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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
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4. 遭遇・邂逅

 爽やかに晴れた朝。

 スマホのアラームで目を覚ました迪歩(みちほ)はカーテンを開けて、朝の日差しを部屋に入れる。


 もちろん、目覚めは最悪である。


 ――結局、朝からさんざん迷ったものの『平田小乃葉(このは)に警戒せよ』という警告は瑠璃に伝えないことにした。

 純粋に今回のストーカー事件やクラス内孤立の件とは全く関係なく、小乃葉が瑠璃に個人的な恨みを抱いているだけ、という可能性もあるのだ。

 どちらであっても瑠璃は信頼する友人を失うかもしれない。憶測だけで確証もなしに知らせるのは、できるだけ避けるべきだろう。


 迪歩の心にそんなもやもやを生んだ生霊との遭遇の日から、中一日挟んで木曜日の放課後。今日は再び瑠璃のバイトの日だ。

 いつも学内のコンビニで待ち合わせをして、そこで合流してから出発しているのだが、今日は廸歩の最終コマの授業が少し延びてしまったせいで、だいぶ待たせてしまった。


「あっ、チホおつかれー」


 小走りをしてきた迪歩が息を整えながらコンビニに入ると、それを見つけた瑠璃がふんわりと笑って小さく手を振った。その隣にいつもどおり小乃葉がいるのを見つけ、迪歩はわずかに緊張する。

 そして今日は、瑠璃を挟んで小乃葉の反対側に初めて見る男子学生がいた。人見知りの迪歩は、こちらはこちらで違う意味で緊張してしまう。


「チホ、大塚くんとははじめましてだよね? この人は大塚くん。クラス違うんだけど選択科目でよく一緒になって話すようになったんだ。……大塚くん、この子がさっき話してた迪歩だよー」

「ああ例の……今井迪歩さん。はじめましてぇ、大塚です」


 瑠璃の紹介に続けて、人懐っこい笑顔を浮かべて挨拶をしてきた大塚は柔和そうに見えた。どことなく人を和ませる雰囲気があるタイプだ。


「はじめまして、今井です。……例の、って?」


 迪歩は走ったせいか、軽くクラクラする頭を押さえて挨拶を返した。そして、気になる単語を聞き返す。


「チホは護身術習ってて強いんだよ! って話してたの」

「かっこいいね。俺なんかそういうのからっきしでさ」

「本当に強いんだよ!」


 と、何故かドヤ顔の瑠璃。そんな瑠璃に大塚は笑顔で応じる。

 横にいる小乃葉もそんな二人を見で普通に笑っている。その表情からは特に恨みつらみのようなものは感じ取れない。


 ……感情を隠すのがうまいのか、それとも昨日の霊は見間違い――は無理があるか。


「どんな流れでそんな話になったの。やめて。……それに本当に身を守るために教わったものだから、別に強くはないですよ」

「でもいいなー。俺も何かに備えて合気道とか始めようかなぁ」


 ふーむ、と考え始めた大塚の肩を小乃葉が軽く叩いて図書館の方を指差した。


「もー!……大塚くんは習い事のこと考える前に、遅れてる課題レポートでしょ。資料探し手伝ってほしいっていうから一緒に来たのに」


 少しむくれた顔をした小乃葉に向かって大塚が笑う。


「大丈夫、レポートのことは忘れたいけど忘れてないって。ちょっと瑠璃ちゃんが大好きな『チホ』ちゃんに会ってみたくて」


 『迪歩』に会ってみたいと言いつつ、大塚は甘さを含んだ視線を瑠璃に向ける。どうも瑠璃狙いの口実に使われたらしい。


「まあそれは分からなくもないけど……そういえば瑠璃、今日バイトちょっと早めなんでしょ?時間大丈夫?」


 小乃葉は笑顔を保っているが、わずかに苛立ちをにじませている。……気がする。

 先程からの表情や雰囲気から察するに、【小乃葉→大塚→瑠璃】という構図の全一方通行の片思いが展開されているように見える。


(これ、三角関係ってやつですよね……。正直なところ、できるだけ関わりたくないんだけど)


「あ、そうだね、そろそろ行かなきゃ。チホ行こうか」

「あれ、今井さんも瑠璃ちゃんと一緒に行くの? 同じバイト?」


 首を傾げた大塚に、迪歩は首を振った。


「いえ、私は友達のバイト先に顔出す約束してて。方向が一緒なんです」

「なるほど」

「じゃあ私はバイト行くね。小乃葉と大塚くんは資料探し頑張って」

「瑠璃もバイト頑張って。今井さんも、またね」

「瑠璃ちゃん今井さんバイバイ~」


 手を振って図書館の方へ向かう小乃葉と大塚を、迪歩は軽く会釈して見送る。

 そして同じように見送った瑠璃がくるりと迪歩を振り返り、びしっと敬礼のようなポーズをした。


「じゃあ本日もよろしくおねがいします!」

「はーい。……そういえば貴島さんからの連絡は相変わらず続いてるの?」

「うん。マンションの管理人さんに注意してもらってから、待ち伏せはなくなったんだけど、一緒に出かけようってお誘いメッセージなんかはしょっちゅう来るよ……」

「そっか……諦めてはいないのか」

「残念ながらそうですねー」


(瑠璃にこんなにうんざりした顔をさせるのはすごいな、貴島氏)


 瑠璃は他人を悪く言ったり、そういう感情を表に出したりしない人間なのである。その彼女からこんな表情を引き出すなど、なかなかできることではない。まったくもって羨ましくはないが。


 それからいつものように、他愛のないおしゃべりをしながらすすきの方面へと向かう。瑠璃のバイト先が入っているビルは飲み屋街に近い地区にあるのだが、まだ賑わうには少し早い時間なので人通りはまばらである。

 そしてやっぱり今日も貴島は現れなかった。


 いつも通り何の問題もなくビルにたどり着き、廸歩はエレベーターへと乗る瑠璃の背に小さく手を振って見送った。

 そして。

 深呼吸を一つ挟んでから恐る恐る振り返った迪歩の後ろには、案の定平田小乃葉が立っていた。もちろん、生霊の方だ。


(……さっきから背中に嫌な気配をビシビシ感じてたんだよね……)


「今は図書館で好きな人と二人っきりのはずなのに、こっちに来ちゃうんだ」


 迪歩にはそういった恋愛感情がよく分からないのだが、そんなに瑠璃が憎いのだろうか。

 大塚には申し訳ないが、彼は瑠璃の好みのタイプではない。彼女はオラオラ系――瑠璃自身はワイルド系だと言っている――が好きなのだ。そこをいくと大塚はオラオラどころか、人懐っこいわんこ系だ。

 小乃葉ならば大塚が瑠璃の好みのタイプではないことは分かると思うのだが……。

 三角関係からくる嫉妬といっても、さすがにこの程度の関係で生霊を飛ばすほど恨むとは思えない。瑠璃と小乃葉間には、廸歩の知らない問題があるのではないだろうか。


 前回の接触はめまいだけで済んだので、今回もそんなにひどい目には遭わないだろう……と、廸歩は完全に油断していた。

 考え事をしている間に、すぐそばに接近されていることに気づかないほどに。


 迪歩がハッと気がついたときには、もう鼻先が触れるほどの距離だった。


「!」


 シャーン、と

 頭の中で、鈴が砕けたような高く澄んだ音が響いた。

 何の音だろうかと思う暇さえなく、途端に、何かひどく冷たいものが心臓に触れて一気に体の力が抜けた。

 目の前がチカチカする。

 心臓が早鐘を打ち、耳鳴りが始まる。


 迪歩はこの感覚を知っていた。――これは(さわ)りだ。

 しかも、ものすごくひどいやつだ。

 ハレーションを起こした視界の中にぼんやりと、小乃葉の顔が見えた。


 泣いてる。

 悲しい。

 悔しい、悲しい、悲しい、悲しい!!!


 自分の体が、指先からじわじわと強い悲しみで染まっていく感じがした。


(違う、これは私の感情じゃない……)


 こういうとき、ふゆさんはどうしてたっけ。

 ……頭の中がうるさすぎて、うまく、考えられない。



「随分やばいのに捕まっちゃってるねぇ。大丈夫~?」



 耳鳴りの隙間を縫うように、やけにクリアに、だけど妙に間延びした男の声が聞こえた。


(知らない、声。……誰?)


 力が抜けて自分の体を支えられず、うずくまった迪歩からは相手の姿が見えなかった。そして返事を返そうにも、声が出ない。


「あー、うん、大丈夫じゃなさそうだ。ちょっと背中触るけど痴漢とかで訴えないでね?」


 そして男は、何事かをつぶやきながら迪歩の背中を強く叩いた。


「ゲホッ……ケホッ」


 叩かれた衝撃でむせてしまったが、耳鳴りが止まり、狭まっていた視界が一気に広がる。そして冷え切った指先に体温が戻ってきた。


「もう平気だよー」


 どくどくと脈打っていた心臓を深呼吸で落ち着かせ、ようやく顔を上げることができた迪歩の前には、パーカーのフードを目深にかぶった男が立っていた。

 これが小乃葉の霊との二回目の接触で、なおかつ藤岡との出会いだった。

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