第四話
アウレリア王国最強の軍人にして、無類の戦争好き。
死と破壊の体現者、皆殺しカイル、人殺しカイル、戦争卿、陸軍の父、戦争の生みの親、戦火の覇者、アレクト王の断頭斧、銃火の化身、王国の守護神。
有りと有らゆる呼び名を持ちながら、その全てがおどろおどろしく、その呼び名に恥じないだけの事を成してきた軍人。
軍人に取っては畏敬と恐怖を以って語られる生きた伝説。
そんな人物の話を、ハンスさんは嬉々として語る。
その姿は今だけは童心に返っている様に見えた。
「私はカイル様に一番最後まで仕えた部下でね。他の者が他所に行くのを尻目にして、私だけは第二次共和国戦争まで従っていたんだ」
ハンスさんはどうやらそのカイルさん徒は一番長い付き合いだったらしく。
一番最初に戦ったのが第一次共和国戦争で、その後の帝国東部防衛戦、北部反乱、共和国侵攻作戦、レオンハルトの反乱、大陸西部戦争、東部辺境平定、マイアル介入、帝国動乱、そして第二次共和国戦争。
10年間ほぼ戦い通しだったそうで、件のカイルさんは、その全ての戦いで主だった戦いに参加して武功を上げ続けたそうだ。
「カイル様はその後も王国西部独立戦争、帝国東部の蛮族討伐、第三次共和国戦争と戦い続けてね。14歳で出征してから15年戦い続けていたよ」
ここでジミーさんに視線を向けると、ジミーさんは気まずそうにして口を開いた。
「・・・僕は会った事は無いけど、でも・・・やっぱり伝説の人だよ。特に第三次共和国戦争の時の三将軍の戦いは有名だしね」
「三将軍の戦い?」
「・・・カイル閣下と共和国の三人の元帥の間で行われた大会戦の事だ。老将軍フェルディナン・ド・オベール大将、鉄壁のシャルル・ジュネ中将、無敗の若将軍クロード・オリヴィエ少将。その三人率いる総勢7万と当時少将だったカイル閣下率いる3万の軍が四日間戦い通した激戦だ」
話に聞くだけでは今一分かりづらいが、相当に激しい戦いだった様だ。
寡黙なニールさんが更に続けて言うが、結構興奮している感じが伝わってくる。
「この戦いでは第一日目にアウレリア軍3万とフェルディナン、シャルル軍の5万が戦って、アウレリア軍はコレを撃退。その後、二日目にクロード軍を加えた共和国軍が逆襲に出るも敢えなく撃退され、その日の夜、アウレリア軍は史上空前の夜襲を決行、この戦いでシャルル・ジュネ将軍が戦死する事態に陥る」
「はあ・・・?」
今一良く分からないが、ニールさんは更に続けた。
「三日目の朝、軍の指揮を執ったクロード少将は双方4万の拮抗した戦力で決戦を挑み、練度で勝る王国軍を圧倒し、王国軍は日暮れ前に前面で後退、クロード将軍は後退する王国軍を追撃して大打撃を与えた。だが、日が暮れても追撃を諦めない共和国軍に対してカイル閣下は夜陰に紛れての逆襲を開始、最終的に翌朝までに共和国軍は壊滅、僅かな兵が這々の体で退却した」
「その後に、アレクト王とイレーナ議長の間で和平協定が締結されて終戦したんだ。この一件の後、カイル様は軍を退いて隠居、対する共和国側は将軍一人を含む大勢の指揮官を失い、その軍事力を大きく減じさせてしまって、その後の地方での反乱や独立運動の激化を招いた。共和国は凡そ二割程度の領土が独立分裂してしまったんだ」
聞く限りでは兎に角凄まじい人の様だ。
「さあ、カイル様の話はこの位にしよう。もうそろそろ寝た方が良い」
そう言ってハンスさんは締め括ると私にテントに入るように進めた。
疲れのためか、眠気が襲ってきた私は、逆らう事無く提案を受け容れてテントに入る。
靴と靴下と上着の丈長のワンピースを脱いで畳み、白い薄手のワンピース姿でブランケットを被る。
日本で使っていた毛布や布団と比べると質は劣るものだが、余り気にしない質のお陰で不自由なく眠る事が出来る。
「カイル・メディシア・・・」
何処かで聞いた事のあるような気がした。
特にメディシアの辺りが気になる。
「・・・メディシア」
他にも気になる言葉が幾つか有る。
「アウレリア王国・・・アレクト・・・イレーナ・・・レオンハルト?」
その時、全てが頭の中で繋がった。
それは、私がここに来る前、コンビニに行く直前までプレイしていたゲーム。
「神々の園・・・」
三日徹夜でプレイしたファンタジーシミュレーションRPG、神々の園。
その前作に当たる神々の庭の主人公の名前がアルフレッド・メディシアで、その兄の名前こそがカイルだ。
前作は神ゲーとして有名で、私も全シナリオはコンプリートしたし、公式のガイドブックも単行本もノベルも全て揃えて読んで、アニメもTV放送、OVA、劇場版と観まくった。
何ならドラマCDも買ったし、2.5次元舞台も鑑賞した。
神々の庭に出てくるカイルと言えば、主人公の兄で酷いコンプレックスの塊の小太りの醜男で、物語の中盤に入る前に死んだ筈だ。
今作の神々の園は庭の20年後の世界が舞台で、主人公は転移してきた日本人で、学園で恋愛をしつつ戦争を回避すると言う物だった。
今の王様はアレクトと言うそうだが、確か庭ではアレクトは共和国との戦いの折に命を落としてしまい、その後の王位継承争いがストーリーの中心だった。
最終的には、少し短気で粗暴な所のある未熟なレオンハルトを主人公が助けて、弟のロムルスを打倒して王にすると言う内容で、多くの苦難と困難を乗り越えたレオンハルトは人間的に成長した。
園の方ではその平和になった王国で、主人公が前作のキャラクターや今作のキャラクターと協力して平和を護ると言う物で、共和国のイレーナもその中に絡んできた。
それで、問題のカイルは物語の序盤の最後の辺りで、ロムルスの手先として内乱を先導して主人公アルフレッドの前に立ちはだかって、最期にはロムルスに棄てられ、和解を申し出たアルフレッドの手を払い除けて自害した。
カイルは王位継承争いの引き金になったアレクトの死にも関わっていた事が公式のガイドブックで明かされ、共和国との戦いの中で、退却中のアレクトを見殺しにしたと言う裏設定があった。
有りと有らゆる意味で、重要な引き金となった人物だ。
「コレは・・・一体・・・」
ハンスさんから聞く限りでは、恐らく第一次共和国戦争がアレクトの死んだ戦いで、この世界のカイルはゲームとは違う道を歩いた様だ
時間軸的には恐らく今は、園の方の開始の前くらいだろう。
しかし、不思議なのは、神々のシリーズでは銃は特定のキャラだけが使う武器で、そんなに広まっていなかったと思うが、ハンスさん達の感じからすると、かなり広まっている様だ。
「・・・」
考えれば考えるほど分からなくなるが、それよりも酷い眠気が襲ってきて、私は意識を手放して夢の中へと旅だった。
「如何思う?ナジーム」
「ええ、やはり可能性は高いかと」
「頂きますか・・・カイル様も」
「偶に言っていました」
「彼女はカイル様の事は知らない様だったね」
「お母様が教えなかった可能性が高いですね」
「まあ、その気持は察する所だね」
「・・・彼女とカイル様を会わせたらどうなるかな?」
「・・・閣下は驚くでしょうね」
「そうだな・・・珍しい顔が見られるかもな」
「ですね」
「・・・彼女は如何思うだろうか」
「それは・・・」
「少し怖いな・・・彼女は良い子だから・・・もしかしたら嫌われたりするかも知れない」
「・・・」
「いっそ隠すか?」
「有り得ませんね。特に貴方なら」
「・・・そうだな」
「こんな時。閣下の口癖を思い出します」
「どうしてこうなったか・・・か」
「本当は成るようにしか成らないのですがね」
「まあ・・・そうだが・・・」
「止めますか?」
「いや・・・」
「ですよね」
「祈ろう・・・上手く収まる事を」
「はい」
「ニール?」
「・・・何だ」
「ヨーティアちゃんは嫌い?」
「・・・」
「嫌いなのはカイル閣下?」
「俺は・・・」
「・・・」
「閣下の事は良く分からない・・・兄貴は閣下の事を憎み続けてたけど、俺はその頃の事を覚えてない」
「テベリアの悲劇・・・ハンス大佐は態と言わなかったのかな」
「さあな・・・」
「君もとことんメディシアと縁があるね」
「うるせぇ・・・」