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第二話

 翌朝、目が覚めた私は、身支度を調える。

 とは言っても、持ち物なんて何も無いし、部屋の物を勝手に弄って壊してもアレなので、髪を手櫛で整えてみる事にした。


「入るよ?」


 扉の外から声が掛けられた。


「どうぞ」


 応えを返すと、直ぐに扉が開かれてハンスさんとナジームさんが入ってくる。

 二人とも両手に袋を抱えていた。


「グッスリ眠れたかい?」


 ハンスさんが近くの椅子に荷物を置きながら聞いてくる。


「はい」


 ハッキリ言って自分の部屋のベッドよりも寝心地が良かったくらいだ。

 偽らざる思い出短く答えると、ハンスさんは笑みを浮かべながら頷く。


「ヨーティア。コレを」


 ハンスさんの後から、袋を空けて中身を取り出したナジームさんが何か布の様な物を手渡してきた。

 何かと思って受け取ると、それは服だった。


「手に入れるのは苦労しました」


「ああ、何せ女物だからね。店の人には怪訝な柄をされたよ。大の男二人が店の開く前から尋ねて来て、女性の服を買い込むのだからね」


 心中は察するところである。

 間違いなく苦労したであろう、二人からの戦利品を、私は丁重に受け取って礼を言う。


「ありがとう御座います」


 そう言うと、二人は嬉しそうに頬を弛めた。


「さて、私達はいては何時までも着替えが出来ないね」


「お湯は準備しておきましたから」


 ナジームさんは、廊下からお湯の入った桶を持ってきて床に置き、それからハンスさんと揃って部屋を出て扉を閉めた。

 何とも、手厚い二人の施しに、少し涙が出そうになる。


「さて、支度したく」


 余り待たせるのも何だが、貰った服は大事に着たいと思って、入念に身体の汚れを落とす事にした。

 先ずは着ていた服を脱ぐ。

 元の色が分からないが今の所は灰色のそれを床に敷いて、その上に全裸で立った私は、手拭いをお湯に浸して良く絞ったソレで身体を拭う。


「凄ぇ」


 思わず出た声は、擦れば擦るほどに落ちる垢の凄まじさ故で、決して身体を見てでは無い。

 と言うか、この身体かなり細い。

 肉付きなど全くなく、肋が浮き出ている。

 手足も細く、良く大根足などと言う言葉があるが、実際に大根と同じ太さなら相当細いと思う。  

 私の脚は、大根にしても相当に貧相な大根だ。

 間違いなく農協に持っていったら廃棄品になる程度には細く、見窄らしい。


「ふう」


 身体の垢を拭っただけなのに既に疲れている。

 余程体力が無いようだ。

 絞った手拭いで身体を拭って、襤褸布の上に垢が落ちたのを見た後、今度は桶に入ってお湯で身体を洗う。

 特に髪を洗う。

 髪をお湯に浸して見た瞬間に、お湯の色が変わるほどなのは流石に引いた。


「凄ぇ」


 もう、ソレしか言葉が出ない。

 シャンプーでもあればとは思うが、仕方が無いのでお湯で洗うだけで我慢して、ソレから身体の方も一頻り洗ってから、乾いた手拭いで身体の水気を拭き取る。


「ヒリヒリする」


 どうやらこの身体、皮膚も弱いようだ。

 手拭いで拭った全身が若干赤味を帯びて少し痛む。


「え~と、服は・・・」


 漁ってみると色々とある。


「コレが・・・下着か?」


 手に取ったのは肌触りの良い白い薄手のワンピースの様な物だ。

 丈は大体足首くらいまであって、恐らくコットン製だと思う。

 昔、何かの本で中で、昔の女性の下着はワンピースの様な物だったと読んだ事がある。


「取り敢えず着てみるか」


 身に付けてみるとそれなりに肌触りは良く、そこまで締め付ける感じはしない。


「スースーするな」


 パンツを履いていないのだから当たり前だが、またの辺りが何か頼りない。

 まあ、逆立ちしたりしない限りは中身が見える事も無いだろう。


「次は・・・」


 丈長のチュニックの様な物を手に取った。

 色は濃い緑色で丈は踝位まである。

 着てみると生地が厚く重い印象で、腰の辺りから広がっている感じは、スカートって言う感じが強い。


「ん?」


 良く見ると両脇の辺りに靴の様に紐が通されていた。

 恐らくはコレで腰を絞って調整するのだろう。


「こんなもんか?」


 一応、貰った荷物を調べてみると、今着ている以外にも何着か似たようなのが入っていた。

 漁っていると、他にも何やら色々と出て来た。


「コレは・・・所謂コルセットって奴だな」


 コルセットの他にも、妙に大きなスカートが何個も出て来たり、後は革靴と膝くらいの長い靴下が出て来た。

 靴下は履いてみたが、服を着た後だと履きづらい上にかなり落ちやすい。

 不便なと思ってると、袋の中からリボンのような紐が見付かる。

 試しに靴下の口の辺りを縛ってみた。


「うん」


 ずり落ちない。

 長さも丁度良い感じだし、もしかしたらコレが正しいのかも知れない。

 靴はかなり固いが、踵はそれ程高くなくて意外と歩きやすい。


「支度出来たかな?」


 ハンスさんが外から声を掛けてきた。


「はい。大丈夫です」


 返事を返すと、直ぐに二人が部屋に入ってきて、ハンスさんは入って来るなりに褒めてくれた。


「良く似合っているよ」


「ありがとう御座います」


「コルセットは着けなかったのですか」


 ナジームさんがベッドに広げられたコルセットを見て言う。


「付け方が良く分からなかった物で」


「そう・・・ですか」


 そう言うと、ナジームさんは私の荷物を手早く纏めて1つのカバンに入れた。

 布製の大きめのランドセルほどの大きさで、それ程荷物は入っていない様だ。


「コレが貴女の荷物です」


 そう言って手渡されたカバンを受け取って、足下に置いた。


「早速だが、行動に移りたいと思う」


 昨日聞いた話では、コレから二人は国に帰るそうで、私も同行する。

 二人の国までは大凡十日間程の旅で、先ずは今居る街から三日ほど南下して海に出ると言う。

 陸路で戻った場合は軽く一月は掛かる上に、政情不安定な国や地域、更には二人の国と敵対関係にある国まであるので、そこは避けたいとの事だ。


「表に馬車を用意してある」


 そう言うと、ハンスさんは私の手を引いて歩き出した。

 私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる所など、かなり紳士的な物だと思いつつ、逆らわずに歩いた。

 ナジームさんはと言えば、背中には私ほどの大きさの大きなリュックを背負っていて、腰には刀を着けていた。


「・・・」


「護身用です」


 そう言って笑うナジームさんは、何だか少し怖い様な頼もしい様な、平和な日本で育ってきた自分とは考え方や価値観に大きな隔たりが有るのだと感じる。

 それから建物から出て、止まっていた馬車に乗り込んだ。

 外に出た時に自分の居たのが宿屋だと言う事に気が付き、中々に上等な宿だと気付いたのは後々になってからだ。

 車両の側面の扉をハンスさんに開けてもらって乗り込むと、そこには既に先客が居た。


「どうも」


「・・・」


 先客は無口で、服装も簡素な物だった。

 何やら長い棒の様な物を布で包んで大事に抱えていて、雰囲気と言い、何やら不吉で不思議な人だ。


「彼はニールと言います。私達の仲間です」


 ハンスさんが先客の紹介をした。

 ニールというらしく、ハンスさんが言って、初めて彼が此方を向いて軽く会釈をする。

 だが、何処か人を寄せ付けない雰囲気がある。


「無口な男でね。まあ、悪い人間ではないよ」


 そう言って、ハンスさんは馬車の席に座った。

 私も続いて隣に座り、カバンを足下に置く。

 ナジームさんは、荷物を馬車の中に置くと私の正面に座る。


「もう一人御者をやっている仲間が居るが、後で紹介しよう」


 ハンスさんが言った直後、馬車が動き出す。

 かなり揺れて正直言えば乗り心地は良くないが、徒歩よりは遥かにマシだと思って文句は言わない事にする。

 こうして私の異世界での冒険は始まった。

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