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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
26/87

26. 犯行証言

 週が明けて月曜日、今日はついに、昨日買ったパンを食べて登校した。

 ありがたいことに日曜日に由依が買い物に誘ってくれたので米も買えて、しばらく廸歩(みちほ)の食糧事情は安泰である。


 瑠璃と小乃葉(このは)は早速クラスの女子と話をしたらしい。

 小乃葉が嘘を吐いていたことを謝罪し、その上で瑠璃がすべてを受け入れて和解したことも伝えたという。

 彼女たちからしたら小乃葉の嘘に踊らされて、被害者である瑠璃に心無い言葉をかけてしまったのだ。当人たちが和解しているとはいえ、小乃葉に対する不信感と瑠璃に対する罪悪感はやはり残ったようだ。


 「やっぱりちょっとギクシャクした感じはあるけど、きっと時間が経てば大丈夫だよ」


 というのが瑠璃の見解だった。



 貴島(きじま)はすっかり通常営業に戻って気軽にナンパしたりしてるらしい。瑠璃に対する執着心も嘘のように消えたようで、自分がなぜあんなにストーカーじみた行動をしたのか首をひねっていたという。

 ちなみに、迪歩は今のところはまだ彼に遭遇していない。


 そして黒幕の大塚。

 今まで瑠璃と小乃葉になにかと声をかけてきていたのに、週明けからは一切接触してこなくなったらしい。

 学部が一緒なので同じ講義が結構あるのだが、彼は離れた席で、今までと違う友人たちとつるんでいるそうだ。

 瑠璃達はなにを言われるのか構えていたので、そんな大塚の態度に拍子抜けしたらしい。やはり翼が言っていたように、ただ呪いを実践したかっただけで、ターゲットは誰でも良かったのかもしれない。

 迪歩と大塚は講義がかぶっていないので、数日経っても全く顔を見る機会はなかった。――離れたところですれ違ったりはしていたのかもしれないが、彼はそこまで目立つタイプというわけではないので気づかなかっただけかもしれない。


 九環でのバイトは、改めて週末に事務所へ顔を出すことになっている。

 基本土日休みだが、実質不定休でみんな来たいときに来ているため、初出勤は土曜で構わないそうだ。

 いいのかそれで……と思ったが、実は仕事の内容的に時間で縛ることが難しいため、裁量労働制をとっているらしい。依頼に応じて、必要な人員が必要なだけ働くのだとか。

 全員揃うのはかなり稀で、所長に至っては数ヶ月の間、誰も見ていないとのこと。


 ……いいのか、それで。


 まあ、そんなわけで、とりあえず廸歩にも日常が戻ってきた。

 そして、瑠璃のバイトの付き添いがなくなったので時間に余裕ができた。

 元々廸歩はインドア派でほとんど外出はしないのだが、しばらく忙しくしていたのにいきなり余裕ができると、なんだか出かけないともったいないような気がしてしまう。


(そういえば浴室の電球がもうすぐ切れそうだったはず)


 電器屋で新しい電球を買って、あと電池も買って……ついでに本屋を覗こう。

 そう思い立って、廸歩はいつもと違う方向に足を向けた。

 大学を出るときはいつも西門を使うのだが、電器屋に向かうなら南門が近いのだ。


「……?」


 南門に近づくと、なぜか妙に閑散とした雰囲気を感じた。

 基本的に人気のない場所ではあるものの、それでも普段ならちらほら通行人がいるはずだ。なのに、今日は全く歩いている人がいないのだ。

 守衛が常駐する守衛室が近くにあるので全くの無人ではないものの、その守衛はなにかトラブルがあったのか、先程からずっとこちらに背を向けて電話をしているのが見える。

 違和感を抱きつつも門を出ると、急に近くから声が聞こえた。


「奇遇だね、チホちゃん」

「……どうも」


 門を出たところ、門扉のそのすぐ脇に大塚が立っていた。

 彼は迪歩のすぐ真横に立ったまま、不満そうに口をとがらせた。


「もっとびっくりするかと思ったのに、リアクション薄いなぁ」


 実際のところ、廸歩もかなりびっくりしたが表に出なかっただけだ。

 大塚は廸歩がびっくりする姿を見て、からかおうと思ってたのかもしれない。廸歩は自身のリアクションの薄さに今回ばかりは感謝した。


「藤岡さんだっけ? チホちゃんの知り合いの人に、呪術をもう使うなって釘刺されちゃった。せっかく作ったケガレも清められちゃったし」

「……何の話ですか?」

「あれ、知らないふりするの?」


 大塚がすっと左腕を目の高さまで上げると、その袖口から真っ黒な蛇が這い出してくる。蛇はそのまま彼の腕に体を巻きつけて、迪歩に顔を向けた。


「俺の使役霊。ほら、目で追ってる。視えてるじゃん」


 そう笑いながら大塚がパッと腕をふると、蛇は煙のように形を崩して消えた。

 驚きのあまり思わず目で追ってしまった。仕方ない。迪歩は知らんぷりするのを諦めてため息を吐いた。


「用事は? わざわざ人が来ないように仕組んだんですよね?」

「俺、せっかくの研究を邪魔されて落ち込んでるんだ。だからチホちゃんに慰めてもらおうと思って」

「研究って……あの暗示とか呪詛が?」

「そう。元々呪術の研究はうちの爺さんがやってたことなんだよ。術の実践もしてたらしいんだけど、あいにく爺さんは才能がなかったみたいで、記録が中途半端な状態になってるのを見つけてさぁ。その記録を真似してやってみたらなんかうまくいきそうだったから、せっかくだし研究を引き継いでみようかなー、って思ってね?」


 なんと、翼の言葉がほぼ正解だった。

 黙ったままの廸歩に、大塚はさらに続ける。


「手始めに貴島さんにかけた暗示はあんまりうまくいかなかったんだ。その経験を生かしてブラッシュアップしたのが小乃葉ちゃんにかけたやつ。――呪詛も成功していい感じだったのに浄化されちゃうなんてなぁ」

「……なんで、貴島さんと平田さんに?」

「ん? 目についたからかな。ほら、瑠璃ちゃんって可愛い上にいい子じゃん? なのに彼氏が浮気ばっかりしてクズだったからさ、彼が瑠璃ちゃんに夢中になるようにしてあげたんだよ」


 暗示によって夢中になった結果が、異常なまでの執着なのだ。というよりも、わざと異常に執着するよう暗示をかけたのだろう。


「それと小乃葉ちゃんはー、好きな男を友達に取られて、文句言いたくても言えない! って感じだったからちょっと背中を押してあげたんだ。人助けだよ人助け」

「……は?」


 思わず声が低くなり視線が鋭くなる。だが、睨まれた大塚はニヤッと笑った。


「……いいね、美人に睨まれるってゾクゾクする。実は俺、瑠璃ちゃんよりチホちゃんのほうが好みなんだよねー」


 大塚は嬉しそうに微笑んで迪歩の手首を掴み、乱暴に自分のほうに引き寄せた。


「痛っ……」

「俺ね、人の怒った顔とか傷ついた顔が好きなんだ。例えば、ほら、この間チホちゃんと一緒にいたイケメン君。チホちゃんに気があるっぽいけど……チホちゃんが無理矢理乱暴されたりしたらどんな顔するだろうね?」

「っ、離してください」

「離さないよ。あ、悲鳴上げてもいいよ? ここ、結界張ってあるから声を上げても誰にも届かないし、誰も来ないけど」

「誰も……」

「だからさ」


 大塚が顔を寄せて耳元で囁く。


「チホちゃん、俺のこと慰めてよ」


 ブチッ


 その瞬間迪歩の中でなにかが切れた気がした。多分、堪忍袋の緒というやつだ。


「い や です!!」


 右足で大塚のほうに大きく一歩踏み込みながら上半身をひねる。

 ひねった勢いで掴まれた左腕を自分の体のほうへ引き戻し、迪歩の手首を掴んだまま伸びた状態になった大塚の腕の関節めがけて右手で力いっぱい手刀を入れた。


「ぐっ」


 うめき声を上げた大塚の手の力が緩む。その隙に、掴まれていた左手を引き抜いた。そして、体のバランスを崩しよろけた大塚の顔めがけて拳を打ち込む。


「つまり……私があなたをぶちのめしても誰も見てないってこと、でしょ?」


 にっこり。なるべく不敵に見えるように笑って見せる。

 顔のすれすれで止めた拳の風圧で、大塚の髪がふわりと舞った。

 彼が顔をひきつらせてつばを飲んだ音が聞こえる。


 ――もちろん当ててはいない。誰も見ていなかったとしても、ここで殴ったら単なる暴力になってしまう。

 ムカついているし、正直目の奥がチカチカするくらい怒り狂ってるが、そのくらいの冷静さは保っている。


「……簡単な護身術、のキレじゃないでしょそれ……」

「我が家の家訓は『カウンターの一撃で沈めろ』なので」

「なにその家訓……怖……」


 迪歩は拳をおろして、ひきつった笑いを浮かべる大塚から距離を取る。


「私の周りの人に少しでもちょっかいかけたら――次は顎を砕きますから」

「怖っ!……やだなぁ、単なる冗談だって。さすがに無理矢理襲うのは犯罪だし。俺、自分の手は汚さないのがモットーなんだよね」


「……は?」


 冗談?

 冗談って言ったら許されると思ってるの?

 しかもなにそのモットー。典型的なゴミなの?


 頭の中で怒りの言葉がぐるぐる渦巻いている。

 同時に、落ち着け、と言い聞かせる自分もいるのでまだ冷静ではあるのだが、このまま話をしていたら本当に手やら足やらが出てしまうかもしれない。

 歯噛みして殴りかかるのを我慢する廸歩の前で、大塚は『降参』とでもいうように両手を肩の高さにあげてへらへら笑いを浮かべた。


「うーん、キレた顔も好きだけど、殴られるのは嫌だから今日は退散するよ」

「……っていうか本当に何の用なの」

「ん? だから、実験の邪魔したチホちゃんにちょっといやがらせしようかなって」

「……」


 死 ね 。


 脳裏に浮かんだ単語を、歯を食いしばることで言葉になる前に飲み込む。

 そんな迪歩の殺意を知ってか知らでか、大塚はからかうように嗤いながら大通りのほうへ足を向けた。


「じゃあ、ご機嫌なおったらまた遊ぼうね」

「二度と顔見せないで」

「またねぇ」


 大塚が手を振ったのを合図にして、町の喧騒が戻ってくる。

 いつの間にか、周囲の音からも切り離されていたらしい。

 門の前に立ち尽くす迪歩に、後ろから歩いてきた人がちらりと不思議そうに視線を投げて通り過ぎていった。

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