とある夫婦のももいろ日記 その4
十六才上のボクの旦那は、オンナの目から見るとあんまり面白くないオトコだと思う。
お酒も煙草もギャンブルもやらないし、楽しいこと言ってまわりを和ませるようなこともしない。
どっちかというと、ぶっきらぼうで感情表現の苦手なタイプだ。
当然だけど、オンナの子にモテるようなキャラじゃない。
正直な話、ボクが結婚してあげなかったら一生独身だったんじゃないかと思う。
そんな旦那の娘を産んで、親子三人、初の帰宅に臨んだ時、ボクには思い切り不安があった。
それは、この旦那がこれから育児に協力してくれるかどうかってことだ。
断言してもいいが、ボクの旦那は万人が認めるものぐさ太郎である。
結婚するずっとずっとず~っと前から、ボクが見てないとまともに身なりも整えないし、部屋の掃除なんて全然しない。
穴開きの靴下を履いてくことなんて日常茶飯事だし、洗濯ものなんて脱ぎっぱなしがデフォルトだった。
放ったままにしておけば、平然とゴミの中で寝起きしてたんじゃないかと本気で思う。
だから妊娠中に里帰りしてた時から入院して退院することのできた今日この日まで、このひとに任せたままになってたふたりの家がどんな風に荒れ果てているのか、正直見るのが怖かった。
自分の面倒も見られないこのひとが、果たしてどれほど育児に手を貸してくれるものか。
産後鬱の説明は担当してくれた美人の女医さんからくどいくらいに説明されたけど、それとは別の憂鬱がボクの頭上に黒雲らしきどよどよを、これ以上なくこしらえていた。
「これから家族三人で頑張ろうね」
「そうだな」
などと夫婦の会話を継続しつつ、「帰宅早々、重労働か」と諦め九割の溜息を吐く。
玄関のドアが開くキィィという音が、不安をさらに増長させた。
「ただいま」
おそるおそるリビングの中を覗き込む。
驚きがボクから言葉を奪ったのは、まさしくその瞬間の出来事だった。
なにこれ!?
めっちゃ綺麗に片付いてるじゃん!
そう。
ボクの視界に広がるリビングの光景は、文句のつけようもないほど整理整頓され、隅々まで掃き清められた理想的な空間にほかならなかった。
唖然とするボクに旦那は語る。
「おまえが帰って来ても楽できるよう徹底的にやっといたから、当面の間は横着しても構わないぞ。面倒事は、今後も俺がやるからな」
は?
いったい何が起きたの?
このひとの台詞とは到底思えないよ、いまの台詞。
「あと、飯の方もいろいろ作り置きしてあるから、二、三日中は遠慮なくだらけてろ」
なにそれ?
神か?
このひとに何かの神が宿ったのか?
そんな母親の状況に刺激されたのか、娘の琴音がぐずりだす。
「ん? おしっこでもしたのかな?」
「え? じゃあ、おしめ替えなきゃ」
「任せろ。俺がやる」
「やり方わかるの?」
「大丈夫だ。問題ない」
あっさりそう言い切って、てきぱきと娘のおしめを替える旦那。
思わず疑問の声が出た。
「なんでそんなに手際いいの!?」
「パパさん教室に通ってたからな」
「いつのまに!」
「だから安心しろ。ミルクのやり方もお風呂の入れ方もばっちりだ」
「そんな……なんで教えてくれなかったの?」
「いちいち教えることじゃないだろ」
こともなげに旦那は言った。
「こういうことは夫の役目でもあるだろうが。それにだ」
「それに?」
「俺がいろいろやったほうが、何かと効率がいいだろ? 妊娠出産で弱ったおまえに、負担掛けるわけにはいかないからな」
「うん。ありがと」
思わずこぼれたお礼の言葉に、旦那が軽く相好を崩した。
「いまのおまえがやることは、琴音に愛情注ぐこともそうだが、弱った身体を少しでも早く元通りにすることだ。家事も育児もできる限り俺がするから、空いた時間で、おまえは少しでも寝ててくれ」
「うん」
「俺も一応父親になるんだからな。ミルクもおむつもきちんと手伝う。第一、それが本当の夫婦ってものだろ? 違うか?」
「うん」
「ん、まあ、これからお互いいろいろ大変だと思うが、そこはそれ。力を合わせて頑張ろう」
聞いていて涙が溢れてきた。
感極まって、なかなか声が出て来ない。
「うん……ありがと」
やっとのことでお礼を告げる。
「泣くなよ、この程度のことで。まったく」
そんなボクに対し、そうやって憎まれ口をたたく旦那。
わざとらしく、そっぽを向いて見せたりする。
ああ、照れ臭かったんだなってことは、付き合い長いからすぐわかる。
そう思うと、今度は笑顔が浮かんできた。
頬が緩んでどうしようもなくなる。
このひとを選んで本当に良かったな。
改めてそう思った、この瞬間のボクなのでした。
まる。