24. 友達だったふたり
小乃葉が瑠璃に「今どこにいる?」と連絡すると、彼女からはすぐに「大学構内にいる」という返事が来た。
「大学入り口のカフェにいたみたい。こっち来るって言ってる」
「じゃあ俺はここで……」
「あ、ごめんね翼くん、ありがと……」
友人同士の、しかも結構なプライベートを含む揉め事の話し合いに、全く無関係な翼は居づらいだろう。
中座する彼へお礼を言おうとした迪歩に、後ろから勢いよく何かがドスッとぶつかってきた。
「……ぐっ!」
その勢いのまましがみつかれた迪歩は、少したたらを踏んで踏みとどまる。
「お待たせ!」
「ちょっ……瑠璃……やたら早くない?」
「走ってきたからっ」
しがみついたまま、息を弾ませた瑠璃が返事をする。
「み……廸歩さん大丈夫?」
「大丈夫……大丈夫だけど、ねぇ今ぶつかる必要あった?」
「てへ☆」
ペロッと舌を出す仕草に軽くイラッとしつつ廸歩は嘆息する。
迪歩や小乃葉は瑠璃の行動に慣れているのでそこまで気にならないが、人間が弾丸のように飛んできて追突事故を起こした光景に、瑠璃とほぼ初対面の翼は固まっていた。
瑠璃は可愛らしい見た目とは裏腹に、かなりアクティブで大雑把な人間なのだ。
「あ、翼くん、これのことは気にしなくていいから……」
「あれ、帰るところでした?……うーんと、時間があったらもうちょっといていただけると……」
翼に「帰って大丈夫」と言おうとしたところを瑠璃に遮られ、迪歩は思わず首を傾げた。親しく会話をするほど面識がないはずなのに、わざわざ引き留める理由がよく分からない。
瑠璃は怪訝な顔をする廸歩をスルーして翼にニッコリと笑いかけた。
「時間、大丈夫ですか?」
「えっと、大丈夫ですけど……」
「良かった! じゃあ移動しましょう」
瑠璃が何を考えて翼を引き止めたのかは不明だが、彼女はそれを話す気がないらしい。
とりあえず観光客や人目が少なく、座って話せる場所に場所へ行こうということで図書館へ移動する。
休日朝の図書館はほとんど人がいなかった。
入ってすぐのラウンジの隅っこのソファに陣取った一行は、まず、ここしばらく何が起こっていたのかを瑠璃に説明することにした。
小乃葉は当事者すぎるので第三者目線のほうが良いだろう……ということで、説明したのは迪歩だ。
蛇や呪いについては告げず、『暗示によるマインドコントロールが原因』という方向で話をする。実際、暗示がなければ小乃葉は呪いの儀式などやらなかったはずなので間違いではない。
そして、暗示をかけた犯人が小乃葉と瑠璃の仲をこじれさせるように誘導していたこと、暗示の影響は小乃葉だけではなく貴島やクラスメイトにも及んでいたこと、影響を受けた人たちが小乃葉の嘘を信じ込んでしまったために瑠璃が孤立し、ストーカー被害を受ける結果となったこと――それら全て、順を追って説明した。
小乃葉は神妙な顔でそれを聞いていた。
翼はやや居心地が悪そうだが、視線は壁に貼られたげっ歯類研究のポスターに向いているのでまあ問題はなさそうである。
「……で、その犯人が大塚くんってこと?」
「十中八九ね」
「そっかぁ……」
全てを聞き終えた後、瑠璃はそう呟いて、困ったような顔で少しだけ微笑んだ。
彼女は小乃葉がやっていたことを聞いても特に驚いた様子はなかった。やはり彼女も小乃葉を少なからず疑っていたのだろう。
瑠璃は微笑んだだけで、小乃葉を責める言葉も、許す言葉も言わなかった。
二人とも傷つかずに終わってほしい、けれど。
多分最終的に瑠璃は小乃葉を許すだろう、と廸歩は思っている。
だが、小乃葉は罰を受けることを望んでいる。
罪悪感に苛まれている小乃葉にとって、瑠璃から無条件で許されることは救いではないのだ。
小乃葉は何も言わない瑠璃の様子に一瞬不安そうに瞳を揺らしたが、すぐにまっすぐ瑠璃を見た。
「……大塚くんの暗示があったとはいえ、嫉妬したり憎んだり……根っこにあったのは私自身が持ってた嫌な感情だった。瑠璃を裏切って傷つけたいって気持ちが私自身に百パーセントなかったとは言えない。多分どっかで望んでたからこんなことになったんだと思う」
そして頭を下げた。
「瑠璃、ごめんなさい。クラスのみんなにもちゃんと本当のことを説明して、瑠璃は悪くなかったことを分かってもらう。……でも……だから許してとは言いません。これからも前と同じように友達でいられるとも思ってません。……ごめんね。本当にごめん」
瑠璃は頭を下げたまま上げない小乃葉を静かに見つめて、ゆっくりと話しだした。
「……小乃葉は、私に許してほしくないんだよね。だから、もうこれまでみたいな友達でいるのはやめよう」
その言葉に小乃葉はぐっと歯を食いしばってうなずいた。
「うん……」
「だからね」
続く言葉に、小乃葉は顔を上げる。
その小乃葉をまっすぐ見つめて、瑠璃は
「友達になろう!」
花が咲き誇ったような鮮やかな笑顔で、そう言い切った。
「……へ?」
ぽかん、という擬音語がここまで似合う表情はないなというくらい、小乃葉はあっけに取られた顔をしていた。
対する瑠璃は、これでもかというくらいにニコニコだ。
「よく考えたんだけどね、そういえば私たちって『友達になりましょう』『はい』っていうやりとりをしてなかったなあって思ったの。だから今までの『なんとなく友達』っていうのはやめて、改めて正式な友達になろうよ」
「いや、何をどうよく考えたらそうなる」
迪歩が思わず突っ込む。
「……せいしきなともだち……?」小乃葉も呆然と呟いた。
「あれ? いいアイデアだと思ったんだけど……ほら、ちゃんと第三者の証人もいる、正式な友達」
「もしかして、証人にするために翼くんに残ってもらったの……?」
「あ、大丈夫、もちろんチホも正式に友達ね。だから妬かないで」
「妬いてないしその笑顔やめて無性にムカつくから」
ビシィッと迪歩のほうを指し示した……どころか、頬にめり込んでいる瑠璃の指を軽く叩き落とす。
そのやりとりを見ていた小乃葉が大きく息を吐いて肩を落とした。
「……なんか、すごく思い悩んでた私がバカみたいじゃない……」
「なら、バカ同士で丁度いいんじゃない?」
我が意得たりという顔で瑠璃が言う。
小乃葉は戸惑うような、泣き笑いのような笑顔を浮かべ「まあ……そうだね」と呟いた。
「じゃあ、友達になろう。……ありがとう、瑠璃」
「どういたしまして」
なんだかな、という気持ちもなくはないが、結果的に二人の仲が断絶することなく着地できたことに廸歩はホッとする。
仲良きことは良きことかな、と考えていたところで小乃葉が遠慮がちに小さく挙手した。
「あの、貴島さんなんだけど……彼にも何か影響がないか見てもらえない? 実は城島さんが瑠璃に変に執着し始めたのって、私が嘘を付く前からなの。もしかしたら貴島さん自身も暗示を受けてたのかもって」
「貴島さん?」
呪いの影響以前に、直接暗示を受けていた可能性がある、と。
廸歩が翼に視線を向けると彼は首を傾けた。
前回見たのは遠目だったし、呪いもあった頃なので暗示には気づかなかったかもしれない。呪いと比べると暗示は見分けにくいとちらっと言っていたはずだ。
「あ、それなら多分大丈夫じゃないかな……」
瑠璃の声に、全員の視線がそちらへ向いた。




