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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の章
38/87

38. びゃっこさん

「びゃっこさん……白虎隊とか四神の白虎?」

「びゃっこ『さん』っつったら、白い狐って書いて白狐(びゃっこ)さんって読ませる稲荷神社のほうじゃねえかな」


 翼の言葉に、ぬっと後ろから顔を出した与田が答える。やはり先程まで寝ていたのか、あくびをしながら座っている翼の背中にのしかかって画面を覗き込んだ。


「お告げっていうのもなんか神社っぽいし」

「ああなるほど……それはともかく痛い暑い気持ち悪い離れろ」

「いやん、つっくんってば照れちゃって~」

「うっざ……」


 二人がじゃれている間に、SNS上では何人かが反応していた。


『yoshi:びゃっこさんって誰?』

『かな★:この写真どこ?』

『栗山:これ弟のクラスのグループにも来てたんだけど何なの』

『yoshi:同じ内容?』

『エリ@勉強中:この交差点うちの近くなんすけど』

『栗山:ちょいま』


 しばらくして、栗山氏からSNS画面のスクリーンショットが貼られた。その写真は交差点ではなく踏切を写したものだったが、投稿者と『おつげ』という一言は一緒だった。

 中学校に通う栗山氏の弟のクラスグループに昨日の夜送られてきたもので、クラスで確認しても誰も送っていないというし、さらに言うとbyakko-sanという人物がいつグループに参加したのかも分からなかったそうだ。


「なんか気持ち悪いね」

「この写真、踏切のほうは分からんけど、交差点は東区だな。交通事故が多くてちょっと有名なところだよ」


 真柴は写真の場所を知っていたらしく、自分のスマホで地図を表示して見せてくれる。


「お告げって、ここで事故が起こるよ! ってことかな」

「さぁ……?」


 真琴の言葉に翼が首を傾げる。


「ぷぷ……」


 その時、迪歩が抱っこしていたもるもるが腕の中でモゴモゴ動き出した。

 それに気付いた真琴が迪歩の側にやってきてもるもるの顔を覗き込む。


「もるもるなにか気になるの?」

「ぷぷ」

「うんうん」


 真琴ともるもるは会話ができる。が、モルモットと言葉をかわす光景はなんだかとてもメルヘンな感じだ。


「ぷい」

「そっか……。もるもるがその写真、気配がザワザワして嫌な感じがするって言ってる。場所が分かれば眷属に見張らせるって」


 その言葉に、翼が「聞いてみる」とスマホを操作する。


『古原:その踏切ってどこ?』


 SNSの画面に表示された名前に、廸歩は一瞬誰だっけ? となったが、そういえば翼は高校では母親が再婚する前の苗字である『古原』のまま通していると言っていた。

 そのあたりの事情も併せて、人のSNSを覗くのはプライベート覗いてる感じがしてしまって若干申し訳ない気持ちになる。


『yoshi:つばちょん反応すんの珍しい』

『栗山:弟のがっこの近くだよ』

『栗山:ここ』


 貼られた地図情報は西区を走るJR線の一角だった。真柴が見せてくれた東区の交差点からはだいぶ離れている。


「交差点とはずいぶん離れた場所ですね」

「だね……地図に印をつけてみようか」


 真柴が札幌市の地図を印刷して、写真の二地点にペンで印をつけた。


「もるもるお願いね」

「ぷ!」


 真琴の言葉に応えて、もるもるが迪歩の腕の中からテーブルの上に飛び降りた。そして地図の上に乗り、小さな手をタシタシと叩きつける。


「かっ……かわいい……」


 あまりの可愛さに迪歩が悶えていると、テーブルの周りにふわりと微かな風が起こり、テニスボール大の光がフヨフヨと二つ現れた。


「ぷぷ!」


 そして、もるもるがなにか伝えるとふよふよ浮かんでいた光は別々の方向に素早く飛び去っていってしまった。方角的におそらく印の場所へ向かったのだろう。


「今の、光ってた子達が眷属ですか?」

「そう。チホちゃんはあの子達が視えるのね。あの子達は精霊の一歩手前みたいな子たちなの。力の強い子じゃないから、まったく視えない人のほうが多いんだよ」

「相手によって視えたり視えなかったりするんですね……」

「そうね。相性があるのよ。それに一口に霊体っていっても、精霊系は他と系統が別枠みたいでね」

「系統が別枠……」

「幽霊と妖怪は別のものでしょう? 精霊はどちらかといえば妖怪に近いけど、それよりもさらに自然に近いものなのよ。だから特に相性の良し悪しがあって……今ここにいる中で、私と迪歩ちゃん以外は、ももるもるレベルに力の強い子じゃないと視えないのよ」


 見回すと、男性陣が三人ともともうなずく。

 ここにいる人たちの中でも、視える世界は一人一人違うらしい。


「へえ……じゃあ今のはただもるもるがお手々をタシタシして可愛いだけの光景だったっていうことですね……」

「うん。すごく可愛かったね」


 廸歩の言葉に真柴が目尻を下げる。


「そういえばもるもるの眷属ってモルモットなの?」


 翼の言葉に先程見た小さな光を思い返す。

 あれはモルモットというよりも――。


「もるもるの眷属はもるもるの趣味でハムスターの姿をしています」

「なにそれ最高じゃん……なんで俺には見えないんだろう……」


 真琴の答えに翼が悔しそうに呟く。そういえば彼はげっ歯類好きだった。


(というか眷属の姿って趣味で決まるの?)


 ちらりと見えた姿に、まさか……とは思ったのだが、やはりあの光の正体はハムスターだったのだ。おそらくゴールデンハムスター。

 ゴールデンハムスターが一生懸命足を動かして空を駆けていく光景を思い浮かべると、なんともかわいらしくてほのぼのした気持ちになる。


「今回の写真の場所はもるもるが注意して監視してくれるけど……もしかして学生の中だとあちこちで流行ってるの?」

「俺は初めて聞いた。他の皆も知らないみたいだけど……まあ、明日学校行ったら聞いてみる」


 首を傾げた真琴に翼が眉をひそめた。

 迪歩も聞いたことはないが、そもそもクラスのグループ自体存在しない。大学でもクラス自体は存在するが、授業を各人バラバラに受けることもあってそれほど結束があるわけではないのだ。それでも、なかにはグループを作っているクラスもあるらしいが。


「うちのクラスのグループ……私が知らないだけで実はあったりするのかなぁ……」

「迪歩ちゃん、悲しくなる独り言はやめようぜ……」


 迪歩は何気なく呟いただけなのだが、与田に憐れむような目で見られた。



 その後、ネットを検索してみても結局byakko-sanの正体は結局分からなかった。

 翼のSNSグループの方でも結局『よく分からないいたずら』ということでとりあえず決着したらしい。

 分からないものは考えても仕方ないし、特にまだなにかが起こったわけでもない。ということで、その話はそこでおしまいになり、皆自分の作業へと戻っていった。

 迪歩はもるもると簡易結界練習……なのだが、あまりもるもるにおやつをあげすぎるのも良くない――精霊の消化器官が普通のモルモットと同じなのかは分からないが――ので、成功率が八割いけるかどうか、というところで練習を辞めた。

 その後は九環で扱った過去案件をまとめたファイルを読ませてもらう。


 九環は所長の九谷が八年前に立ち上げた会社なのだが、その前は九谷が個人で祓い屋家業をやっていたらしい。

 そのため、過去案件はかなり膨大に存在する。


『全部読む必要はないけど、暇な時に目を通しておくと役に立つこともあるかもしれないからね~』


 と、藤岡に言われて新しいほうから順に目を通しているのだ。



***



「あ、もうこんな時間か」


 その声にファイルから顔を上げると、時計の針は十八時を過ぎていた。

 翼は参考書を閉じて帰る準備を始める。特別な事情がなければ夕食は原則一緒に、というのが椿家の暗黙のルールらしい。


「外涼しくなってきたから私も帰ろっかな。ね、もるもる」


 真琴も立ち上がって大きく伸びをした。

 彼女の家は事務所のある九谷ビルの二件隣のマンションで、事務所から自宅玄関まで徒歩五分以内という超至近距離だ。今日は本当に涼みに来ているだけだったようで、彼女はずっと本を読んだりゲームをしたりしていた。


「迪歩ちゃんも暗くなる前に帰ろー」

「あ、はい」


 真琴に声をかけられた迪歩もあわててファイルを片付け、真琴達と一緒に事務所を出た。

 唯一仕事をしていた真柴はもう少しかかるそうで、居残りである。

 与田はいつもどおり帰宅しないので、廸歩たちは三人で事務所を出る。

 とはいえ、一緒に建物から出ても真琴は直ぐそばのマンションなので入り口付近で別れることになる。その先は翼と二人で歩くのが大体いつもの流れだ。

 翼は迪歩のマンション近くの地下鉄駅を使っているので、いつも廸歩のマンション前まで送ってくれる。

 本当は九環最寄りの地下鉄駅から乗るほうが同じ運賃でちょっとだけ速い。彼は地元の人間だし、気付いていないわけではないだろう。

 多分、色々あったので心配してくれているのだ。現状護符を大量消費している迪歩的には思い当たるフシが多すぎる。


(しかも目の前で泣いちゃった上に、私の『大丈夫』は信用できないって言われたし……)


 やっぱり呆れられてるんだろうな……と、隣を歩く翼をちらりと見る。

 翼はすぐに視線に気付き、目を合わせて「どうしたの?」と微笑まれた。

 胸を撃ち抜かれるって多分こういう状態を指すのだろう。そのうち心停止するかもしれない……とちょっと本気で思ってしまった迪歩だった。

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