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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の章
46/87

46. 立体駐車場の少女

 翌日の授業後に九環に顔を出すと、お告げのある無しに関わらずすでに大半の学校に画像が出回っていると聞かされた。

 チカとその仲間が画像を流し始めてからまだ一日すら経っていないのだが――。

 ちなみに椿兄妹の所属するグループには昨夜のうちに届いていたらしい。


 画像の出所は『大学に行っている先輩の知人に、呪いやおまじないの研究をしている人がいて、先輩を介してその人からお守りになる画像をもらった』という女子高生x。

 そして、チカと仲間たちはその女子高生xの友人や知人から画像をもらった……という、やや複雑な設定を付けてあちこちにお守りの画像を流したのだ。

 ただしその『女子高生x』の細かい設定は聞かれたら答えるが、積極的には発信しない。そして仲間内でわざとディテールを微妙に変えてうまく辿れないようにしているとのこと。


「なんでわざわざそんな遠回しな設定にするの?」


 真琴の疑問は迪歩(みちほ)も気になった点で、同じ疑問をチカにぶつけていた。


「なんでも、そういう出所があいまいな情報のほうがみんな面白がって拡散しやすいんだそうです」


 微妙に変えたりすると齟齬が出てこない? と聞いたら、齟齬があるほうが噂としてリアリティがあるとの回答だった。


「廸歩ちゃんの妹は工作員か何かなの?」

「違う……と思います……」


 与田に言われて否定する。……が、実際この驚異の拡散速度を見てしまうと、迪歩自身微妙に自信がなくなってくる。


「なんか悪徳商法とかに目覚めないといいな」

「与田さん、怖いこと言わないでください……」


 実際チカの交友関係がどこまで広がっているのか分からないのが恐ろしい。しかもホームではない札幌でこれなのだから、地元では一体どんなことになっているのか。


「それで、お告げ現場の最新状況ね」


 真琴の言葉で地図へと目を向ける。

 すでに痕跡が消えた箇所には赤い付箋が貼ってあるのだが、その数が増えていた。

 残り六件となっていた『痕跡の残っているお告げ現場』のうち、昨日の夕方~夜の間に三件で異変が起こったのだ。

 もるもるの眷属のハムスターが感知して、一件はその時たまたま近くにいた藤岡が急行して呪術を祓ったらしい。

 術の発動前は手出しできないものの、発動してしまえば祓えるということが分かった。だが、藤岡曰く――


『結論から言うと~、術が発動して被害者が術の有効範囲に入ったら外部から近づけなくなります』


 だそうだ。


 術が発動すると、その中心地には術にかかっている人しか入れなくなってしまうらしい。そして術にかかっている被害者はまるで操られるように術の中心へと向かっていってしまう。つまり、被害者がそこに入ってしまったら、外からは手出しできなくなってしまうのだ。

 今回はハムスターが頑張って被害者の気を引いて足止めしている間に藤岡が間に合ったらしい。


 昨日発生した残り二件のうち一件は間に合わず、中学生男子が河川敷の階段を踏み外して転落――したのだが、転落途中で与田が受け止めたので打ち身程度で済んだ。

 その代わりに、受け止めた与田は「普段使わない筋肉を使った……」とかであちこち痛むらしく、現在ソファで伸びている。


 最後の一件の被害者は翼の同級生だった。翼のところにお告げが来た時に写真の場所が「うちの近く」と言っていた女子生徒である。

 彼女は自力で完全に術の有効範囲から逃げ切っていたので、後から着いた九環のスタッフが難なく術を払うことができた。

 ――自分で逃げ切れた理由について、翼が本人から話を聞いたところによると、


 ぼんやりスマホを見ながら歩いていたらちょうどお守り画像がグループに届いた。

 それでハッとして顔を上げたら、なぜか近づかないように気を付けていた例の交差点付近に立っていた。

 びっくりして見回したら足元に迷子|(?)のハムスターがキーキー鳴いていた。野良猫に襲われたら大変だと思って保護しようとしたのだが、ものすごい勢いで走って逃げてしまい、それを追いかけているうちに自宅に着いていた。


 曰く、「あのハムスター、めっちゃ速かったわ……」と言っていたらしい。

 足止めといい、自宅への誘導といい、ハムスター大活躍である。


「と、いうわけで残り三件。中島公園近く、翼くんちの近所、あと旧道庁前。ほかにもこっちで認知してないものがある可能性もあるけど、それはちょっと対処のしようがないわ」


 これに関しては生徒たちが自主的に学校に報告してくれないとこちらに情報が来ないのでどうしようもない。

 それに、時間が経つにつれいたずらでお告げを模倣する子どもたちも現れ始めているため、模倣のいたずらだと判定した案件の中に本物が紛れている可能性もなきにしもあらず……という頭の痛い問題もある。


「……とりあえず、すぐ動けるように与田くんと藤岡くんにお願いしてるけど、いかんせん範囲が広くて間に合わない可能性が高いのよね。術の効果もだんだん強くなってきてるみたいで、ハムスターも弾かれちゃう有様よ……翼くんのクラスの女子みたいにお守りがうまく効いてくれるといいんだけど」

「中島公園……はまだ残ってるんですね」


 今日チカが遊びにいっている辺りだ。夜にライブハウスへ行くと言っていたのでちょうど今くらいにそちらへ移動している頃だろうか。


「中島公園になんか心当たりでも?」

「いえ、今日妹がそっち方面へ行ってて……」


(大丈夫だろうけど、一応連絡でもしてみようかな。……心配し過ぎかな)


 そんな迪歩の思考を切り裂くように、もるもるがキッと鋭く鳴いた。

 すぐに与田が立ち上がり、真琴がもるもるを地図の上に乗せる。


「場所は?」

「噂をすればなんとやらだな――迪歩ちゃん、来るか?」


 もるもるが示したのは中島公園近くのポイントだった。「はい!」と迪歩も慌てて立ち上がり、与田に続いて事務所を飛び出した。



***



「もしかして昨日からずっとこんな感じで地図に張り付いてるんですか?」

「もるもるとまこっちゃんは張り付きだな。俺は最近事務所に住んでるし、祐清さんはいつもフラフラ彷徨ってるからそれほど負担じゃないけど」

「……もるもると真琴さんに後で差し入れ持っていきます」


 与田が運転する車で移動中、チカにメッセージを送ってみるが反応なし。普段は恐ろしく返信が早い人間なので、何かあったのかもしれない。


「妹さんと連絡つかねえの?」

「はい……うちの妹はお告げを受けてるわけじゃないし、気付いてないだけだとは思いますけど」


『真琴:立体駐車場の脇の階段登っていったって。ハムは弾かれた。』

『真琴:入ったのは女の子二人』

『真琴:一人入って、ハムが弾かれたあとに追っかけてもう一人入った』


 真琴(もるもる)からの続報メッセージを運転中の与田にも伝える。


「二人? ハムが弾かれてるのに入れたのか?」

「そう書いてあります。今までは入れなかったんですよね?」

「ああ、入れないってか……今までと同じなら、被害者は別の空間に入っちまう感じなんだ。後から追っかけて同じ()()には行けるけど、その被害者のいる()()には入れない。例えるなら、被害者一人だけパラレルワールドにスリップした感じで」

「その人だけ別のレイヤーにずれちゃう、みたいな?」

「そそ。で、事故が起こった直後にこっちの空間に戻ってくる。昨日の河川敷の中坊は、落下途中にこっちの目の前に現れた感じだったな」


 与田や藤岡ですら入れないその空間に入れたということは、今回の被害者は二人ということだろうか。今まで報告があったのが全て一人だけだっただけで、別に人数まで予告はされていないのだ。

 途中、信号に捕まったりしてジリジリしながら着いた立体駐車場の周辺は、普段からそうなのか、それとも術の効果なのか、全く人気がなかった。

 迪歩と与田が車から降りて、先ほど女の子が登っていったという非常階段へと向かうと、その階段の手摺に真っ白なハムスターが乗っかってキィキィと声を出していた。


「とりあえず上だな」


 与田の言葉に迪歩が頷き登り始めた――直後に、その頭上から声が降ってきた。


「あれ、チホ?」

「へ?」

 

 その声の主を探して上を振り仰ぐと、屋上部分の手すりからひょこっとチカが顔を出していた。こちらの声が聞こえたらしい。


「チカ!? どうしてそんなところに」

「いやなんか、友達が飛び降りようとしたから……」

「え、大丈夫なの!?」

「とりあえず気絶させた」


 チカは困ったような顔で「起きたらまた飛び降りようとするかもだから、この子が起きる前に下に運ぶの手伝ってくれない?」と続けた。


「……とりあえず気絶……?」


 与田のつぶやきに、迪歩は思わず乾いた笑いを浮かべた。

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