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第七話

 私はジミーさんの額に濡らした手拭いを置いて息を吐く。


「・・・すみません」


「気にしないで下さい」


 ジミーさんは酷い船酔いに見舞われていた。

 来る時は陸路だったそうで、船に乗るのも初めてなジミーさんは、昨晩の疲れも相まってダウンしている。


「・・・っ」


 そして、ジミーさんの隣にはニールさんも横たわっている。


「無理しないで出した方が楽ですよ?」


 吐き気を我慢しているニールさんは、私に言われても黙って首を横に振った。


「・・・ここ、桶を置いておきます」


 ニールさんは意地っ張りで、素直に嘔吐するジミーさんとは違い、頑なに吐くのを我慢し続けている。

 その所為でニールさんはジミーさんと比べて重症化しており、顔色も酷い色をしている。

 私は汚れた水を取り替えるために船室の外に出た。


「・・・」


 外に出ると、海風が顔を撫で付ける。

 見回せば、厳つい男達が威勢の良い声を上げて忙しなく動き回っていた。

 あの酒場に屯していた殆どがハンスさんの知り合いの船の船員だった様で、私達は一晩宿に泊まってから、翌朝になって船に乗って海に出た。

 船の全長は凡そ30m程で二本のマストが立っている。

 この船の船長はハンスさんの知り合いでレッドさんと言うらしく、周りからは提督と呼ばれていた。

 このレッドさんはとても大柄な身体で、右眼の上の大きな傷が厳めしく、濃い焦げ茶色の髪は荒々しく波立っている。


「二人の様子はどうだ?」


「かなり悪そうです」


「そうかそうか!」


 何時の間にかに側に来ていたレッドさんが声を掛けてきて、それに応えると豪快に肩を揺らして笑う。

 何と言うか、イメージ通りの海の男と言う感じだ。


「嬢ちゃんは何ともないのか?」


「ええ、はい。大丈夫です」


 私の身を按じる様な事を聞かれ、問題ないと答えると、レッドさんは目を細めて笑みを浮かべた。


「・・・レッドさんは」


 ふと気になって口を開いた。


「レッドさんは何で船乗りに?」


 何の気のない質問だったのだが、レッドさんは険しい目で私を見詰めた。

 それから一つ短く息を吐いて、水平線を眺めながら話し出す。


「もう・・・18年近くなるか」


「18・・・」


 となると、恐らくその頃は神々の庭の直前位になるだろう。

 そうすると、今は神々の園のスタート前の時期となるはずだ。

 と言う事は、この後色々起こるのかと思うと同時に、ゲーム前に起こった事と言うのが殆ど分からない。

 それ以前に大分ゲームの方の歴史と違いすぎて、恐らく役に立たない。

 そんな事を考えていると、レッドさんが前を向いたまま聞いてくる。


「・・・お嬢ちゃんはカイルの事は知っているか?」


 また出て来たカイル・メディシア。

 私は、本格的にどんな人物なのかが気になり出しながら答える。


「はい。ハンスさんから聞きました」


「そうか・・・」


 私の応えを聞くと、レッドさんは遠くを眺めながら話す。


「俺が若いときだった・・・当時、ウチの国と共和国が戦争になったんだが・・・カイルとあったのは、その直前だったな」


「・・・」


「あの頃は良く分かって無かったんだがな、アイツは半ば国を追い出される様な形で、ウチの国の駐在武官って奴に成ったんだ」


 その話は、触りの部分はハンスさんから聞いた。

 確か、王国の反乱を鎮圧した時に民衆からバッシングを受けて、スケープゴートにされたとか言っていた。


「初めて会った時にな・・・俺の幼馴染み・・・まあ、今は結婚したんだが・・・まあ、酔っ払ったカイルが、その幼馴染みと話してたんだ」


「はあ」


「それで、俺・・・たちの悪い奴だと思って殴ったんだよ」


 それはまた、何とも衝撃的な出会いだっただろう。


「まあ・・・その後、カイルにはボコボコにされるし、リシェには怒られるし・・・まあ、そんなこんなでアイツと出会っちまった訳だ」


 そう言って、レッドさんは顔の左側の撫でて頭を掻く。

 それからレッドさんは更に続けた。


「アイツは・・・まあ、苛烈な奴だった・・・だが、同時に臆病で、寂しがり屋な奴だった」


 何と言うか、聞いていたイメージとは少し違う事を言い始めた。


「アイツは独りだった。家族は・・・居たはずだが、仲が悪かったんだ」


「どうしてですか?」


「・・・さあな・・・ただ、アイツはどう言う訳か、親に嫌われていた。それに敵も多かった」


「敵?」


「アイツが左遷されたのはな、やっかみも有ったのさ」


「やっかみですか?」


 レッドさんは私の言葉に頷く。


「曲がりなりにも英雄だったアイツは、処刑されたり幽閉される様な事は無かったが・・・それ故に・・・英雄だったが故に敵も多かった」


 英雄とレッドさんは言った。

 しかし、それと同時に家族と国民に嫌われた男だとも言っている。

 誰からも嫌われた男。

 誰にも愛されなかった男。

 何と言うか、カイル・メディシアと言う男は、とても憐れな人物な様に思えてきた。


「アイツには命を救われた」


「え?」


「カイルは敵を殺すのには一切躊躇はしなかった。が、味方や友人の事は大事にしていた。そのお陰で救われた奴も大勢居る」


 ならば何故味方は少なく、敵ばかりが多いのだろうか。

 そんな疑問を懐く私の事を知ってか知らずか、レッドさんは続けて言う。


「アイツは・・・カイルはただ必死だったんだろうよ・・・自分の居場所作りに必死だったんだ。だから、あそこまで苛烈になって戦えた。だから、義務とか、役目とか、そう言う事に固執したんじゃ無いかと、俺は思ってる」


 居場所を求めた末に戦場に流れ着く。

 そして、その戦場に自分の生きる場所を見出してしまう。

 私には到底その考え方は理解できそうに無い。


「気を付けろよ」


「え?」


 唐突にレッドさんが言った。

 意味の分からない私に、レッドさんは更に続ける。


「あの男はあらゆる所に敵を作ってきた。国の中にも敵の方が多い。気を付けろよ嬢ちゃん」


「はい・・・?」


 良く分からずに返すと、レッドさんは私の頭をグシャグシャと乱暴に撫でて、それから前に出て声を張る。


「野郎共、速度を上げろ!!さっさと帰るぞ!!」


 威勢の良い船員の返事の後、背後からハンスさんが現れた。


「何を話していたのかな?」


「カイル・メディシアさんの事を」


「・・・そうか」


 カイルとは一体どんな人物なのか、これ程多くの人達に影響を与えている人物に、私は少しだけ興味が出て来た。

 今の所の情報を総合すれば、非常に苛烈な性格であり、それでいて寂しがり屋で、家族から嫌われ、国民から嫌われ、色んな所に敵が居る。

 戦争になれば目の前の敵を片っ端から潰して回り、色んな所に幅広く出没しては目に付く限りに戦い続け、最強と呼ばれる生きた伝説。

 途轍もなく厳めしい人物像しか浮かばないが、何となく、孤独で寂しい人の様な気もする。

 戦場でしか生きられない人間、そんな感じだ。


「カイル・メディシアさんは結婚はしていないのですか?」


 聞いてみると、ハンスさんは無言で首を振った。

 何となくハンスさんの反応からして、この辺にも事情が有りそうだった。


「ナジームさんとカイルさんの関係は?」


「閣下の小姓だったんです」


 背後からナジームさんが話しに混じってくる。


「東方からの移民だった私達は最初は奴隷でした」


「奴隷・・・」


「元々住んでいた国を追われまして、それでこの国に移住してきて、忠誠を示すために軍隊に参加したんです。それで、私達の指揮を執ったのがカイル閣下でした。」


「共和国に攻められてた頃だったな・・・」


 二人は懐かしそうに当時に思いを馳せている。

 当時十歳だったナジームさんは、十四歳で部隊を預かる事に成ったカイル・メディシアの小姓になったそうだ。

 十四歳で部隊の長と言うのも凄い話だと思ったが、どうやらハンスさんもカイル・メディシアと同じ歳で、やっぱり一緒に戦っていた。

 何と言うか、やはり時代や物の考えの違いを感じる。

 地球だったら完全に国際法違反だ。


「あの頃は良かったな・・・エストも居てソロモンも居て・・・」


「はい。アランさんも、ダズルも、ワルドも、エド大尉も居ました」


 口々に上げる名前は、恐らくは二人の戦友と言う奴なのだろう。


「皆さんお亡くなりに?」


 恐る恐る尋ねてみた。

 デリケートな事だろうし、あんまり突っ込んで聞くのもどうかと思ったが、それでも今は情報が欲しかった。

 それに、エストと言う名前には聞き覚えがある。


「いや、死んだのはワルドだけだね」


「他の方は皆さん生きていますよ」


 何だか肩透かしを食らった気分だ。


「エストは今は陸軍卿に着いているし、アランも参謀総長になって、二人とも陸軍のトップだよ」


「ソロモンさんは今は砲兵旅団の旅団長です。ダズル少佐は昨年退役されましたし、エド中佐は陸軍兵站部の責任者です」


「ワルドさんは?」


「ワルドは・・・アイツは王国内戦で戦死だった」


「遺体は戦後になって漸く見付かったんです」


 話を聞いてみると、ダズルと言う人、ドワーフらしいのだが、その人も戦闘で左腕を失ったそうで、工兵隊に所属しながら後進の育成に務めていたそうだ。


「後は・・・リゼか」


「・・・」


 その人物の名前が出た途端に、二人の表情が曇る。

 何か有ると思って尋ねようとすると、丁度、船の上が慌ただしくなった。


「海軍だ!!」


 まるで映画の様だと、私は現実逃避する様に思った。

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