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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の章
41/87

41. 痕跡

「翼のクラスに来てたのとは違う場所だな」

「そうだね……この場所、別に事故が多いとか聞いたことないけどなぁ」

「ま、なにがあるにしても、しばらく妹ちゃんにそこ近づくなって言っといたほうがよさそうだな。変質者とかかもしんねぇし」

「変質者……霊現象も嫌だけど、生身の人間かもしれないって思うともっと嫌だな……」

「女の子だし、心配だよねお兄ちゃんとしては」


 中学校なら生徒はみんな比較的近くに住んでいるはずだし、翼の妹になにか起こると決まったわけではない。

 が、そもそも近所にそんな得体の知れない予告をされた場所があるだけで嫌だ。


「これってなんか規則性ねぇの? 線でつないだらなんかの形になるみたいな」

「いろいろやってみましたけど、特にこれっていう規則性は見つからないですね。場所は札幌中心部全体に散らばってるから、あえて言うなら歪んだ円くらいにはなりますけど……」


 位置や投稿順など、いろいろと順番を変えてみたが無作為に投稿されているようにしか見えない。

 一番初めのお告げは十二日前。

 投稿されるペースは一日一から三件で、同じ場所の写真は必ず同じ日に投稿されている。そして同じ写真を除くと、昨日まででお告げのあった場所は十五箇所。

 しかし、学校側が気付いたものだけが報告されているため、まだ発覚していないものがあってそれが欠けているから規則性がわからない……という可能性もある。


「規則も分からん、ってことになると……とりあえずもるもるには特に気になるところへ眷属を配置してもらって……それも五箇所くらいが限界だから、カバーしきれないところは誰かしらが巡回して異変がないかコツコツ調べていくしかないか」


 迪歩が並べ替え試行錯誤したリストを見ながら九谷がそういうと、与田が露骨に嫌そうな顔をして口をとがらせる。


「この暑いのに外回りか……。現状でもるもるの眷属(ハムスター)が見張ってても異常なしってことは、俺らが見に行っても『なにか』があるかないかも分かんないまま帰ってくることになるだろうし」

「まあその可能性は高いな。こういっちゃあ何だが、いっそどこかでなにか起こってもらわないと動きようがないんだよなぁ。人間の犯罪予告の可能性だってあるわけだし、それならこっちの仕事じゃないからな」


 人の仕業なら警察の範疇になる。

 だがそれを聞いたもるもるはふるふると頭を振った。


「きゅぅ」

「もるもる的には弱いけど呪術的なものを感じるってさ。現地に行けばもうちょっと分かるかもって言ってるから、近いところからいくつか回ってみようか?」

「そうだな、 頼む。呪術の痕跡が見つかればある程度やろうとしてる目的もつかめるかもしれないしな」

「ってことで与田くん車出してー」

「へいへい」


 ものすごく面倒くさそうに与田が立ち上がるそばで、「もるもる久しぶりの車だねー」「きゅ!」と真琴ともるもるは楽しそうだ。


「あ、もるもるがバテちゃうから車の中冷えてから乗るね」

「……そのネズミ本当に精霊なの?」


 げんなりした顔で与田が車の鍵を手に、ブツブツ言いながら事務所の扉を開けて出ていった。

 

「地図コピーしますね」

「ありがとー迪歩ちゃん。とりあえず近場と、特にもるもるが気にしてるところかな……怪しいところはチェックしておくから、一応迪歩ちゃんや翼くんは近づかないようにね。なにがあるか分からないし」

「うん。ていうか俺は今週模試があるから近づく余裕がない……」

「あー、頑張れ受験生……」



 その後、与田がなんだかんだ文句を言いつつ、結局もるもるチームが二日間かけて十五箇所全て巡回し、そのうち呪術の痕跡が残っていた場所は六箇所見つかった。

 痕跡のあった場所にはハムスターによる監視が付けられた。

 残っていた痕跡は、前の小乃葉のときのように木札が埋まっている――というような誰が見ても分かるものではなく、誰かがなにかの術を使った気配がある、というもので、効果や目的までは分からなかったそうだ。

 一方の、何の痕跡もなかった地点は、時間が経って消えたのか、それともすでになにか起こってしまった後なのかの判断はつかなかったという。


「なにか起こった後だったらいいんだがなぁ。調べた限りで事故や犯罪は起きてないから、少なくとも大きな事件はなかったってことだからな」


 九谷はその結果を受けて、痕跡の消えていた箇所を重点的に『お告げの投稿~もるもるの巡回』までの間でなにか事件や不審者の目撃などがないか調べていたのだが、警察や情報屋のところにもめぼしい情報はなにもなかったらしい。


(情報屋ってリアルで初めて聞いた……)


 迪歩はその単語が引っかかったが、ちょっと怖かったので触れなかった。情報屋という言葉の響きがなんだか裏稼業っぽくて怖い。

 とはいえ九環自体、裏稼業といえば裏稼業なだけに、過去の報告書を読んでいると『白骨化』とか『刺殺』とかいう不穏なワードがちらほら混じっていたりするので、情報屋くらいは今更ではあるのだが。

 同業者の中には、調査の途中で危ない組織の犯罪が露見してしまって命を狙われる……ということもあったらしい。

 その同業者の人は事件が解決した現在もボディーガードを付けているそうだ。さすがにそれはレアケースらしいが、怖い。


 しかも、どうやらその同業者は藤岡の学生時代の先輩で、九環の事務所にも時々出入りしているらしい。

 意外と身近なところが更に怖い。

 迪歩が事務所の全員から名前呼びをされるきっかけになった、九環事務所に出入りしている『今井さん』はその人の秘書兼ボディーガードだそうで、「今度二人併せて紹介するから楽しみにしててね~」と藤岡に言われている。

 正直怖いので、あまり楽しみにはしていない。



***



 もるもる巡回から二日。それまで毎日報告の上がっていたbyakko-sanの『おつげ』はすっかり息を潜めてしまった。

 九環で把握している件数は最終的に前回から一件だけ増えて十六件。

 その間に一箇所だけ、自転車のブレーキが壊れていて壁に激突した中学生がいたそうだが、軽い怪我で済んだという。


「あれ~、迪歩ちゃん今日来ないって言ってなかったっけ?」

「藤岡さんちょうどよかった。午後の講義が実験演習だったんですけど意外と早く終わって。あのこれ……いつものあれです……」

「なるほど、今日も絶好調だね」


 迪歩がふるふると差し出したひしゃげた護符を、藤岡が苦笑しながら受け取る。

 実験演習のある日は終了時間がよめないため、いつもバイトを休みにしている。

 早く終わっても普段なら顔を出さないのだが、今日は例によって護符をダメにしてしまったので新しいものを貰いにきたのだ。ついでに話したいこともあったのでちょうどよかったというのもある。

 それは、結衣からの「後輩がお告げの写真の場所で鞄を落として中身をぶちまけて財布をなくした」という続報だ。


「なるほど~。で、お告げのあったグループの子だったんだ?」

「はい。気持ち悪いから近づかないようにしてたのに、その日は他の道が工事とか引っ越しトラックとかで塞がれてて、どうしてもそこを通らなきゃいけなくなっちゃったって話なんですけど……」


 結衣の後輩の話によると、近くのコンビニで買い物をしたときには確かに財布はあったし、鞄に入れたところを店員も見ているので、他の場所でなくしたというのは考えにくい。そして、誰かに鞄を引っ張られた気がする、というのと、どれだけ探しても財布だけ見つからない、というのが奇妙だったため一応連絡をくれたらしい。

 ちなみにもるもる巡回前に発生していたようだ。巡回のときには何の痕跡もなかった場所だ。


「それがお告げの示してる事件なら、自転車事故の件も財布の件もその程度で収まってくれるなら平和でありがたいねえ。本人にとっては大惨事だけどさ~」

 

 藤岡の言葉に九谷も頷く。


「まあ高校生だったら社会人と違ってクレジットカードとか免許証とかは持ってない子のほうが多いだろうし、怪我なんかもなくて被害としては小さいほうだな」

「そういえば、自転車事故のあったところの呪術の痕跡ってどうなったんですか?」


 見に行った本人たちに聞こうと思っていたのだが、今日真琴ともるもるは動物病院へ定期健診に行っているため不在だった。

 ……え、精霊ですよね? と迪歩は思わず真顔で聞いてしまったが、体はあくまでモルモットを模しているのでメンテナンスが必要なのだそうだ。

 いろいろと謎の多い生き物である。


 与田と真柴は仕事で外出、翼は模試なので本日の事務所は九谷と藤岡だけ。迪歩が来たときには二人で碁を打っていた。


「ああ、事故の連絡があった後に見に行ってもらったら、やっぱり痕跡は消えてたそうだ。つまり、この間の巡回で痕跡が残ってなかった九箇所はすでになにか起こった後の可能性が高いな。……自転車事故があったから、残りは六箇所か」

「事故があったのはハムスターの監視してた場所?」

「ああ。特に何の予兆もなく事故が発生して、その直後に術の気配が消えたらしい」

「もるもるが見ててそれじゃぁ、止めようもないってことだね~」


 二十四時間人間が張り付いて見ているわけにもいかないし、現状では被害が少ないとはいえ、分かっていても止められないというのはもどかしい。


「把握できている事件が二件だけだから決めつけるのは早すぎるが、財布紛失から自転車事故ってのはエスカレートしてると考えられなくもないからな。大きな事故になる前になにか対策をしておきたいところではある」


 そう言って九谷はふむう……と眉間にシワを寄せた。


「全員に護符を配るわけにはいかないですしね……」


 新しく貰った護符を最近買ったロケットペンダント型のケースにしまいながら迪歩が呟くと、藤岡が「なるほど、その手があった」と顔を上げた。


「簡易にはなるけど、護符の画像をSNS上で拡散してもらったら少しは効果があるかもしれない。この画像を保存しておくとお守りになるとかいって流してもらって」

「ああ! 中高生ならそういうの好きそうだし、行けるかもな」


 確かに得体の知れないお告げで不安になっている中高生たちに広まれば、効果的かもしれない。しかし、問題はその画像を必要とする人たちにどうやって流すか、だ。


「それだと、情報の発信源が必要ですね。六箇所のグループをおさえないとですし……そういうのは教師や役所からは発信できないですよね……」

「まあなぁ……そういう表立って動けないのが拝み屋の辛いところだからな。まあ伝手は探してみるから、祐清は護符の準備をしてくれ」

「了解~」


 そう話しながら九谷は、碁盤上の石をさり気なく動かそうとして藤岡に手を掴まれて叱られていた。

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