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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
14/87

14. 『カレー美味しい』

「うーん三時ちょっと過ぎですね……まだちょっと早いかなぁ」


 もしかしたら目的の二人のうち、どちらかはもうテニスコートに来ているかもしれないが、できれば二人が揃っているほうが良い。しかし、二人が揃うまで何回もコートの側をうろうろしていると不審に思われるかもしれない。

 あまりここで小乃葉に警戒されてしまうと、今後の事態がどう動くか予想がつかないのでできれば避けたいところである。

 さてどうしよう、と思っているところに翼が「そういえば」と声を上げた。


「迪歩さん、事務所に来た時間からしてお昼を食べてないんじゃないですか?」

「……そういえば、食べてませんね。忘れてましたけど、思い出したらお腹が空いてきました」

「じゃあ学食に行きませんか? たしかすぐ隣の建物ですよね」

「ああー、行きたいです……あれ、もしかして翼くんもお昼抜きですか?」


 迪歩が九環の事務所についたのがちょうど十二時頃で、翼もほぼ同時に来ていた。

 もるもるに会いに来たと言っていたが、ついでにお昼と考えていてもおかしくないタイミングである。


「実はそうです。喫茶コーナーからいい匂いがしてたんですよね。それで、そういえば食べてなかったなって思って」

「もしかしなくても私がお邪魔したせいですよね……すみません」

「いえ、昼なんて普通に抜くことありますし、タイミングが合えば祐清さんあたりにおごってもらおうと思ってただけで、それもすっかり忘れてたので」


 そして翼はいたずらっぽく笑う。

 よく気が付き、なおかつ人に気を遣わせない言い方をするあたり、やっぱりモテそうな美少年である。


(モテそう……といえば)


 そこで、何故かふと大塚のことを思い出した。

 大塚は翼と違って見目が特別良いというわけではないのだが、人懐っこい振舞いが好ましい印象を与えるタイプで、地味に人気がありそうではある。

 言うなれば……無害そうで安心感があるのだ。

 人様に『無害そう』などという評価はいかがなものか、と自分でも思うのだが、何故か彼の顔を思い浮かべるときに、同時に脳裏に浮かぶのが『この人は安全』という言葉だった。


(私は勘が鈍いし、あてにならないけどね……)

 

 よく考えてみると、今回の件では小乃葉が瑠璃を呪うほど彼に執着しているのだから、彼にも何らかの影響が出ている可能性が高い。

 ただ、迪歩は彼の所属学部や学年すら知らないし、当然普段の行動パターンもわからない。もしも偶然見かけたらラッキーというレベルだ。

 どこかで会えればいいけど……と考えたところで、かすかに胸がザワザワするのを感じた。


「……?」

「迪歩さん、どうかしました?」

「あ、いえ……なんでもないです」


(一瞬、何か引っかかった気がするけど……まあいいか)


 学生食堂はお昼時を過ぎているため人影はまばらだった。

 遅い昼食をとっている人、おやつを食べている人、それに観光客らしき人たちがちらほら席についている。

 迪歩は普段、冷凍食品や残り物を適当に詰めたお弁当を持ってきているのであまり学食を利用しないのだが、たまにやってくるとだいたいカレーの匂いにやられてカレーを選んでしまう。

 同じ理由で翼もカレーを選んでいた。カレーの匂いというのは非常に罪深い。


「あれぇ。チホ?」


 席についてカレーを食べ、迪歩の頭の中が『カレー美味しい』に支配されているところで、不意に頭の上から声が降ってきた。

 スプーンを咥えたままの迪歩が上を見上げると、目を丸くして見下ろしていた瑠璃と目が合った。その後ろに小乃葉の姿も見える。


「ふぃ。ひへはんは(瑠璃、来てたんだ)」

「なんでスプーン咥えたまましゃべるの……てか、チホが学食にいるの珍しいね。それに――」


 と、瑠璃が身をかがめて耳元に口を寄せ、「もしかして彼氏?」と言うと、すぐに身を離してふふふと笑った。

 すぐに離れたあたり、違うとわかった上でからかっているのだろう。

 迪歩はとりあえずスプーンを皿に置いた。


「友達です」

「どうも」


 迪歩の言葉に続けて翼がニコッとさわやかな笑顔であいさつをする。事前に、知り合いには『友達』で通すという話になっているのだ。

 瑠璃は「どうもー、チホの友達です」と、いつものふんわりした笑顔で返す。

 「どーも」と小乃葉も小さく手を振った。


「チホたちは今お昼なの?」

「うん。お昼食べそびれちゃって」

「うちらおやつ食べに来たんだよー」

「ああ、季節のケーキっぽいやつがおいしそうだったね」


 ブルーベリーの乗ったケーキがおいしそうだったが、この場面でデザートまで食べるのは少し気が引けたのでやめたのだ。

 それを聞いた小乃葉の目が一瞬キラッと輝いた――気がした。


「それなら」


 と、小乃葉はすかさず自分の持っていたトレーを迪歩と翼のいるテーブルの上に置いた。トレーには件のブルーベリーのケーキが乗っている。


「今井さん、よかったら一口食べてみる?」


 言うが早いか、彼女はケーキをフォークですくって差し出し、ニッコリと笑った。


「え?いいの?」

「どうぞどうぞ」

「えーと……じゃあいただきます」


 断るのも申し訳ないので一口もらうことにした。のだが、小乃葉はフォークを迪歩に渡してくれるつもりがないらしい。

 仕方なく、差し出されたフォークからそのまま食べる。

 ブルーベリーの甘酸っぱいソースとプチプチした触感がたまらない。


「……すごいおいしい……平田さんありがとう」

「どういたしまして。……もう一口食べる?」

「え!? さすがにそれは悪いから」


 小乃葉はなぜかいそいそと次の一口を用意していたが、丁重にお断りする。すると何故かものすごく残念そうな顔をされてしまった。


「ねー? チホってなんか餌付けしたくなるでしょ」

「わかる……すごいわかる……」


 瑠璃の失礼な言葉に小乃葉がしみじみとうなずく。


「……餌付け……?」


 なんだか、とても酷いことを言われている気がする。

 しかし、瑠璃が失礼なことを言うのは迪歩を気安い友人だと思ってくれている証拠でもある。

 はぁ、と迪歩が肩を落として正面を見ると、翼がうつむいていた。その肩が、かすかにふるえている。


「翼くん、何笑ってるんですか……」

「……いえ、笑ってないですよ。でも餌付けってうまいことを言うなぁと思って」

「全然うまくないです……」

「まぁまぁチホ、鳥の雛みたいでかわいいってことだよ」


 思わず不機嫌な声が出てしまった迪歩の頭を、瑠璃が笑いながらポンポンと叩く。

 小乃葉も笑いながら手を合わせ、いたずらっぽくウインクした。


「ごめんね今井さん。瑠璃が一度やってみるべきって言うから、いつかやってみたいと思ってて……」

「……瑠璃は本当に余計なことしか言わないね」

「えへへ。じゃあ私たちは二人の邪魔したら悪いからあっち行くね」

「またねー」

「はいはいまたね」


 きゃらきゃらと笑いながら離れた席に移っていく二人に、迪歩はおざなりに手を振って見送る。

 短いやり取りだったというのにどっと疲れを感じた。

 それに、食べ方を笑われるのは地味に傷つく。


「……そんなに私の食べ方って変ですか?」

「え、違います、変じゃないですよ。すごい幸せそうに食べるから……かわいくて」

「まあ鳥の餌付けはかわいいですけど」

「……うん? まあそうですね……えっと……さっきの二人が例の友達の青柳さんと、その友達の平田さんですか?」

「あ、そうです。頭ふわふわのほうが青柳瑠璃で、髪を結んでるほうが平田小乃葉さん」


 翼は少し居心地悪そうに話をそらした。だが、そもそもそちらが主題だ。

 関係者の名前は事前に話してあったのだが、人となりまでは説明していなかった。

 小乃葉がサークルのほうに行っていないのは予想が外れたが、結果オーライである。瑠璃とセットで接触できたのはむしろラッキーだった。

 瑠璃が以前、帰宅時は小乃葉に送ってもらうことが多いと言っていたのでおやつタイム後に帰るのかもしれない。


「翼くんから見て、何か気になることはありますか?」

「そうですね……若干不自然な感じはあるんですけど……」

「不自然?」

「迪歩さんも言ってましたけど、不自然に恨みが強いというか……それになんか蛇っぽい気配もあるし」

「蛇っぽい気配?」


 蛇っぽいとはどういう意味だろうか。

 迪歩は首を傾げ聞き返したのだが、翼は不自然さの正体を探ろうとしているのか考え込んでしまっている。

 下手にここで喋っていると本人たちに聞こえてしまう可能性もあるので、声を潜めたというのもあるのだろう。


(ひとまず食堂から出たほうが良さそう)


 早くカレーを食べきろうとスプーンを動かし、再び迪歩の頭の中は『カレー美味しい』に占拠されてしまう。


「チホって普段無表情なのに、美味しいもの食べてるときだけはものすごく幸せそうな顔するんだよね」

「本人は気付いてないのがまたかわいいわぁ」


 そんな迪歩を眺める瑠璃と小乃葉の会話に、翼は心の中で大いに賛同する。

 しかし、カレーに夢中な迪歩は全く気付いていなかった。

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