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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
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2. 瑠璃からの頼み事

 ことの始まりは五月の初旬。

 迪歩(みちほ)と同郷で中学からの友人である青柳(あおやぎ)瑠璃(るり)からのメッセージだった。


『RURI:相談したいことがあるんだけど……』


 昔からの友人ではあるものの、最近は殆ど交流のなかった瑠璃からの突然のメッセージに、不穏なものを感じた。同郷で同じ大学に通ってはいるが、廸歩は理系、瑠璃は文系でカリキュラムが大きく異なるため、普段は会う機会がないのだ。


(宗教? マルチ? いや、いくら瑠璃がお人好しだからってそんなものに騙されない……はず)


 不安を感じつつ大学の食堂で待ち合わせをして、奢ってもらった五月の新作のケーキを突きながら聞かされた話は、宗教の勧誘ではなかった。

 だが、恐らく同じくらいに頭の痛くなる内容だった。



 色々な人たちから「無表情で怖い、とっつきにくい」と言われ距離を取られてしまう迪歩とは違い、瑠璃はかなり目を惹く華やかな美少女で、しかも性格がいい。当然モテる。

 そんなモテる彼女からの相談は、今年の初めまで付き合っていた元彼がストーカー化してしまい困っているというものだった。

 ただしストーカーといっても、まだ直接的な家屋侵入や暴力、窃盗などの犯罪被害までいっていない状態のため、警察へ相談するほどではないという微妙な状況であった。

 瑠璃の元彼の貴島(きじま)和人(かずと)には迪歩も会ったことがある。あちらもかなり目を惹く美青年で、軽く挨拶を交わした限りでは愛想もよくさわやかな印象だった。

 その印象の通り、瑠璃によれば付き合い始めは良かったのだという。

 ――だが、だんだんと瑠璃に対して異常ともいえるほどの執着を見せるようになった、らしい。

 常に彼女の行動を把握しなければ気が済まないし、交友関係も全て把握しようとして、メールやSNSもチェックさせろと言う。

 そして、異性と会話でもしようものなら激しく怒られる。

 ついには授業の課題について男性の教授――しかも定年近い相手だ――と話をしていただけで怒鳴り散らされ、さすがの瑠璃も我慢の限界を超えて見切りをつけたらしい。

 それが今年の3月頃の話。


「話し合って、その時は一応和人君も納得してくれたはずなんだけど……」


 しかし、別れてから2週間ほど経ったあたりから、貴島にマンションの前で待ち伏せされたり、何度も電話がかかってきたりし始めた。

 更には周囲の人間に、「俺が浮気してるって勘違いして怒ってるんだ。落ち着くまで待つのも男の度量だろ」などとと話して、「別れてはいない」と主張しているらしい。


「ちなみにそんな話は一切してない」と瑠璃は疲れた顔でつぶやいた。


 瑠璃は直接貴島に対して「もう連絡をしたり、事実と反する話を広げるのはやめてほしい」と何度か伝えているが、全く聞く耳持たず、まともに会話も成り立たない有様。

 弱り切った瑠璃がクラスの友人たちに相談したところ、「私、別れても愛されてる! って自慢?」と反感を買ってしまい、現在瑠璃は彼女たちからほぼ無視をされ、クラス内で孤立しているらしい。


「自慢?」


 その言葉に廸歩は首をかしげる。

 瑠璃を知っている人間からしてみたら、それは彼女からは縁遠い言葉である。

 貴島は表面上はとても好青年、しかも医学部所属という高スペックなので嫉妬が先行してしまう……のだろうか?

 加えて、迪歩はその時まで知らなかったのだが、彼の実家は総合病院を経営しているとのこと。


(……ナチュラルボーンハイスペック御曹司)


 そういうスパダリ持ちに対する嫉妬――というのはあるのかもしれないが、追い詰められて弱っている相手にそんな言い方をするのは、さすがにそのクラスメイトたちに問題があるのでは? と、思わずにいられないが――。

 クラスメイトの態度の是非はさておき、とにかくそんな事情で、瑠璃は大学の友人には頼ることが出来ず、結果として中学時代からの付き合いの迪歩に白羽の矢がたった、というわけだった。


 具体的に瑠璃から頼まれたのは、彼女がバイトに行くときの付き添い。

 簡単に言ったら、貴島から瑠璃を守る護衛だ。


 彼女の住むマンションは大学の敷地に隣接しており、更に二十四時間管理人付オートロックマンションである。

 そして基本的に日中はクラスで唯一味方をしてくれる女子と行動しているため、普段の大学の行き帰りはそこまで問題がない。

 だが、バイト先は大学からしばらく歩いたところにある。しかも繁華街であるすすきの方面に位置しているので、どうしても不安であるらしい。

 迪歩は多少護身術の心得があるので、繁華街へ向かう同行者として考えたら普通の女子学生よりも安心感がある――というのも、付き添いを頼まれた理由の一つだ。

 それに夜の時間を拘束してしまうことになるので、気心の知れた相手に頼みたいというのも大きかったようだ。


 瑠璃の家は裕福で、彼女自身特に金銭的に困っているわけではないためバイトを辞めるというのも考えたそうだが、今後の留学を見据えて始めた外国語教室のバイトなのでどうしても続けたいと考え直したらしい。

 確かに、ストーカー予備軍を恐れて自分の希望をあきらめるというのは面白くない話だ。


 瑠璃のバイトは基本的に月・火・木の週3日で17:30~21:30の間の3時間程度で、廸歩の役目はその行きと帰りにくっついていくだけ。

 現在サークル活動もバイトもしておらず、放課後は基本的に自宅でゴロゴロしているだけの廸歩には特に断る理由もなく、その申し出を快く了承した。

 ……少し拍子抜けだったのは、その送迎を始めて既に半月ほど経っているというのに、これまで一度も貴島が現れていないことだ。

 ついでに言うと酔っ払いに絡まれたりもしていない。

 それなのに、迪歩は瑠璃をバイト先に送った後、別の友人がバイトしている喫茶店の隅の席に陣取り読書をして過ごし、そして帰りには瑠璃から夕飯をおごってもらえる……という好待遇で、逆に申し訳なくなるくらいだった。

 ちなみに長時間滞在させてもらう喫茶店のオーナーと友人には事情を話してあるので、たまにコーヒーや紅茶をサービスしてもらったりもする。



 ――最初の異変は、そんな生ぬるい状況が続いて、もしかして貴島氏はもう諦めたのでは? と思い始めていた頃だった。

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