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魔女になった王女は王子にお願いしたい 

作者: 一会



 アイレス山脈を越えた先に、魔女が住むという森がある。

 森の奥深くには、確かに魔女が住んでいた。


 住み込みの魔女見習いを終えてまだ一ヶ月の可憐な魔女が、師匠の家のキッチンでぐるぐると小鍋の中身を掻き回している。


 「ふふふっ。これで殿下も懲りるはずよ!」


 小鍋に入れたカエルやイモリを主とした材料はいい具合に出汁がとれて、後は煮詰めていけばいい。

 

 翌日、私は煮詰めたモノを別の物と混ぜて、転移の魔法で城に向かった。






 「わあ!」

 

 王子の側近その3は、王子の執務室に突然現れた私に未だに驚く。

 

 「いい加減、慣れてくださいませ。」


 私は何度現れても驚く側近その3に言葉をかけ、王子に緑色の秘薬を差し出した。

 礼儀も何もあったものではないけれど、王子にはこれくらいでちょうどいい。


 「少々生臭いと思いますが、健康に気をつけた配合だから大丈夫ですわ!」

 

 そう、きちんと野菜をミックスして特製ジュースに仕上げた。

 王子の側近達の引きつった顔が視界に入る。

 王子は私の手元を見て、疑いもなく受けとった。


 「殿下! そんな得体のしれないものは早くお捨て下さい!」


 側近その2が私が作った秘薬を捨てさせようと手を伸ばす前に、王子がためらわず秘薬を飲み干す。

 

 「ぐっ!」


 口元を手で押さえ身を屈める王子を、側近その2、その3、その4が囲んだ。


 「殿下! 吐いてください!」

 「貴様! 殿下に何を飲ませた!」

 「医師を呼んで参ります!」


 周囲の慌ただしさを余所に、私は側近達の合間から見える王子の様子を楽しげに観察した。


 「くうっ!」

 

 次第に王子の姿が縮んで見えなくなり、衣装を残して消えた。


 「殿下! でんか~!」


 側近達が取り囲んで王子の着ていた服を手に取ると、服の一部がもごもごと動いている。


 「わあ!」


 側近その3がまたもやうるさい。

 側近達が服を置いて後ろに下がる。

 もごもごした動きが服の裾がまで到達すると、綺麗な緑色の頭が出てきた。


 「ゲコッ?」


 成功だ。

 私はにっこり笑って、「うふふ」と声を出してしまった。

 (わたくし)としたことが!

 ここは魔女らしく、「ケケケ」と笑う場面だったのに!


 「カエ...ル?」


 側近その4がその生物の名称を言った。

 緑色のカエルが、ぴょんと跳ねる。


  ゲコッ ぴょん ゲコッ ぴょん ゲコッ ぴょん


 「おのれ! 殿下をどこにやった?!」


 側近その2が私に詰め寄ろうとするので、私は害意のあるモノを弾く魔法を発動させた。

 ...だって、唾が飛んできそうで嫌だったんだもの。


 側近その2が私の張った魔法に弾かれて、後ろにとばされしりもちをつく。

 怪我してないよね?!


 「殿下なら、そこにいらっしゃいますわ。」


 内心の焦りを見せないよう、落ち着きのある態度で答える。



  ゲコッ ぴょん


 王子も自分の存在をアピールしてる。


 「で、でんかぁ~! なんとおいたわしい姿に!」


 ふん! これくらい、なんてことないでしょ!

 私なんて魔女修業で、泣きながらカエルやらイモリやら、果ては虫まで触ったのよ!

 自分で作った薬はまず自分の体で試す掟があるから、その秘薬も飲んだこともあるんだからね!



 カエルに変身させる秘薬の大元は、大鍋で作る必要がある。

 その秘薬ならばカエルの色は茶色になり、イボのついた、両手で持ち上げるほどの大きなカエルになる。

 非常にグロテスクな外見で、乙女の愛情のこもったキスがないと一生元の姿に戻れないという強烈な代物だ。


 私が王子に飲ませたのは私が考案した改良版で、とっても親切な仕様になっている。

 グロテスクなものは気持ち悪いでしょ。

 キスする乙女がかわいそうだ。

 修業先の魔女の師匠に相談したところ、一緒に開発してくれた。



 王子が飲んだ秘薬は簡易版なので、効果は約1時間しかない。

 しかもエメラルドのごとく綺麗な緑色の、指先ほどの大きさの、つるんとした表層のカエルだ。

 見た目は悪くない。


  ゲコッ ぴょん ぴょん 

  ゲコッ ぴょん ぴょん 


 自分の仕事に満足して、悔しがり悲壮な顔をする側近達をほかってにこにこしていたら、カエルになった王子が徐々に近づいて来た。


 「殿下、カエルにされた気分はいかがかしら? 私のことをお嫌いになりましたでしょう。

  どうか私との婚約は、無かったことにしてくださいませ。」


 

 私は殿下の国の隣国の王女として生まれ、聖女として教会の認定を一旦受けたにもかかわらず、なぜか取り消された。

 その後、私は王宮で王女として教育を受け、大国の王子と幼い頃に婚約した。


 ところが、8歳の時に王妃であったお母様が亡くなり新しい王妃が王宮に上がると、私の悪い噂が流れ始めた。

 私は聖女ではないけれど、怪我や病気を治す不思議な力をもっている。

 貴族達は、その力は魔物が持つ力であるというのだ。

 治す力があるなら、怪我をさせたり病気にさせることもできるだろうと言って、貴族たちは私を忌避した。


 お城の塔に閉じ込められそうになったとき、突然魔女が現れて、「要らないなら私がもらっていくわ」と言い、王宮から私を連れ去ってくれた。

 その後、私は魔女の修業をし、めでたく独り立ちしたところで自分の家である王宮に転移で戻り父王と話したところ、私がまだ王女の身分であり、隣国の王子と婚約したままだということを知った。


 私の身分は王女だけれど、魔女である。

 自国の貴族からは忌避され、王宮での発言力はほぼない。

 国同士の政治的な思惑から考えると、今の私に王女としての価値はないのだ。

 隣国の王子がどういうつもりで私との婚約を取り消さないのか、さっぱりわからない。


 婚約解消に向けて交渉するつもりで、とりあえず魔女として王子のところに転移して話してみたら、王子がひざまずき、私に正式なプロポーズをした。


 小国の姫である私が大国の王子からのプロポーズを断ったら、国際問題になるかもしれない!

 父である王に話しても、婚約解消に前向きになってくれない。


 以降、私は個人的に王子に嫌がらせをして、王子の側から婚約解消してくれるよう地道な努力を続けている。



  ゲコッ ぴょん ぴょん

  ゲコッ ぴょん ぴたっ。


 「ふえっ!」


 カエルが私の紫紺の魔女服に張り付いた!

 手と脚を動かして、私の服をよじ登って来る!


 私は両生類も爬虫類も昆虫も、足の数が多い生き物も足がないふにふにした生き物も、全部嫌いだ!

 魔女修業で仕方なく、嫌々泣きながら頑張って作業していたに過ぎない。

 見るだけなら頑張れるようになったし、トングとか道具とかを魔法で持ち上げて作業できるようにはなった。


 でも、直接触られるのはダメなの~!


 「いやぁ~!」

 

 振り払いたい!

 でも、振り払って床に落としたら、カエル王子が潰れて死んじゃう!

 身をよじってなんとかしたくても、自分の服に着いているのだから服を脱ぐしかない。

 でも、王子の側近達の前で服を脱ぐなんてできない!


 身体を強張らせている間にも、カエル王子がよじ登って、とうとう私の胸元にたどり着いた。


 「ひぃぃ!」


 自分の服にべったり張り付いたカエル王子から目が離せなくて、自然と目が合う。

 つぶらな、濡れた瞳。


 「ゲコッ!」

 

 ぴょんと跳んだカエルが私の顔に向かってくる!

 カエルが私の顔に着くまえに、目の前が暗くなった───。


 





 「ゲコッ! ゲコゲコ!」


 ゲコゲコ騒がしい。

 静かにしてくれないかしら?

 昨夜秘薬作りで時間をとったせいで、睡眠が足りていないようだ。

 もう少し寝ていたい。


 「ゲコゲコゲコ! ゲコ!」


 騒がしさに負けて目を開けると、師匠の家と違う白い天井が見える。

 肘をついて起き上がろうとすると、またゲコゲコ聴こえてきた。


 「姫、気づかれましたか。」


 王子の側近その1が私に話しかける。

 私は執務室の長椅子に横になっていた。

 

 「あなたが私を長椅子に運んで下さったの?」

 「はい。殿下以外で姫の防御の魔法が効かない者は、あの場では私しかおりませんでしたので。」


 「ゲコゲコ! ゲコゲコ!」


 カエル王子が主張するように鳴いた。


 「殿下、それ以上、姫に近づかれませんよう。姫がまたお倒れになりますから。」

 「ゲ..コ」


 カエル王子は、私の寝ていた長椅子の肘掛にいた。

 心なしか、うなだれているように見える。


 王子がまだカエルの姿でいるということは、それほど時間が経っていないということだ。

 周囲を見回すと、ここは王子の執務室で、最初に一緒にいた者たち以外に医師らしき人物と侍女がいた。


 喉が渇いていた私は侍女が差し出したグラスを受け取り、ためらいなく中身を飲んだ。

 私には毒が効かないので、毒物による暗殺を恐れなくていい。


 寝起きにちょうどいい、柑橘系の爽やかな味がした。

 

 「美味しい果汁ね。ありがとう。」


 グラスを差し出し感想を述べる。

 気遣いのできる侍女が近くにいてくれるのはありがたいものだ。

 城の侍女なのだからこのくらいできて当然といえば当然だけれど、人とは育てるものだと師匠からいわれている。


 優秀な侍女らしく、家具のごとく気配を感じさせないものの無表情が少し崩れ、目元が優しくなった。


 

 側近その1が私に微笑んでいる。


 「姫、ご気分はいかがでしょうか?」

 「たいしたことございませんわ。少し、驚いただけです。」


 「そうですか。では、私どもはこれにて失礼いたします。カエルになった殿下をよろしくお願いします。」

 「え?」


 「このお姿では政務をとることもままなりませんし、殿下も姫の側にいることを望んでおられるようです。」

 「ゲッコ ゲッコ~!」

 

 え? え?

 私、カエル王子と、ここに残るの???


 「お待ちください。私、帰りますわ。」

 「ご遠慮なさらないでください。お泊りの部屋もご用意いたします。」

 

 いやいや、必要ないから!


 私は立ち上がり、転移の魔法を使おうとした。


 「ゲコッ!」


 エメラルド色のカエルが私に手を伸ばして飛んでくる。


 「ひぃ!」


 私が意識を失う前にエメラルド色のカエルは発光し、瞬く間に人の形に変化を遂げた。

 そして今、私は王子に抱き着かれ、あろう事か口に口を押し付けられている。


 突然の出来事に反応が遅れている隙に、王子が私の唇を吸いだした。


 何がおこっているの~!?


 悲鳴を上げそうになった瞬間。

 


 「殿下、がっつき過ぎです。」


 べりっと音がしそうな勢いで王子が側近その1によって私から離され、王子は布で包まれた。

 カエルから人の形に戻ったのだから、当然裸だったのだ。

 つまり、私は裸の王子に抱き着かれ、キスされた、と、、。



 目からじわじわと涙が出てくる。

 はじめてだったのに!

 ロマンチックなシチュエーションをたくさん考えて、はじめてのキスを夢見ていたのに!


 「エリザ、泣くほど嬉しかった?」


 諸悪の根源が、嬉しそうに話しかけてくる。

 言い返してやりたいのに、ぽろぽろ涙がこぼれるだけで、言葉にならない。


 「君が熱烈に僕を求めてくれるから、僕はとても嬉しい。」

 「私が、殿下を、いつ求めたとおっしゃるの?」


 聞き捨てならない。

 ここは睨んでもいいところよね!


 「ああ、そんな顔して僕を煽らないで。

  エリザは、僕にカエルになる秘薬を飲ませて、キスをする理由を作ったのだろう?」



 一般的なカエルに変身させる秘薬は、乙女のキスで魔法が解ける───。



 王子は上機嫌だ。

 私は王子の前向きな解釈に驚き、(おのの)いた。

 私は、カエル姿の王子にキスされそうになっていたのか?!


 カエルの姿でキスされるより人間の姿でキスされた方がましだと自分を納得させ、無理矢理立ち直ろうとした。



 「さあ、エリザ、恥ずかしがらずにおいでよ。

  僕たちは婚約してるんだ。キスくらい、もっとねだっていいんだよ。」


 王子は笑顔だけど、獲物を見てるみたいな目をしていて、なんか怖い!


 か、帰ろう。

 カエルの秘薬作戦は失敗に終わった。

 引き際は肝心だ。

 損失は最小限に!



 「お忙しいところ失礼しました。私、急用を思い出しましたので帰りますわ。」


 私は王子に怯えを覚られないよう優雅に、かつ最速で転移の魔法を使ってこの場を去る。


 「待ってるよ。」


 転移で消える間際に、王子の優しそうな声が聴こえた。

 待たないでいいから、婚約を解消して!






 住まわせてもらっている師匠の家に着いて、安堵の息をついた。

 そうしながら、王子の様子について思い出していた。

 何故か王子は私の言動に対して前向きに考えている。

 大国の王子が、どうして私にこだわるのだろう。

 

 私はそっと唇に指を這わせた。

 顔が熱くなってくる。

 その手をぎゅっと握り、首を振る。


 私は王子に、嫌われないといけない。

 嫌われて、王子にとって利のない、私との婚約を解消してもらうの───。




 さて、次はどんな手を使おうか?

 私は前向きに、あれこれと王子が嫌がりそうなことを考え始めた。

 



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