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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
17/87

17. 呪詛

 暗示をかけるとき、トリガーとして名前を使うことがあると藤岡は言っていた。

 それならばおそらく、初めて会ったコンビニで名前を呼ばれたときにかけられたのだろう。


『ああ例の……今井迪歩さん。はじめましてぇ、大塚です』


 あの直後に、少し頭がくらくらした記憶がある。

 あのときは久しぶりに走ったせいかと思っていたが、今思うとあのときから頭の中にぼんやりとモヤがかかっていた気がする。

 あの時迪歩は、わざわざフルネームを呼ばれたことに若干の違和感を抱いたのだが、それもモヤモヤに消されてしまったのだ。


 ふつふつと沸いてくる不快感に廸歩がむうっとしている横で、藤岡は新しい紙をテーブルに広げていた。

 今度はさきほどのコピー用紙ではなく非常に上質な紙で、そこに深い青色のインクで丁寧に図形が描かれている。使用したのは筆致から見るに万年筆だろう。


「それで、何をするんですか?」

「ええっとね~、呪いをかけた犯人に、呪い返しをしまーす」


 呪い返しというとパッと思い出すのは漫画や小説でもおなじみの陰陽師だ。だが、テーブルの上の紙に描かれている図形は漫画などで見たものとはだいぶ違う。

 藤岡は趣味と実益を兼ねた魔術オタクだと自分で言っていたし、何か『魔術』を使うつもりなのだろうか。


(でもさっきは真言唱えてたよね……?)


 もしかしたら藤岡の場合は魔術といっても、いろいろなものが混ざっている我流なのかもしれない。しかし、正式(?)な魔術というものが一体どんなものなのか、呪文を唱えるなら何語なのかなどなど、迪歩には全く想像がつかないし、藤岡のように混ざっているのが普通の可能性すらある。

 

 だが、今重要なのは藤岡の手の内よりも、呪いをかけた犯人のことだ。


「ところで呪いを返したら、誰のところへ行くんですか?……もしかして平田さん?」

「まあそうなるねぇ」


 藤岡の気の抜けた返事に、廸歩は戸惑いつつ翼を振り返った。

 彼は先ほど、食堂で会った小乃葉を視て『不自然に恨みが強い』というようなことを言っていた。

 不自然――ということは、本人の意思とは別の要因があったりするのではないだろうか。


「あの、翼くん。……平田さんは本当に、自分の意志で呪いをかけたんでしょうか」

「うーん……平田さんが青柳さんに呪いをかけたのは間違いありません。貴島さんと、多分青柳さんのクラスの女子学生は、その呪いの余波を受けている状態ですね。ただ、自分の意志かというと……」


 翼は一旦言葉を切ると、少し考えるように視線をさまよわせる。


「……始めに迪歩さんも言ってましたけど、呪いがちょっと強すぎるんです。普通、誰かが嫌いで呪うっていっても『相手に悪いことが起こるように願う』とかそういう感じですよね。しかも、それで本当に相手に影響を与えるのにはかなりの才能が必要です。だから一般的に……と言っていいかはアレですけど、本当に相手を呪いたい場合は呪詛を使うんです」

「呪詛?」

「つまり丑の刻参りみたいな『呪いの儀式』をするんです。平田さんも何か儀式をやって呪詛を使ったはずです。――それなのに、平田さんは青柳さんに対して罪悪感も嫌悪感を持ってないというか……。自分の意志で呪った相手と、あそこまで自然に楽しく会話できるとしたらサイコパスですよ。つまり、多分平田さん自身は儀式をやった自覚がないんだと思います」


 丑の刻参りのような儀式を、無自覚に?

 例えば丑の刻参りをしたならば、なんとなく藁人形を作って、なんとなく夜中に一人で山に入って、なんとなく釘で木に打ち付けたということになってしまう。その『なんとなく』はかなり難易度が高い。


「……無自覚に儀式をしちゃうなんて、あるんですか?」

「普通はないでしょうね……だから、平田さんも誰かの仕組んだ呪詛に『実行犯役』として組み込まれてるんじゃないかなって思ってるんですけど」


 誰かの仕組んだ呪詛に組み込まれる。

 自覚なく、呪詛を使ってしまう。誰かに誘導されて。

 つまり――。


「大塚くんが、平田さんに暗示をかけて瑠璃を呪うための儀式をするように仕向けたってことですか?」

「……俺はそう思ってます。けど、別に証拠があるわけじゃなくって『なんとなくそう感じる』ってだけなんですけど」


 翼は困ったように眉根を寄せた。彼の中で根拠がないわけではなく、そのあたりの感覚的なものをうまく説明できないようだ。そんな翼の言葉を藤岡が引き取った。


「僕も大塚氏が犯人だと思うよ~。迪歩ちゃんにかけられた暗示は随分作り込まれたものだったし、他人に呪詛を実行させるなんて難易度の高いことができるような逸材、そんなにゴロゴロいるとは思えないからねぇ」


 確かに藤岡の言う通りだ。

 今回図らずも迪歩自身が身をもって体験してしまったが、かけられた人間に自覚すらさせずに、考えを制限したり行動を誘導したりするような暗示をかけることができる人物があちこちにいたら怖い。


(……でも、そういう藤岡さんはできそう)


 廸歩がちらりと視線を向けると、考えていたことが分かったらしく藤岡が少し苦笑した。


「僕だったらできるだろうね。ただそれは、自分の欲のためにやったらいけないことだよ。――『できる』のと、『やる』の間には海よりも深い溝があるのさ。それなのに大塚氏はそれを越えちゃったから『悪質』なんだよ」

「そうですね……」


 翼はそういう『悪質』な雰囲気を察して、迪歩に対して大塚と関わらないほうがいいと言ったのかもしれない。


「そういえばさっき翼くんは、貴島さんが呪いの影響を受けてるって言いましたよね?……そうすると瑠璃に対するストーカー行為とか、『瑠璃と別れてない』とか言ってるのも、呪いで幻覚とか幻聴とかを見ちゃってるせいなんでしょうか」


 迪歩が小乃葉の生霊を見たように、貴島も何らかの超常的な現象によってああいう状態になっているということだろうか。

 しかし、そう首を傾げた迪歩に、藤岡はゆるゆると首を振った。


「現時点でね、呪いが原因で起きている不思議な現象があるとすれば、多分迪歩ちゃんが見た平田さんの霊くらいだと思うよ」

「え……なら影響っていうのは?」

「誰かが誰かに向けた呪いっていうのは普通は指向性が強いから、対象の人以外に幻覚を見せるような効果は出にくいんだよね」


 言われてみれば、わざわざ名指しで人を呪ってるというのに、その周りの人の身に怪異が起きるというのも変な話だ。


「だから多分ねぇ、平田さんが嘘を吹き込んだんだよ。貴島氏や、クラスの友達にさ。――呪いの影響を受けてる状態っていうのは、気持ちが普通よりもマイナス面に傾きやすくなってる状態なんだ。普通だったら『おかしいな』って思うようなことでも疑問を感じず、自分の都合のいいように思い込んだり、悪意ある嘘を簡単に信じてしまったりね。メインターゲットの青柳さんも落ち込みやすかったり妙にネガティブだったりしない?」

「瑠璃が……落ち込みやすい……?」


 思い返してみると確かにちょっと落ち込み気味な気もする、が……クラスの女子にハブられたりストーカー被害にあったりすれば落ち込むのが普通だろう。妙にネガティブだと言うほどひどく落ち込んでいるかと言われると――。


「瑠璃は……比較的通常運転な気がします」

「え、うーん……それは予想外だなぁ。もしかして迪歩ちゃんがそばにいたから守護のおこぼれにあずかってたのかもしれない……確か迪歩ちゃんと同郷なんだよね? 相性はいいだろうからさ」

「……霊がこっちに向かってきてるあたりを考えると、むしろ瑠璃のほうが私よりも強い守護を持っていそうな気もしますけど……」

「僕は彼女に会ったことがないから、その可能性が絶対にないとは言えないけど、霊が向かってくるのは迪歩ちゃんの体質の問題が大きいと思うよ」

「……ということは、霊から見ると私はメインターゲットを差し置いてでも襲いたい獲物ってことですか?」

「まあそうなるねぇ」

「……」


(つまり、本来呪いは瑠璃だけを襲うはずだったんだ……)


 小乃葉は瑠璃を孤立させるために、貴島とクラスの女子に悪意ある嘘を吐いた。


 貴島には、瑠璃が別れ話をしたのは気を引きたいからで、本当は別れるつもりなどないのだ、と。

 そしてクラスの女子には、瑠璃は振った男がまだ自分を追いかけていることを自慢していると。


 瑠璃と付き合いがある人間ならば、彼女が裏表の少ない博愛人間だということが分かるはずだ。――万が一、廸歩の信じる瑠璃の()()が演技だとしても、それなら逆にそんな露骨な自慢などというヘマをするはずがない。

 貴島にしても、一度は納得して別れたはずなのに、何日も経ってから突然付き纏い始めたというのが不思議だった。

 それらも全て呪いの影響で、小乃葉のおかしな話を信じてしまったせい、なのだ。

 そして、その小乃葉も暗示で操られている。


 これらの構図を作り出したのは大塚だ。

 呪いをかけた犯人――つまり小乃葉に呪いを返すのは、とても理不尽なのではないだろうか。


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