45. 拡散
「チホ、翼さんになにか言われた?」
家につくなり、チカが迪歩の顔を覗き込んできた。
合流したときには顔の火照りは落ち着いていたと思うし、態度にも出していないと思うのでカマをかけているだけかもしれない。
「……服が似合ってるって褒められた」
「それだけ?」
「なにか言いたいことでも?」
ニヤニヤしているチカを軽くにらみつける。
「べっつにー?」
「やな感じ。……そういえば明日友達と遊びにいくんでしょ? どのへん?」
「ん? そんなの気にするの珍しいね。えっと、昼は札幌駅周辺だよ。夜行くライブハウスはすすきののちょっと南の方」
迪歩は露骨に話をそらしたのだが、チカも特にこれ以上追求するつもりはなかったらしくすぐ返答が帰ってきた。
すすきのの南、というと中島公園寄りだ。その辺りに一箇所、まだ呪術の痕跡が消えていない『おつげ』の写真の場所がある。
「最近変ないたずらの犯罪予告みたいなのがあってさ」
「あ、もしかして『byakko-san』てやつ?」
「え、知ってるの?」
九谷の話ではbyakko-sanの『おつげ』は札幌周辺の学校のみだったはずだ。もしかして新潟にも出没しているのだろうか。
「ライブ仲間のグループで話題になってる。中高生のグループで流行ってるって」
「ああ……さすがコミュ強……」
「『おつげ』の写真の場所を通ったら上から物干し竿が落ちてきて怪我したとか、急にお腹痛くなって病院行ったら急性腸炎だったとかっていうのも聞いた」
「え、それどこか分かる?」
「んー? チホ、いつもならそういう話嫌がるのに。……待ってね、ログ見る」
ライブ仲間グループはあちこちの学校の生徒が入り混じっているので、流行情報をキャッチするのに向いているそうだ。
正体の分からない相手からの、ミステリアスなお告げは彼らの好奇心を刺激するらしく、活発に情報交換が行われているらしい。
会話ログを辿ってもらい、抽出できた箇所は五箇所。
先程の物干し竿と腹痛のほか、車を避けたら側溝に落ちた、後ろからなにかに押されて転んだ(振り返っても誰もいなかった)、ハチに刺された……など、事故や事件というには些細な出来事ばかりだった。
今日九環で聞いた、自転車事故の件も会話ログの中にあった。
これらの出来事の共通点は、お告げを受けたグループに所属している人が、貼られた写真の場所で被害にあっていること。
そして、それらの場所はすべて、痕跡が消えていることをもるもるによって確認されている場所であった。
物干し、腹痛は被害者本人がライブ仲間グループに所属していたので詳しい内容が残っていた。
どちらの被害者も噂を気味悪がってその場所を避けていたのに、何故か偶然が重なってその場所へ行くことになってしまい、そして被害を受けたらしい。
避けていたのに行ってしまったというのは結衣から聞いた財布紛失と同様だ。
「本当に避けてても行っちゃうっていうんじゃどうしようもないけど、チカ、一応近づかないようにね」
「私はお告げ受けてないから大丈夫じゃない? まあ気をつけるわ」
腕っぷしが強い上に強運で勘も鋭いチカが被害に合うイメージなど全く沸かないが、一応注意だけしておく。おそらく本人も同様にイメージが沸かないのだろう、気のない様子で返事をした。
***
チカがお風呂に入っている間に、チカから聞いた情報を九環のSNSグループに流す。もともと九環メンバーは個々にやり取りしていたためグループはなかったのだが、与田が「学校でボッチの迪歩ちゃんのために」と作ってくれたのだ。
全くもって余計なお世話だが、ありがたく使わせてもらう。
『くたにさん:こういうのは普通に調べても分からないから助かるな』
『よだ:みちほちゃんの妹は諜報員かなにかなの?』
『真琴:妹さんに協力してもらえそうなら、お守り画像流してもらったら?』
『ふじ:それだ』
『古原:迪歩さんバイトのこと話してあるの』
『迪歩:話してないです』
『よだ:身内バレってきっついよな』
(うーん、身内バレかぁ……)
真琴の言う通り、画像を拡散してもらうなら異様に顔の広いチカはうってつけの人材である。
だが、迪歩が『視える人間』だということは、チカには一度も話したことがない。
チカは廸歩の三歳下で、彼女が物心ついた頃にはすでに廸歩は自分の感情を隠すことを覚えていたし、特にそんなことを話す機会というものもなかったのだ。
――が、祖父と迪歩の関係がよくないことなど火を見るよりも明らかだったし、その原因を辿れば、幼い頃の廸歩がどういう子供だったかを知ることは難しくない。
チカの勘が鋭い云々の前に、十年以上一緒に暮らしていて、隠し通すのなど至難の業である。
(うーん、チカなら『祓い屋のバイトやってます』って言ってもあっさり受け入れる気もする……)
ここには幽霊が見えると言っても祖父のように怒りだす人はいない。この機会にきちんと話しておくのはありかもしれない。
「……よし」
『迪歩:話してきます』
『真琴:えっ』
『くたにさん:!?』
『よだ:思い切りよすぎない!?』
ちょうどお風呂から上がってきたチカは見慣れた黒髪黒目に戻っていた。
母によく似た、二重で切れ長の目と肩につくくらいの癖のない髪。
猫目で癖のある髪の廸歩は両親よりも祖父や大叔母に似ていて、チカとは容姿も性格もあまり似ていないとよく言われる。
「チホ、なんでそんなに人の顔じっと見てるの」
「ああごめん、その顔がどうやってさっきみたいな男顔になるのかと思って」
「メイクの可能性は無限大なのよ」
「チカが言うと説得力ある……で、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「……この画像を、なんかこう……適当に理由つけていい感じにbyakko-sanのお告げを受けた人たちに広めてもらえませんか」
「すごい。なにも説明する気がないのが前面に出ててすごい」
「うう……、待ってね。ちゃんと説明する」
話すと決意したくせにいざ切り出そうとすると盛大に日和ってしまい、結果的に関係のない話題からの抽象的なお願いになってしまった。思わず視線が泳ぐ。
「ええと……今私がやってるバイトがね……えーと……心霊現象なんかを調査するお仕事なんですよ」
「ほう? チホが心霊現象とか言うの初めて聞いたわ。うんと、ゴーストバスターズみたいなもの? てかそういう仕事って実在するんだ?」
「うん、私も最近まで知らなかったんだけど、実在してて結構繁盛してる……で、私、あの……そういうのが視える人なんですよ」
廸歩はそれなりに覚悟をして言ったのだが、チカはあっけらかんとした表情で「ああうん」と頷いた。
「それは知ってた。やっと認めたかって感じだけど」
「……やっぱり分かってたよね」
「そりゃあね。祖父さんのせいで隠さなきゃいけなかったのは分かってたから黙ってたけどさ……あれ、ってことはバイトが一緒の翼さんもそういう人なの?」
「それは個人情報なので黙秘」
「それはほぼ答えだね……ま、いいや。で、それで何の画像を流すの?」
「これです」
迪歩はスマホを操作して、お守り画像をチカに転送する。
藤岡が用意した画像は、幾何学模様をいくつも重ねて一つの花のように見えるものだった。いくつもの魔方陣を織り込んでいるらしいが、素人目には普通にちょっとおしゃれなマンダラアートのように見える。作成者は藤岡の先輩――以前ちらりと聞いた、犯罪を暴いてしまって命を狙われたことのある方だそうだ。
「なんかきれい」
「うん。魔よけの効果があるんだって。壁紙とかに設定してもらえば多少効果があるって言ってた」
「多少?」
「お守りってインクとか素材とかの影響も大きいんだって。画像だとやっぱり魔よけ効果は落ちるみたい。……でも、何かおかしいぞ、って思ったときにパッと表示できるようにしておけばある程度効くらしいよ」
「ふーん……分かった。なんかアジアンテイストで普通にきれいだし、何人かで広めてみるわ」
言うが早いか、チカはSNS画面を開くと早速仲間たちと『画像拡散作戦会議』を始めた。
「さすが、持つべきものは陽キャの妹……」
「バレバレだったとはいえ、チホがせっかく自分の秘密を話してくれたんだしね。期待には応えますよ」
お守り画像はチカの予告通り、その夜のうちにほぼすべてのグループに拡散されていった。




