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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の章
52/87

52. 槐

「廸歩ちゃん……ってか、そのふゆさん? の話だと、そこの狐も助ける対象だったってことだろ? こいつの身柄はそのふゆさんのほうで預かるってことかね」

「さあ……その辺も何にも聞いてないです」

「でも、そいつが実行犯ってことは主犯が別にいるってことだよね」


 主犯をどうにかしないとまずいんじゃないの? と翼が続ける。確かに失敗したことが分かれば次の実行犯が出てくるということは考えられる。


「んー、いっそ本人に事情を聴いてみようか。この狐くん、一応封じてはあるんだけど僕たちが着いたときには完全に伸びちゃってたし、多分MP使い切ってるからしばらく悪さはできないと思うんだよねぇ」

「箱から出すってこと? ――それはそれとして、祐清さん狐と喋れんの?」

「もるもるなら喋れるんじゃない?……真琴ちゃんには申し訳ないけど、起きてもらってさ」


 全員の視線がソファにぐったりと横たわる真琴へ集まる。

 真琴には非常に申し訳ないが、主犯が動くとしたら情報を得るのは早いほうがいい。――だが。


「も、もるもるさんが本当に喋れるか、一度確認してから起きてもらってもいいんじゃないでしょうか……」

「俺もそう思う……これを起こすのはさすがにかわいそうだよ……」

「わざわざ起こして、もるもるが会話できないってなったら絶対まこっちゃんキレるし……」

「ぷぷ……」

「うん、そうだね……」

 

 廸歩の提案にもるもるをふくむ全員が頷き、ひとまず狐との会話を試してみることになった。

 小さめの衣装箱のような木箱に貼られた護符を切って、藤岡が蓋を開く。


「封印の影響ですぐには動けないから、飛び出しては来ないよ~」


 その言葉の通り、蓋が開いても動きはなかった。

 廸歩が恐る恐る箱の中を覗くと、横たわっていた狐のまぶたがゆっくりと開かれるところだった。

 その目を見て、なんとなく名前を聞いていたことを思い出す。


(そう、確か……)


「『えんじゅ』」


 名前を呼んだ瞬間、額の辺りでパチンッと静電気のような衝撃を感じて迪歩は思わずのけぞる。


「っ……!」

「廸歩さん?」


 あわてて翼が立ち上がって廸歩を引き寄せ、箱から距離を取らせる。

 ミーティングテーブルの周りに緊張した空気が張り詰める中、ぴんっと耳を立てた狐が箱からひょこっと顔を出した。


「廸歩ちゃん、今のってもしかして名前?」

「あ……はい、そういえば聞いてたなって思って……」

「こういうものの名前はあんまり不用意に呼んじゃだめだよ」

「……!……すみません……つい、なんか急に思い出して」

 

 藤岡に渋い顔をされてしまった。

 迪歩は以前、同級生の大塚から名前を使って暗示をかけられたことがある。その時に名前には力があると聞いていたのに。

 なんか色々だめだなぁ……としょんぼりしていると、顔を出して目をぱちぱちさせていた狐がすんすんと鼻を鳴らし始めた。何かの匂いが気になるようだ。


「甘い匂いがする!」


 子供特有の高い声が響いた。

 「「は?」」と、全員の視線が先程の高い声の発せられた口に集まる。

 声の主、狐はそれを気にした様子もなくひょいと箱から軽々飛び出すと、テーブルの上を歩き廸歩の前までやってきた。


「お前の匂いは知っている……さっきの強いやつだ。それに(えんじゅ)の名前を呼んだ」

「え、はぁ……」


 狐はふんふんと廸歩のほうに顔を伸ばし、匂いを嗅ぎながら喋る。芙遊(ふゆ)と一緒にいた狸の(たすく)ほど流暢ではないが、普通に人語を話している。ただ、芙遊は『若い狐』と言っていたが、若いを通り越して幼さを感じる話ぶりだ。


「槐はお前に助けられた。狐は恩を忘れない。だからお前を槐の嫁にしてやろう!」

「……へ?」


 ぽかんと目を丸くした廸歩に向かって、抱っこをねだる犬のように後ろ足で立ち上がった狐の、その首根っこを、翼が無言のまま素早くつかんで廸歩から引き離した。思わず抱っこしそうになった廸歩の手が行き場をなくす。


「何をする! 離せ!」


 首の後ろをつかまれて持ち上げられ、ぐねぐねと身をよじってわめく狐を、翼は恐ろしく冷たい目で見下ろしながら「そういえば狐のジビエって聞かないな……」と呟く。

 またジビエである。

 ちなみに狐肉は狸肉よりも匂いが強いのと寄生虫のエキノコックスがいるので、食用にはあまり向かないと言われている。


「まぁまぁ翼くん。うーん、とりあえず行動を縛ったほうがいいかな」

「そういえばモルモットって狐の捕食対象じゃねぇの?」

「……きゅっ」

「……うん、縛るね~」



***



「じゃあ、SNSにお告げをして回ってたbyakko-sanは君だったってこと?」

「そう。建物だろうとネットワークだろうと網をかいくぐって潜り込むのは得意だ。白狐さんはエリート狐だし、人間にも人気だから名前を借りた」

「……逆に怪しくて不信感を煽ったけどな……」


 頭頂部にお札を張られた狐の槐はまた箱の中に入れられ、顔だけ出してブーブー言いながらも一応こちらの質問に答えてくれた。

 槐自身は大規模妖術を完成させることに反対していたらしく、楔を打つのを邪魔して欲しかったためわざと情報を流したのだという。


「反対ならなんでそんなことやったんだよ。バックレりゃいいだろ」

「お前は馬鹿だな。槐がやらなければ他の狐がやるだけだ。槐はこの辺りじゃ一番妖術が強いから、槐がやって失敗すれば上も諦めるはずだ。……それに上の連中の恨みは凝り固まって根深い。どこかでガス抜きをしなければ」

「……ガキだと思ったら意外とちゃんとしてた……」


 小さな子供だと思っていた相手から滔々と反論をくらい、与田はややショックを受けたような顔をする。それに対して槐は不機嫌そうにしっぽをビタンと箱の縁に叩きつけた。


「ガキとはなんだ。槐は人よりも長く生きている」

「マジか……なのにさっきの廸歩ちゃんへのアホみたいなプロポーズか」

「槐はアホではない」


 言い合いが始まりそうな雰囲気に、藤岡が割って入る。


「それは置いておいて、そもそも~、大規模妖術とやらが完成するとどうなる予定だったの? それに、狐がそんなに人を怨んでる理由は何なのかな――原因を取り除かないとまた繰り返すだけでしょ?」

「術が完成すれば札幌の真ん中あたりに淀みが吹き上げる風穴が開く。人心が乱れて悪霊が集まり、土地が荒廃していく。そのはずだった。……年寄りが恨んでいる原因は、昔から積み重なったものだから槐たちのような若い世代には分からない。ただ、今回の計画に踏み切ったのは、槐たちの一族のご神木が切られたからだな」

「ご神木かあ……それは怒るだろうね」


 それは人間がやっちまったな、という調子の藤岡の言葉に、槐は頷く。


「皆怒った。でも、狐にとってはご神木であっても人間たちにとっては普通の木だったから仕方がないと槐は思う。切られたことは腹立たしいとは思うが、それならば切られないように手を打っておくべきだった。獣でも物の怪でも、人と約定を交わし取引している者はいるのだから年寄り連中はそうすべきだった。それをせずに恐れ敬えと言って通るような時代ではないだろう」

「ああー、ごもっともで……」


 そう思いながらガス抜きとして槐は自ら楔を打って回ったのだ。妨害されて反動を受けて正気を失いながら。

 槐は廸歩に『助けられた』と言ったので、自分ではどうしようもない状態だったのだろう。

 確かにそれは誰か助けてやってよ、と思う。

 だが、なぜ芙遊たちはそれを知っていたのだろう。龍神だから、その眷属だから――と言ってしまえばそうなのかもしれないが……。


「槐は生き残ってしまったのでしばらく身を隠さないといけない。年寄り連中が頭を冷やす時間が必要だ。だから槐の嫁は、槐が戻り次第娶ってやろう」

「いえ、謹んで辞退させていただきます……」


 話がこちらに戻ってきてしまった。プロポーズは継続中だったらしい。


「槐は慎み深いやつは好きだ」

「いや、そうじゃなくて」

「ところで嫁、ポケットに何か入れていないか。さっきから呼ばれている気がする」

「ポケット……?」


 ポケットに手を入れると、スマホと、チカから受け取った鍵があった。服を借りたときにワンピースのマフポケットから移したのだ。


「その鍵だ」

「これ?」


 鍵を少し持ち上げ、槐にも見えるように掲げて見せる。


「「!!!」」


 掲げた次の瞬間、廸歩と槐の姿は事務所からかき消えた。


 呆然と沈黙した面々の前には、先ほど廸歩がポケットから取り出してテーブルに置いたスマホだけが残されていた。

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