たしてそうだっただろうか?

 現に詩織は迪歩の身を案じて泣いてしまったのだ。


「それでも、怖くないわけじゃないんだよなぁ……」


 翼がぽつんと言ったその言葉は、どうも詩織に聞かせるものではなくて独り言だったようだ。

 怖くないわけじゃない、の主語は『見ている翼が』なのか、『相手と対峙している迪歩が』なのか。


(……迪歩さんって、自分のことはどうでもいいって思ってる感じがして怖いんだよね)


 だから、死んじゃうんじゃないか、と心配になるし、腕が折れても平気って言いそう、なんてイメージをしてしまうのだろう。


「迪歩さんが無理しないように見張っておく人が必要だね」

「大学受かったら同じ校舎なんだけどなぁ……」


 やばい、夏期講習の申込み忘れてた、と翼はそのまま部屋に引き上げていった。

 それを見送り、詩織は先日の食事の後にチカが言った言葉を思い出していた。


 曰く、どうせ両思いなんだから早くくっつけばいいのにねー、と。


 さて、私の推しカプはいつ頃くっつくんでしょうね?

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