第一話
目が覚めた時、果たしてアレが全て夢だったならと思った。
だが、現実は甘くは無かった。
「やあ。起きましたか」
身体を起こすと、助けてくれた紳士が笑みを浮かべて声を掛けた。
「ありがとう・・・ございます」
取り敢えず礼を言った。
そうすると、紳士は嬉しそうにして、構わないと言う様に軽く会釈をする。
「お腹空いているだろう。何か食べられる物を用意しよう」
そう言うと、紳士は背後に向いて声を上げた。
「ナジーム!何か食べ物を!それと飲み物も頼む!」
紳士は再び此方を向いた。
「先ずは自己紹介をしよう。私はハンスと言う者だ」
ハンスと名乗った紳士は、今度は自分の番と言う風に、平手を向けて促す。
「私は・・・」
言い掛けて思った。
名前が分からん。
そう思った時、不意に頭の中に1つの単語が浮かび上がる。
それを、口にして出した。
「私はヨーティアです」
何故、コレが自分の名前なのか分からないが、それでも口にしてみて、実に自然に口に馴染んだ。
この瞬間から、私は、日本に住んでいた高校生では無く。
この世界に生きるヨーティアという少女になったのだと思う。
「ヨーティア・・・良い名前だ」
紳士はそう言って私の頭を撫でた。
何となく、少しむず痒いような、何処か落ち着く心地好さを感じる。
「お待たせしました」
褐色肌の美青年が入ってきた。
「ありがとうナジーム」
どうやら彼がナジームさんの様だ。
「どうも」
会釈してみせるナジームさんは、顔を上げると少し柔和な笑みを浮かべた。
鮮やかな赤毛に灰色の眼の、何処か中性的な魅力のある目鼻立ちの整った彼に笑いかけられれば、大抵の女性は見惚れてしまうだろう。
そう、思うほどに魅力的な容姿だった。
「どうぞ」
差し出されたのはパンに野菜とハムが挟まれたサンドウィッチだった。
「ありがとう御座います」
礼を言って受け取って、それから空腹に耐えきれずにかぶりつくと、それが実に美味しい。
思わずがっつく様に食べ進めると、不意に、二人が笑っているのに気が付く。
「・・・」
何となく恥ずかしい様な気がして、今度はゆっくり食べる。
「飲み物を」
ナジームさんがコップを手渡してきた。
丁度何か飲み物をと思っていた時で、少し驚きながらコップを受け取る。
木製のコップの中には白い液体が注がれていて、一口呑んでみると、それがミルクなのが分かる。
だが、普段呑んでいる牛乳と比べるとずっと重くて濃い様な気がして、臭いも独特な物があるそれは、牛乳では無いと感じた。
それから、程なくしてサンドウィッチも食べ終わりミルクも飲み干して腹の膨れた私に、ハンスさんが話し掛ける。
「君は・・・親は居ないのかな?」
「・・・居ません」
そう尋ねられると、居ないと答えるしか無かった。
状況的に明らかに親の居る様な雰囲気は無かったし、記憶に無いはずなのに、自然と言う事が出来た。
恐らくは、身体の記憶がある程度残っているのだと思う。
「そうか・・・」
ハンスさんは重々しく言って顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。
「・・・」
「?」
先程からナジームさんが妙に私の方を凝視している気がする。
「何か?」
「いえ・・・」
思わずナジームさんに聞くと、少し慌てた様な素振りを見せてから、続けて決心した様に言った。
「眼が・・・珍しいと思いまして」
「眼?」
一体どう言う事かと思うと、ナジームさんが更に続ける。
「貴女のその黒い眼が珍しくて・・・すみません」
どうやら私の眼は黒い様だ。
金髪なのは分かっていたから、どうせなら眼の色も異国情緒溢れる色ならばと思いもするが、まあ、文句を付けても始まらない。
多少は日本人らしさがあると思えば、それはそれで気分が良かろう。
「変ですか?」
何となく、カラフルな見た目をしている人が多いような気がしてナジームさんに尋ねてみた。
「いえ、とても綺麗だと思います」
歯の浮くような返し方をされて、若干面食らった。
そんな私に、ハンスさんが言う。
「まあ、でも黒眼は少し目立つかも知れないね」
「そうなんですか?」
「この辺りに黒眼は珍しいからね」
一体どんな遺伝子構造をしているのかと気になるところだが、どうやらこの付近では黒眼は珍しいようだ。
この辺は異世界らしいなと率直に思う。
「ヨーティアさん・・・君は如何するのかな?」
ハンスさんが私に言った。
どうするもこうするも、成るようにしか成らないと言うのが率直な所だ。
「・・・」
「君が良ければ何だがね」
そう前置きをしてハンスさんが言う。
「私と一緒に来ないかい?」
「え?」
「こう見えても、私もそれなりに稼ぎは有る方でね。この歳で妻も子も居ない身だ。少しは家が華やぐと嬉しいんだ」
そう言うハンスさんは、私に柔和に笑いかける。
何というか、人好きのする笑顔で、コレは昔は女誑しだったんじゃ無いかと思う。
だが、この先行く当ても無ければ、生きていく手立ても無い私は、まあ、騙されて食い物にされたり奴隷にされても今よりも酷い事は無いだろうと胸中で結論付けた。
「宜しいんですか?」
一応、そう聞いてみると、ハンスさんは笑顔で頷いた。
「では、お言葉に甘えてお世話になります。私に出来る事なら、どんな事でもします」
まあ、コレで召し使いにでもしてくれれば御の字だろう。
そんな気持で答えた。
それから明日以降の動きを簡単に説明されて、その日はお開きになって私は再びベッドに横になった。
「如何思う?ナジーム」
「・・・可能性はあるかと」
「君もそう思うか?」
「黒眼と言うのが・・・メディシアの血の繋がりが考えられます」
「ふむ・・・」
「大佐?」
「まだ、断定は出来ない。だが・・・可能性があるなら賭けてみよう。駄目でも少女を一人救ったと思えば慰めにも成る」
「ですね・・・」
「なあ、ナジーム」
「はい」
「実はな・・・私は、何となくだがこの子は、そうなんじゃ無いかと思ってるんだ」
「大佐もですか?」
「ああ、何というか・・・」
「ええ・・・」
「「問題に巻き込まれそうな雰囲気」」