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九谷(霊)環境調査株式会社の見習い調査員  作者:
見習い調査員の見習いの章
12/87

12. ここへ至る事情

 友人の青柳瑠璃(あおやぎるり)が、元交際相手の貴島和人(きじまかずと)からストーカー被害を受けているというのが、迪歩が巻き込まれたそもそもの発端だった。


 その二人が交際を始めたのは昨年の春から。

 瑠璃によれば、始めの数ヶ月くらいは特に問題なかったという。

 しかし、秋頃を境に、急に束縛と嫉妬がエスカレートしていった。そして、今年の三月に瑠璃が耐えきれなくなって破局。

 この時、話し合いをして――少なくとも瑠璃としては――後腐れなく別れたらしい。

 しかし四月に入った頃、突然貴島が「別れてなんかいない」と主張を始め、そこからストーカー行為が始まったのだ。

 五月の頭、迪歩は瑠璃から相談を受けてバイトの行き帰りの送迎を開始。……だが、特に貴島からの接触はないまま一月ほど経過した。

 ――そして今週の火曜日、迪歩が瑠璃の友人である平田小乃葉(このは)の霊(呪い?)と夜道で遭遇。一日明けて木曜日に二回目の遭遇。ここで藤岡と会ったのだ。


「ここからは伝聞と推測なんですけど……」と、迪歩は一応前置きをする。


 小乃葉と貴島は同じテニスサークルに所属いる。

 迪歩のクラスメイトが同サークルに所属しており、二人の関係について、「結構いい雰囲気だったし、くっつくと思ってた」と言っていたことがある。

 だが、貴島はたまたま遊びに来ていた瑠璃に一目惚れ。そこから猛プッシュして付き合い始めてしまったので「平田さんがかわいそう」だったそうだ。

 そしてさらに大塚の存在である。

 小乃葉は大塚が好き。大塚は瑠璃が好き。瑠璃が大塚をどう思ってるかは『?』――多分単なる友達――という微妙な三角関係。


「――なので、彼女が友人を恨んでるっていうのは、一応納得できるんですが……でも、相手を呪うほどのレベルかな? という感じなんです。私の知らない事情が他にもあるのかもしれませんが」

「迪歩ちゃんのお友達は、その男子に色目使ってるとか、思わせぶりな態度とってたりとか、っていうのはないの?」


 真琴に聞かれて、迪歩は少し考える。


「思わせぶりって言えばそうなのかもしれないですけど、あの子は基本的に誰に対しても友好的で……親切だし、優しいから勘違いさせちゃうっていうこと多いみたいですね。それに加えて、すごく美少女なので」

「あー、それは同性としては微妙かもね~。……うーん、でも確かにそれで相手を呪うかって言われたら弱いよね」

「ですよね……」

「ふむ。そのあたりの感覚は僕よりも女性のほうが正確だろうねぇ」


 そういった恋愛がらみの機微は迪歩もあまり得意ではないが、真琴も頷いてくれているのでそこまでずれてはいなさそうだ。

 すると、やはり小乃葉が瑠璃を呪うというのはしっくりこない。


「だけど動機はさておき、姿を見てるわけだし呪いの元がその子なのは確かだ。――ただちょっと気になるのは、相手を呪うためには結構な才能が必要ってことなんだよねぇ」


 藤岡は「その子は才能があったんだろうけど、それにしても……」と言って考え込む。

 彼の言うように、憎いというだけで生霊を飛ばしたり相手に悪影響を与えたりする呪いが成立してしまったら、世の中は呪いだらけで大変なことになってしまう。


(小乃葉の他に、瑠璃を呪いたいほど恨んでる人がいるってこと? ……それは、ちょっと思いつかないな)


 もちろん、迪歩は瑠璃の交友関係のすべてを知っているわけではないし、どこかで恨みを買っている可能性は否定できないのだが。


「うーん、まあ大体の事情は分かった。……とりあえず翼くんの出番だね」


 藤岡の言葉に、今まで静かに聞いていた翼が「だろうね」と頷いた。


「翼くんに関係者を視てもらって、呪いの影響がどこまでの範囲で広がってるかっていうのをまず確認する。それからどう動くか決めていこう」


 進んでいく話の展開についていけずに、迪歩はおろおろと事務所の人々を見回した。


「えっと、その……彼に、関係者みんなと会ってもらうってことですか?」

「それは難しいだろうから、ちょっと離れたところから眺めるくらいだね。翼くんは人の強い感情と、その感情が向いている方向が視えるんだけど……相手を視認できれば、ある程度離れてても大丈夫だよね?」


 パッと藤岡が顔を向けると翼は少し首を傾げた。


「実際に見てみないと分かんないけど、多分大丈夫」

「うん。じゃあ今井さんに同行して視てきてくれるかな」

「了解」


(ちょっと待って、えらくサラッと言ったけど、感情が視えるってどういうこと!?)


「視えるって言っても、考えてることが分かるわけじゃなくて、強い喜怒哀楽なんかが何となく分かるだけですよ。……例えば、今井さんが今すごく戸惑ってるっていうのとか」

「えっ……そ、そうなんですか」


 苦笑しながら翼が説明してくれる。

 ただ、今の迪歩が戸惑っていることは、そういう能力など関係なく分かるだろう。むしろ戸惑わない人間のほうが少ないはずだ。

 しかし、強い喜怒哀楽というのが、どのくらいの強さからなのか不明だが、他人の気分がいちいち分かってしまうというのはかなり日常生活が大変そうである。


(あれ、でも逆に言えば強い感情を抱いていないといけないってことだよね?)


「えっと、それだと視るのは怒ったり憎んだりっていう気持ちが強いタイミングじゃないといけないんですか?」


 それだとかなり難易度が高い。特に瑠璃への憎しみを知りたいのであればわざとブッキングさせないといけない。しかし、迪歩は瑠璃以外とは親しいわけではないので、関係者をうまく集めるなどという器用なことは、どうあがいても無理である。


「ああ、大丈夫です。それこそ呪うレベルの恨みとか憎しみみたいなものって、呪うほうにも呪われたほうにも常にまとわりついてる感じなんで、いつでもいいですよ」


 まともに会話すらしたことのない人も含めた全員の連絡先を調べて、予定を押さえて……という途方もない作業はしなくていいらしい。

 迪歩はほっと息を吐いて、そしてもう一つの疑問を口にした。


「……感情が向いている方向が分かるって、この人は誰から憎まれてるとか、誰を呪ってるとかが分かるんですか?」

「発信者と受信者が近くにいれば割とはっきりと分かりますね。離れてると難しいですけど……よっぽど強ければ、見た目の特徴で何となく分かることもあります」

「へええ……」


 もちろん、できる限り近くにいるほうがいいのだろう。しかし、小乃葉のように生霊を飛ばすくらいなのは『よっぽど強い』のレベルと言えそうだ。

 なるほどと感心していると、藤岡が「というわけでぇ」と口を開いた。


「迪歩ちゃん、日程の都合付きそう?」

「ええと……すっごく急でも良ければ、今日ちょうどテニスサークルが週一回の活動日なので二人とも来ると思います。活動時間が……三時から六時だったかな。参加できる人がダラダラ集まるゆるい感じなんですけど、基本毎回参加してるって聞いてます」


 なぜ他人のサークル活動状況にそんなに詳しいかといえば、『テニサーのおかげで金曜の三時から六時は安全』と瑠璃が言っていたからである。


「元カレの人と私はほぼ接点がないので、他の日だと難しいです。女性陣はなにか適当に理由をつけて呼び出すことはできると思いますけど……」

「俺は今からで全然大丈夫ですよ。どうせ今日はもるもるに会いに来ただけだし」


 翼のその言葉に、もるもるが小さい手で顔を隠して照れたような動きをする。


「かっ……」


(かわいい……)


 もるもるのピンク色の小さなお手々に意識を完全に持っていかれてしまったが、今はそういう話ではないのだ。


「……いえ、ええと、サークルの活動時間が三時からで、多分きっちり時間通りに集まったりはしないと思うので……今からだとちょっと時間が空きますね」


 今の時間は二時少し前なので、すぐに向かえば二時過ぎには到着してしまう。足を運ぶには少し早い。


「翼くん、今度あの大学受験するんでしょ? 見たいところがあれば現役学生に案内してもらえば?」

「んー……だいたいオープンスクールで見てるから特に……」

「うちの大学を受けるんですか?」


 藤岡と翼の会話で、お? となる。

 高校生なのは分かっていたが、さすがに志望校までは知らなかった。


「はい。今高三なんで、この冬受験です」

「うわ、じゃあそろそろ受験勉強本格化ですね……私は理学ですけど、なにか知りたいことがあったら言ってください」

「理学なんですか? 俺も理学志望なので無事受かれば後輩になれますね」


 自分のいる学科志望と言われるとなんだか嬉しい。

 だが、今年受験生とは……迪歩は自分が受験生だったときの夏を思い出して、ややうんざりした気分になってしまう。今からもう一回受験勉強をやれと言われたら発狂しそうだ。

 理学といえば、と翼がなにかを思い出すように視線を宙に向けた。


「博物館の企画展示が、確か今日からですね……ああでも、」

「西島先生の写真展ですね!」


 理学部の建物に併設されている博物館では時折企画展を催しているのだが、今回の企画は札幌近郊の昆虫や野生動物を専門にしている写真家の写真展だった。

 特に昆虫が中心の展示だと予告されていたため、昆虫好きの迪歩は非常に楽しみにしていたのだ。

 ――そのため、やや勢いよく食いつきすぎたらしく、もるもるを含む事務所の面々がみんなビックリしたような顔で迪歩を見ていた。

 その視線に気づいた迪歩は我に返り、思わず先程のもるもるのように顔を覆った。

 ほぼ初対面の人々の前で、好きなものの話になるとテンションが変わってしまうオタク気質を発揮してしまった。


(あ……穴があったら入りたい……)


「……失礼しました。今回の企画展、すごく楽しみにしていたもので……」

「……ちょ、迪歩ちゃん、今の笑顔最高にかわいい……なんていうかもう、私のことお姉ちゃんって呼んでいいよ?」

「え!?」


 真琴が口に手を当ててふるふるしながら、突然おかしなことを言いだした。

 そして親指を立てた藤岡が「僕はお兄ちゃんでいいよ」と続ける。


「……今井さん西島先生の写真好きなんですか?」


 翼はそんな大人二人を完全に無視することにしたようだ。


「……え、あ、はい。すごく躍動感のある写真を撮られるので……特に昆虫分野だとああいう写真って珍しいんですよね」

「ああ、そもそも昆虫中心の写真展自体もめったにないですしね」

「そうなんです。なのでちょっとテンション上がっちゃって……」

「ってことは、迪歩ちゃんは虫好きなの? 翼くんは小動物系だとすごいテンション上がるし、もしや、理学目指す人ってみんなそういう感じ?」


 真琴の言葉にもるもるも「ぷくく……」と同意するように鳴く。

 翼は全く心当たりがなかったらしく、首を傾げる。


「理学は関係ないと思うけど……っていうか、俺そんなにテンション上がる?」

「あらまあ無自覚なのね。テレビとかでねずみとかハムスターとかが出てくるとすごい嬉しそうな顔して張り付いて見てるでしょ?」

「いつもここに来ると、真っ先にもるもるを抱きかかえてるしねぇ」


 そういえば、もるもるをみつけるなりすぐに抱っこしていたな、と迪歩も先程の光景を思い出す。


「うーん?……ちょっと気をつけよう……」

「まあ突き詰めて好きなものがあるのは良いことよね。藤岡くんだって魔術オタクだし」

「僕のは趣味と実益を兼ねてますから~」


 やっぱりあの魔方陣は魔術なんだ……。

 魔術というと、呪文で火や氷を出して戦うゲームや漫画をイメージしてしまう。

 対して『拝み屋』や『お祓い』と聞くと真っ先に神道や仏教を思い浮かべてしまう迪歩からすると、結構な違和感がある。

 しかし、物語の中には神聖魔法や結界などもよく出てくる。藤岡をゲームのジョブで例えるならば、クレリックやセージだろうか。まあ、見た目的には黒魔道士だが。


「今井さん、楽しみにしてたなら博物館行きますか?」

「行きたい! です」


 翼の言葉で、一気に思考が吹っ飛んでしまった。

 こんなトラブルがなかったら開催初日である今日、授業終了後すぐに行く気満々だったのだ。

 行きたい欲に負けて勢いよく答えると、翼は笑いをこらえる表情で「じゃあ行きましょうか」と言ってくれる。

 

(……穴があったら入りたい(二回目))

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