11. 依頼
「女の子のバイト!? 大歓迎! この職場女子率低いっていうか私しかいないの。女の子大歓迎!」
「真琴さん落ち着いて」
真琴がものすごい勢いで食いついてきて、迪歩は思わず背を反らした。
翼が声をかけて宥めようとするが、真琴は「雇用契約書はどこのフォルダだったっけ!」と、鼻歌交じりでパソコンのもとへと行ってしまう。
「女子率が低いどころか、そもそも視えるヒト自体が希少種でしょ? この業界って常に人手不足でさ。見つけたらどんどん取り込んでいきたいんだ~」
視える人がそれほど多くないというのはよく分かるし、だから取り込んでいきたいというのも分かる。しかし……。
「と、言いましても……あの、すごく今更ですが……ここってそもそも何の会社なんですか? 名刺には環境調査全般って書いてあった気がしますけど……」
「あれ、説明してなかったっけ」
「なにも聞いてないです」
「あー、昨日急いでたからなあ。この会社のお仕事はいわゆる拝み屋さんです。海外ではゴーストハンターとか言われるやつね」
たしかイギリスあたりにそういう専門業者がいるというのは迪歩も聞いたことがある。あちらは幽霊が大好きな国民性のため、お国柄だなぁ……と思っていた。
「……そういうのって、日本にも実在してるんですか」
「霊が視えるヒトがいて、霊に困らされてるヒトがいたら仕事として成立するよ」
「でも私、視えるだけですし、むしろ困らされてるほうなんですけど……」
「いやいや、霊的なものを引き寄せるのって結構な才能だと思うんだ。だって朝会ったっていう幽霊、僕が何度か見に行っても一回も出てこなかったやつなんだよね。向こうから来てくれるなんて足を運ぶ手間が省ける……っと、まあそれは置いておいて~」
言いかけた言葉を途中で止め、藤岡はなにかをごまかすように手をひらひらと振った。うっかり本音が漏れ出てしまったらしい。
「つまり、私は霊を捕まえるための餌になれるってことですか」
「非常に端的かつシンプルに言ったらそうなるね!」
「祐清さん……」
「藤岡くん、言い方ぁ」
「……まあまあ。どのみち迪歩ちゃん自身が身を守るための方法を学ぶ必要はあるでしょ? 僕はそれを教えることができる。ついでに迪歩ちゃんの体質を仕事に活用してみてはいかがかなっていう提案だよ。もちろん仕事中に危険がないように守るから」
翼と真琴から冷たい視線が突き刺さり、藤岡は露骨に話をそらした。
しかし、藤岡の提案は迪歩にとって悪いものではない。
藤岡の言う通り、餌になろうがならなかろうが、どちらにしても迪歩はこれからの人生をずっと今朝の幽霊や昨日の生霊のようなものと向き合って生きないといけないのだ。本当に身を守る方法を教えてもらえるのならば、それは非常にありがたい。
(それに、平田さんを放っておけないし……)
今は迪歩の体質のせいなのか、小乃葉の生霊はこちらへ向かってきているが、多分彼女の本来の標的は瑠璃である。
つまり、いずれ瑠璃が襲われる可能性が高いのだ。守護とやらで守られていた迪歩ですらあんな目にあったのに、瑠璃が襲われてしまったら――もしかしたら命にかかわるかもしれない。
迪歩は藤岡に向かって頷いた。
「分かりました、お受けします。――でも私、現在進行形で霊的なトラブルに巻き込まれていて……そちらの解決を優先したいんですが」
迪歩の返答に、藤岡のかろうじて見える口元が嬉しそうに笑みの形を作る。そしてその向こうでは「やった!」と真琴がガッツポーズを決めていた。
「うんうん、トラブルっていうのは昨日のあの子だね? あれは霊じゃなくて呪いだから大本を断たないと駄目だねぇ」
「……呪い?」
生霊とか幽霊とか、とにかく霊を祓うということばかり考えていた迪歩はぱちくりと瞬きをする。
「そう。迪歩ちゃん、もしくは迪歩ちゃんの身近な人に向けられた呪いだよ。心当たりあるかな?」
心当たりなど一つしかない。普通に考えれば、小乃葉が瑠璃に向けた呪いだ。
だが――小乃葉が犯人だと考えるのは、どうしても違和感がある。
「あるといえばあるんですけど……痴情のもつれというか……でもいまいち動機が弱い気がして」
「ええと、ちなみに迪歩ちゃんはその『もつれ』の中の人?」
「いえ! 違います。私の友達の話なんです」
若干聞きにくそうな口調で尋ねられ、迪歩は慌てて否定する。
たしかに、痴情のもつれで呪う・呪わないなどという話は、当事者が目の前にいたらしにくいだろう。
「そうかぁ……じゃあ呪いの標的はその友達なんだね」
藤岡は頷きながらおもむろに立ち上がり、壁際にあるスチール棚から小さな木箱を持ってきた。
「じゃあ、とりあえずそちらを解決しようか。ひとまず新しい護符を渡すね」
揺れるたびにガラガラと音がするその木箱の中に入っていたのは、何枚もの丸いコインだった。五百円玉くらいのサイズで、どれも複雑な魔方陣が刻み込まれているように見える。
コインに刻まれている魔方陣は何種類かあるらしく、藤岡はその中から一枚を選んで取り出し、刻まれている魔方陣を確認してから迪歩に差し出した。
「これ、肌身離さず持っててね」
「はあ……コイン、なんですね。護符って言ったのでお札なのかと思ってました」
「紙のお札でもいいんだけど、日常的に身に着けるのには向いてないからね。硬貨ってそれ自体がお守りとして使われることもあるし、護符に向いてるんだ。お金には力があるんだよ」
受け取ったコインは銀細工で、精密な模様が美しい。銀細工のアクセサリーショップにこういうペンダントが売っていそうだ。
(……これ、買ったら高そう)
「あの……これって、」
「ん?」
「……ええと、トラブルを解決するのって、つまり私がこちらに仕事を依頼するってことになりますよね?……このコインって商品ですか」
「ああー、気づいちゃったかぁ」
藤岡の口元がニヤリ、と笑みの形になった。
迪歩だってなにも無料奉仕で助けてもらえるとは思っていない。会社に依頼をする以上、金銭的なやり取りが発生する覚悟はしていたが、いかにも『高そうなお守り』が出てくると話が変わってくる。
「……最終的にやたら高額な壺を売りつけてきたりします?」
「それはないよぉ。壺よりコインや御札のほうが原価率低いし」
「……見積もりをください……検討します」
「藤岡くんサイテー」
「祐清さんサイテー」
けらけら笑う藤岡に真琴と翼のブーイングが飛ぶ。
真琴の机の上でもるもるも「ブッ」と不満げな鳴き声を上げた。
「まあまあ、今回の件はバイト体験ってことで、迪歩ちゃん自身に動いてもらうから依頼も護符もお代は不要。次回から正式バイトみたいなイメージでどう?」
つまり、今回の依頼料と護符の料金は働いて返せということだ。こういう案件の、適正な依頼料も護符の値段も迪歩には見当もつかないので、その提案は本当に適正な交換条件なのかという判断がつかない。
だが、とりあえず迪歩自身の金銭的な持ち出しはないらしい。
「後で莫大な請求が来ないなら私は構いませんが……こちらの会社側はそれでいいんですか?」
「人材確保の必要経費って考えれば安いもんだよ」
「そうそう。この業界って大々的に求人募集とかできないし、将来有望な人は早くから囲い込んでいかないと他所に取られちゃうのよー」
藤岡の言葉に被せるように真琴が説明してくれる。
言われてみれば、今まで考えたことすらなかったが、『霊能力者募集』などという求人は見たことがない。もしあったとしても、そこに応募してくる人は……ちょっと、いやだいぶ、変わった人なんじゃないかという気がする。
「……そちらがそういう条件でいいなら、こちらは問題ないです」
「OK~。じゃあ、これからの話をしようか」
「よろしくおねがいします」
「やった、女の子スタッフゲット。藤岡くんナイスだわ~」
「でしょ~?」
ニコニコの真琴に、藤岡がフフンと笑う。
しかし、迪歩としては内心不安だらけだった。歓迎してもらえるほどの働きができるとはとても思えないのだ。
迪歩が落ち着かない気分で手の中のコインをいじっていると、藤岡がそれを目に止めたらしく、ピッとコインを指さした。
「それ、なるべく体から離さないようにしてね~。トレーニングすればそういうお守りなしでも自衛できるようになると思うけど、しばらくの間は霊的にみたら迪歩ちゃんはカモネギの状態なんだから」
「カモネギ……。トレーニングって例えばどんなものなんですか?」
霊に対する自衛というと、瞑想や修験者の修行のような山登り、滝行など、いかにも『修行』というイメージだ。
山登りはいいけど滝行は嫌だな……と考えていると、藤岡が「そうだねえ」と少し首を傾げた。
「私は霊なんかに負けないぞっていう意識改革、と、あとは護法――つまり霊よけのおまじないの方法を覚えることだね」
「意識改革? 考え方の問題なんですか?……瞑想とか滝行とかをするのかと」
「メンタルは人の在り方を大きく左右するからね。滝行なんかも、結局は悟りを開くための足がかりなわけだし」
「はあ、そういうものですか……」
どうやら、迪歩が思ったほど過酷ではないらしい。ホッとすると同時に、本当にそれで効果があるのか疑わしくもある。
でも(恐らく)専門家である藤岡がそう言うのならばそうなのだろう、と無理やり自分を納得させる。
「それじゃあとりあえず、迪歩ちゃんが巻き込まれてるトラブルの詳しい内容を聞いてもいいかな?」
「あっ、はい」
迪歩は少し姿勢を正し、ここに至るまでの事情を話し始めた。




