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34. 君の望み

「どうした不由(ふゆ)。ダンゴムシのように丸まって」

「うるさい」

主様(ぬしさま)に向かっガボ」


 迷い家の管理人室で膝を抱えていたら白露(はくろ)が顔を覗き込んできた。

 キーキーうるさい(たすく)には座布団を投げつける。

 二人を無視してしばらく黙っていると、部屋から出ていく気配がした。


 今は、少し、放っておいてほしい。




 ――ッテン、と。


 電灯の付く音で目を開けた。

 少し眠ってしまったようだ。目をこすって顔を上げるとすぐ側に白露がいた。

 彼は特に話しかけてくるわけではなく、いつものようにお茶を飲んでいる。


「……出てったんじゃなかったの」

「佑は出ていったよ」

「あんたはずっといたの?」

「いてほしいのかと思って」


 自惚れ屋め、という不由のつぶやきに白露は少しだけ笑った。


「……私ね、結婚するんだって」

「そうか」


 不由のかすれた声に、彼はそっけなく相槌を打つ。


「相手は次期社長だって」

「うん」

「あんなバカ息子が次期社長なら、あんな会社きっとすぐ潰れちゃうわ」

「それは不由が困るな」

「そう。困るわ。……だってあいつら、この山を潰すつもりなのよ。ゴルフ場にするんですって」


 白露は顔色ひとつ変えなかった。すでに土地の調査なども入っているはずだし、知っていたのだろう。

 何も知らなかったのは、何の力もない不由だけだ。



「君が望むなら、私がそいつらの命を奪ってあげようか。君を苦しめてきた他の人間たちの命も、一緒に」



 淡々と言い放たれた言葉に、不由は白露の顔を見つめた。

 彼の美しい顔に表情はなく、何の感情も読み取れない。


「……できないわ。あなたはそんなこと、できたってしないもの」

「そうかな」

「そうよ。……だから私は、あなたが好きなの」


 いつものように鼻で笑おうとして失敗する。涙が溢れる。


「……どうしよう、どうしたらいい? 私、この山も、川も、壊してほしくない。それに、結婚だってしたくない」

「親の決めた相手と結婚するんだって言ってたのに?」

「それでいいと思ってたの。だって誰のことも好きじゃなかったから、誰だって同じだって思ったの。でも……でもあなたのことが好きになっちゃったんだもん。そしたら無理だったの!」


 なんてひどい。こんなのは子供のわがままだ。

 何も奪ってほしくない。結婚だってしたくない。


 ――挙句の果てに、恋する相手は、この土地の神様だ。


 白露は川の管理人だなどと嘯いているが、実際のところ、この山から海へと流れ込む川の、その支流も含む土地を治める竜神なのだ、という祖父の手記が本棚に遺っていた。

 だから佑はいつも不由に『言葉に気をつけろ』と怒るのだ。


 それを知ってもなお、不由の心はどうしようもなく彼に惹かれてしまっていた。


 自分の無力さに、叶うはずのない恋に、心がバラバラになりそうだ。でも、だからって泣いてどうなるというのだ。

 涙を止めなくては。歯を食いしばる不由の頭に、白露の手が載せられた。


「手に負えない問題が起こったら、私を呼べと言ったのに。君は一度も私を呼ばなかったね」

「……だって……これまでは、自分でなんとかできたし……」

「そうか。今も、君は自分だけでなんとかできるのかな?」

「……」

「私は不由のそういうところがとても好きだけど、たまには頼ってほしいな」

「……どうしたらいいのか、わからないの」

「よほど遠い場所でなければ名前を呼べばわかると言っただろう?」


 彼の手が、すっと頬を伝って不由の涙を拭う。

 不由はその細く長い指を、震える手できゅっと握りしめる。


「……白露、たすけて」


 涙と共にこぼれ出た不由の言葉に、白露は微笑った。


「君の望むままに」

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