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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
22/87

22. 平田小乃葉の供述

 そして今、迪歩(みちほ)は自室で一人、SNSの画面とにらめっこをしていた。

 まず、迪歩は小乃葉(このは)の連絡先を知らないので、瑠璃に教えてもらわなければならない。

 瑠璃の状況を確認したいのもあるのでそれはいいのだが、肝心の小乃葉と迪歩はそれほど親しいわけではないので、どう話を切り出したものか……と頭を悩ませているのだ。

 しかし、悩んでいても時間が遅くなるだけだ。

 深呼吸をしてから、瑠璃にメッセージを送り小乃葉と連絡を取りたいと伝えた。

 返事を待つ間にもう一度状況を整理して……と思ったが、迪歩がスマホを置く前に瑠璃からの返事が返ってきた。


(さすがコミュ強は返事が早い……)


 いくつかのメッセージをやり取りして、一旦こちらの連絡先を瑠璃から小乃葉へと伝えてもらい、小乃葉から連絡してくれるのを待つという流れになった。

 そのついでに、瑠璃になにか変わったことなどはないかと聞く。


『RURI:ついさっきあったんだよ!! 変わったこと!!』


 本当につい先ほど、突然貴島からメールが来て(SNS系は現在、すべて瑠璃のほうからブロックしているらしい)、自分の行動のせいで瑠璃に迷惑をかけた、と謝罪してきたそうだ。


『RURI:チホが小乃葉と連絡取りたいっていうの、もしかして関係ある??』


 貴島の謝罪は、呪いが浄化されたため影響を受けていた彼も正気に返った、というところだろうか。

 それとほぼ同時に、迪歩が全く接点のないはずの小乃葉に連絡取りたいなどと言い出したのだから、なにかあったと思われても仕方ないかもしれない。

 ただし、現時点で瑠璃に細かい事情を説明するのは躊躇われる。

 少なくとも小乃葉と話して、どこまで情報を開示するか決めてからにすべきだろう。そのため、『知らん』というスタンプだけを送っておいた。


(あ、大事なことを伝えておかないといけなかった)


『迪歩:そうだ大塚くんが連絡してきても、しばらく返事したり通話したりしないようにして』

『RURI:なんで?』

『迪歩:彼の判決が決まり次第説明します』

『RURI:判決て』

『RURI:大塚くんなんか悪いことしたの?』

『迪歩:まだよく分かんない。とりあえず週明けまでは接触しないで』

『RURI:よく分かんないけど分かった』


 そんなやり取りをしているところに、鳴動とともに新しいメッセージが届いた。


『小乃葉:平田です。今、通話してもいい?』


***


 生霊の時の記憶は、本人にも残るのか?

 という迪歩の問いに対する藤岡の回答は『人による』というものだった。

 夢をはっきり覚えている人と、ほとんど覚えていない人がいるように、生霊というものも個人差が大きいらしい。


(通話したいってことは、平田さんは覚えてる人なのかも)


 こちらとしても通話のほうが詳細を聞きやすい。迪歩が了承の返事を返すとすぐに着信があった。


『今井さん、私が変なこと言ってると思ったら流してもらっていいんだけど……さっきうとうとしてたら夢を見てね、今井さんが出てきたの。それで、その時の話が気になっちゃって……ごめん、変なこと言ってるのは分かってるんだけど』

「もしかしてそれって、場所は……和風の小さい家の庭、だったりする?」

『そう! そう……っていうことは、夢……じゃない?』


 あれが夢ではないのか、と言われると迪歩自身もよく分からない。ただ、迪歩の知り得ない小乃葉の個人的な情報を、迪歩が知ってしまったのは事実である。


「平田さんはそこで話したことを全部覚えてる?」

『……夢みたいに曖昧なところもあるけど、大体覚えてる……と、思う』


 そう言って、小乃葉は自嘲するように小さく笑った。


『……私、四月くらいから時々酷い夢を見てたんだ。瑠璃のことが……、憎くて憎くてたまらなくて、貴島さんとかクラスのみんなにたくさん嘘ついて……妙にリアルで嫌な夢だって思おうとしてたけど、そっか、全部現実だったんだね』

「……平田さんは……」


「平田さんは、それが、呪いとか呪詛とかのせいだって言ったら信じる?」


 自分で切り出したものの、口の中が乾いてカラカラだった。

 幼い頃に何度も聞いた「非現実的なことを言うな!」という祖父の怒鳴り声が頭の中にぐわんぐわんと響いている。

 視えない人に、視える話をするのは、怖い。


『……信じる、っていうか……それが事実だってことを知ってる。私は大塚君に言われるままに瑠璃を呪ったの』


 今の彼女は、自分がやったことも暗示をかけられたこともすべて承知しているらしい。自覚できているということは、すでに暗示は解けている可能性が高い。

 すべて承知した上で告白するのは、きっとものすごく勇気が必要だ。


(……私も、小さい頃の記憶を引きずってる場合じゃないよね)


 確認すべきことを頭の中で整理しながら、迪歩は軽く深呼吸をする。


「呪いに関して、大塚くんに言われたことって覚えてる? どういうふうに呪いをかけるとか」

『細かい内容は覚えてない。……こう言うと言い訳みたいだけど、大塚くんと話をすると、どうしても瑠璃を憎まないといけない、許しちゃいけないんだって気持ちになっちゃうことがあってね。そういう時って、頭がぼんやりして……半分夢を見てるみたいな感じになるの。その状態で嘘をついたり……あと、なんかの儀式みたいなことをしたこともある』


 翼の言っていたように、小乃葉には呪詛を使ったという自覚がなかったらしい。

 瑠璃に対する罪悪感が薄かったのは、呪いに関連したすべてを夢うつつの状態で実行したためだろう。


「儀式って、なんか……丑の刻参りみたいな感じ?」

『ううん、えっと……蛇をね……殺して、その血で木札になにか文字を書いたんだけど……なにを書いたかはよく覚えてない』


 蛇を使った呪詛だったから呪いが蛇の姿だったのか。

 儀式をやった場所を聞いておいてほしいと藤岡に言われていたので、それを確認すると、大学構内にある林の中だったそうだ。

 迪歩は前に、昆虫を観察するために小乃葉の言った場所の周辺をうろついたことがあった。その辺りの林は原生林のような状態のため、基本的に立入禁止区画が多く、普段は人がいない。今の時期は特に草が高く生い茂っているので隠れて儀式をするのに向いているとも言える。


 ――小乃葉はその日、なにかに導かれるように林の中へと入り、大きな木の根本に木箱とナイフが置いてあるのを見つけた。

 箱の中には保冷剤で冷やされて動きの鈍くなった蛇が入っていた。彼女は置いてあったナイフを使ってその首を落とし、その血を使い、木箱の底に入っていた木札に文字を書いた。そしてその木札は木の根元に埋めたそうだ。


 保冷剤で冷やしたのは、蛇が逃げて儀式が失敗するのを防ぐためか、小乃葉が噛まれて怪我しないようにという配慮だろうか。

 いずれにしても、生き物の命を粗末に扱うというのが非常に腹立たしい。

 小乃葉は木札を埋めた正確な位置は覚えていないとのことなので、林に入った場所と進んだ大まかな方向を後日現地で教えてもらうという話になった。


『ねぇ、今井さんって視える人なんだよね……? 呪いって解けたのかな……解けてたとしても、大塚くんに会ったらまた同じように瑠璃を呪っちゃうのかな……』


 小乃葉の声は不安そうに揺れていた。

 自分の意志とは無関係に操られて行動してしまったのだから、自分を信じられないのだろう。


「えっと……ごめんね、私は……視える、だけで、呪いとかはよく分かんないの。今は専門の人たちに助けてもらってるんだ。ほら、今日食堂で一緒にいた人もその一人」

『……あのイケメンくん? 彼氏じゃなかったんだ』

「まさか! 私なんて全然相手にされないよ」

『ええ?……そう? かなぁ……』

「あの人なら呪いとか暗示とかがちゃんと解けてるか確認できるの。――それで、できればこの土日のどこかで会う機会を作ってもらえないかな。見れば分かるらしいから、そんなに時間はかからないと思う……週が明けちゃうと授業やなんかで大塚くんと会うことがあるでしょう? だからその前に」

『うん、分かった。私も早めにお願いしたいから……儀式の大体の場所も伝えたいし、博物館前で待ち合わせでいい? 時間は今井さんのほうに合わせる』

「うんと、じゃあ……十時を過ぎると観光の人が増えるからその前かな……九時……八時半くらいならほとんどいないだろうけど」


 さすがにちょっと朝早すぎるかな、と言おうとしたところで小乃葉が応える。


『じゃあ八時半に博物館前で。……あの、あと……』

「ん?」

『別の日で良いんだけど……できたら瑠璃にちゃんと全部話したいの……今井さん、つきあってくれる……?』

「もちろん。明日呼び出して話してもいいし……その辺りは明日決めよう」

『ありがとう……よろしく願いします』


 小乃葉は随分緊張していたらしく大きく息を吐きだし、最後はホッとしたような声で通話を終えた。

 緊張していたのは迪歩も同じだ。

 翼に待ち合わせ場所と時間をメッセージで送り、スマホを投げ出してベッドに倒れ込んだ。


「つか……れたー……っ痛!」


 倒れた瞬間、ゴリッとポケットの中の物が脇腹に刺さった。

 なんだコレ……ともぞもぞ探り出すと、護符のコインが出てきた。

 一枚だと効果が不十分、ということで追加でもう二枚貰ったのだが、ポケットでチャラチャラ音がするのが嫌だったのでハンカチで包み、カーディガンのポケットに入れていたのだ。

 なるべく肌身離さず身につけておくようにと口酸っぱく言われたが、コイン――しかも三枚をどうやって身につけたらいいものか。

 ポケットに入れておくと着替えるたびに入れ替えるのを忘れそうだし、そうでなくともうっかり落としそうだ。

 結局考えた挙げ句、ちょうどいいケースを手に入れるまでの間は、スマホカバーの溶けていないポケットに入れておくことにした。基本的にスマホは一番体から離さない。

 

 護符から出る何らかのエネルギーが、スマホの電波やWi-Fiに干渉しないだろうか……と、若干心配なため、早めにケースを見繕わねばと……思いつつ、迪歩は深い眠りに落ちた。


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