第三話
馬車に揺られて二日目の夜。
痛む尻を気遣いながら用意された焚き火の前に座る。
「はいどうぞ」
「ありがとう御座います」
渡されたカップを受け取ってから礼を述べる。
カップを渡してきたのは、御者を務めてくれているハンスさんの仲間のジミーさんだ。
ジミーさんはニールさんとは逆にとてもフレンドリーな人で、身長2m程の大柄な身体も相まって、凄くお兄ちゃん感が強い。
ジミーさんから渡されたのは温められたミルクで、少し癖はあるが嫌な味では無い。
「・・・」
私にカップを渡したジミーさんは今度はニールさんの下へと向かう。
ニールさんは近くの大きな木の側で周囲を見回している。
「慣れないと大変だろう?」
隣に座ったハンスさんが声を掛けてきた。
「はい。少しだけ」
実際は尻と腰がヤバいくらい痛い。
酔いは昨日の内にある程度慣れたが、しかし、兎に角尻が痛い。
下ろし金で削られたのではと思うほどに痛い。
「まあ、コレばかりは慣れるしかないでしょう」
火に掛けられた鍋をかき混ぜながら、ナジームさんは笑った。
昨日の夜も確りとシチューとパンが出て来て、今日も割と確りとした食事の準備をしている当たり、やはり金銭的に余裕のある旅のようだ。
「さあ、準備が出来ました」
今日の夕食はお粥の様な物だった。
麦と野菜と肉の入ったとろみの付いた白いお粥だった。
「頂きます」
普段、と言うか、日本に居た頃は余り言って無かったのだが、何となく言った方が良い様な気がして言ってみると、妙にしっくりくる。
と同時に、隣のハンスさんと対面するナジームさんがジッと見詰めてきた。
「・・・何か?」
「あ、ああ・・・いや、不思議な祈り方だと思いましてね」
「ええ、珍しい流派ですね」
そう言うと、二人とも木製のスプーンでお粥を食べ始めた。
少し不思議に思った物の、お腹も空いていた私は、余り気にせずに食べ様とする。
だが、ふと、ニールさんとジミーさんは如何するのかと疑問に思う。
「あの」
「如何しました?」
「ジミーさん達は?一緒に食べないんですか?」
「彼らは私達の後に食べるんだ。歩哨の必要が有るからね」
「歩哨?」
どうやら見張りを付ける必要が有るから、順番に交代で食事と休息を取るのだと言う。
そう説明したハンスさんは、さっさとお粥を掻き込んで立ち上がる。
「それじゃあ、私は交代してくるよ」
「ヨーティアさんはゆっくりと食べて下さい」
気が付けばナジームさんも既に食べ終えていて、二人は揃ってジミーさん達の方へと向かう。
「・・・」
何か二人で話していた気がするが、ここからでは聞こえない。
私は、少し不思議に思いながらお粥を食べた。
「美味い・・・」
塩味が程良く、まろやかでクリーミーな味は、何となくリゾットに近いと思う。
リゾットに比べるとコクが少し足らない感は有るが、その分、重くなくて食べやすく。
癖がない分、万人受けする感じだ。
「美味しいですか?」
二口三口と食べ進めている内にジミーさんが近づいてきて話し掛けてきた。
ニールさんは無言でナジームさんの座っていた位置に座って、鍋の中のお粥を器によそっている。
「・・・ジミー」
「ありがとう」
ニールさんに器を渡されたジミーさんは、笑顔で受け取って私の隣に座った。
「ナジームさんのご飯は美味しいから楽しみなんだ」
朗らかに言うジミーさんは、大きく口を開けて頬張る。
ニールさんも既に食べ始めていて、、何となく顔がほころんでいる様な気がした。
私は食事を取りながら、ジミーさんに尋ねてみる。
「ジミーさんとハンスさん達は、どう言う関係なんですか?」
そう尋ねると、ジミーさんは此方を向いて答える。
「部下と上司・・・かな?」
「お仕事の関係ですか?」
「まあ、そんなとこかな?」
少し濁した様な応えが返ってきた事を不思議に思うと、ニールさんが横合いから口を挟む。
「ハンス大佐は上官だ」
「上官?」
ニールさんの言葉に、ジミーさんは少し気まずそうにした。
そんなジミーさんを気にも止めずに、ニールさんは続ける。
「アウレリア王国陸軍、近衛第一歩兵連隊の連隊長ハンス・ポーン大佐。苗字も持たない平民から成り上がった最強の叩き上げ軍人だ」
ハンスさんが軍人だと言われて、驚くと同時に、何となく納得した様な気がする。
思えば、最初に助けてくれた時に銃を持っていたのもそうだが、普段の仕草が何処かキッチリした感じで動きにメリハリがある。
「ナジームさんも軍人なんですか?」
どうせだからと思って、更に尋ねてみると、ジミーさんが答えてくれた。
「ナジームさん・・・ナジーム大尉は元近衛騎兵の中隊長で、今はハンス大佐の副官をしているんだよ」
説明されると、ここでニールさんのさっきの言葉の意味が理解できた。
「お二人も?」
気になって尋ねると、ジミーさんが先に答える。
「僕は近衛擲弾連隊に」
次いで、ニールさんに視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。
「・・・俺は近衛第一歩兵連隊」
「二人とも優秀な軍曹だよ」
背後からハンスさんが会話に混じってきた。
「・・・余り話したくは無かったんだけどね」
そう眉尻を下げてハンスさんが言うと、二人は直ぐに立ち上がって背筋を伸ばす。
「申し訳ありません!」
ジミーさんが鋭い声色で謝罪する。
「いや、秘匿という訳でも無いし、私も尋ねられたら答えるつもりだった。特に思うところは無いから」
「ありがとう御座います!」
「・・・!」
ニールさんとジミーさんは更に気をつけをして敬礼した。
ハンスさんは笑いながら手で制して、二人に食事に戻る様に促す。
「アッチは退屈でね・・・ナジームに言って戻ってきた」
そう言うと、ハンスさんは私の隣に座る。
「二人は・・・いや、随分色んな人が私を尊敬してくれているけどね。私としては、そう大した人間じゃ無いんだ」
謙遜と言うよりは、本当にそう思っていっている感じがする。
そう思って話を聞いていると、ハンスさんは真面目な顔で正面を向いたままで続ける。
「私が連隊長なんて役職に就けたのは、全てある人のお陰なんだ」
「ある人?」
「・・・」
「・・・」
ハンスさんが話を始めると、ジミーさんもニールさんも顔を伏せた。
「カイル・メディシア・・・私の元上官・・・いや、今でも私のタダ一人の敬愛する主人だ」