# 008
「んでね、私はこう誤魔化したの。いや、こいつは奴隷へのしつけだってね。どう?どうだった?私の演技?完璧だったと思わない?」
「うんうん……」
「なんで最後あっさり通してくれたのかはわからないけど多分私の演技が完璧すぎたんだねきっと」
「うん……」
先程からなんとか奴隷商のグループから逃げ出してきた花と俺。
あれから1時間程歩いているが花は先程からずっとこの話ばかりを何十ぺんとしている。
おそらく彼女にとっては奴隷商を騙して仲間の奴隷を救出するなどという日本で日常生活を送るだけではなかなか遭遇できない体験に今になって非常に興奮冷めやらぬといった様相なのであろう。
先程から喜々として話しているが俺としては気が気ではない。
(さっきは必ず鈴を助け出すと約束した。確かにいろんな場所のいろんな身分からランダムスタートするってのは聞いてたけど万が一にも鈴が俺みたいに奴隷スタートしてたりしたら……)
そう考えると気が気ではない。一刻でも早く鈴を見つけ出さなければ……、そしてそのためには今の現在地点などを知る手掛かりが必要である。というかまず直近に食料や水も。といったところで俺はなにかの音に気がつく。
「んで、私なんて言ったと思う?これは奴隷へのしつけだって……」
「ちょっとまって南部さん。静かにして!」
「もう、だから花でいいってば……」
と花はそこまで答えて口をつぐむ。
おそらくは花もその周辺に漂う何とも言えない獣臭い臭いに気がついたのだろう。
そして辺りをガサガサという音と、
「グルルルル……」
とまるで野獣のような唸り声が響く。
「この音に唸り声……まさか野生の熊?」
「そうかもな」
「だ、大丈夫!確か熊は木登りが苦手なはずだからそのへんの木に登れば……」
と花は誤ったクマ知識に基づいてその辺の気に足をかけ登ろうとする。
「いやいや、南部さん。熊は木登りができるからそんな登ったりしても……」
っと、そこまで言いかけたとき突如鼻先10cmというところを突如太い大木が通過する。
驚いて振り返ると、なんとクマなんて大きさではない。前に映画で見た恐竜のティラノサウルスのようなサイズのクマが両手を挙げ、ヨダレをまき散らしながらこちらに向かって咆吼していた。
そのあまりの勢いに俺も、そして花も一目散に逃げ出す。そしてその巨大クマもそのあとを追いかける。
俺もクマ対策知識などいくつかないわけでもないが正直こういう差し迫った恐怖の前にそんなものは無意味だと初めて気づかされた。
「は、早く逃げろ!」
「嫌だああああ死にたくないいいいいい!」
別に捕まっても死ぬことはないという説明を受けてはいたが正直迫ってくるくまの前にそんなものは無意味であった。
巨大クマは周辺に鬱蒼と生えている木々をなぎ倒しながらこちらに一目散に進んでくるもので俺たちもその木々の間を駆け抜けていく。
だが、先程からちょいちょい振り返って確認してみたところだが、なんとなくクマの方が足が速いように感じる。
「クマは木を倒せるとか木登りすれば助かるとか言うの嘘じゃああああんん!!」
「そ、そうじゃないだろおおおおおお!」
などと花の言葉にツッコミを入れつつ逃げていた俺たちだがさらに最悪な現実に直面する。
なんと逃げた先に分厚い岩の壁が行く手に聳えていたのだ。
「げっ!」
「やばいよやばいよこれ!」
万事休す。引き返そうとするものの当然後ろには先程からずっと追いかけてきていたクマが木々を倒しつつゆっくりとこちらに近づいてくる。
「くっそぉー!こうなったら」
花はそう悪態をつきつつ奴隷商の装備の一つである腰に差してあるサーベルを抜き放ち、クマの前に立ちはだかった。
「南部さん!一体何を……!?」
「戦うんだよ!もう逃げらんないでしょ!」
「むむ、無茶だ!さっきゲーム始まったばかりなんだよ?こんな強そうな生き物に挑むなんて……」
「殺らなきゃ殺られるんだから!一か八か戦うしかないでしょ」
思い切りがいいというかただ単細胞というか短気というか、とにかく花は覚悟を決めてクマに対峙する。
「遅かれ早かれ私たちは王子の復権を目指すために戦うことになるんだ。こんなところでこんな野獣に負けてる程度じゃ先が思いやられるっての!」
そのように言い放って向かっていく姿はカッコいいのだが、こんな野獣とは言っても相手はまるでラスボスと言われても信じるサイズのクマであるし勝てるのだろうかと俺が考えを巡らせるまでもなかった。
花は残念ながらまるで跳ね除けられたハエのように軽々と巨大クマに叩き飛ばされ、運悪く近くにあった木にしこたま全身強打し伸びてしまう。
「な、南部さん!?南部さああああああああん!!!」
思わず声をかけた俺だったが人の心配をしている場合ではなかった。
なにせ花が戦闘不能になったのを確認した巨大クマが"次はお前だ"と言わんばかりの目線をこちらに向けていたのであった。
「いやいやいやいや、待て待て。話せばわかる、話せばわかるから」
っと、某総理大臣が暗殺される寸前のような言葉を口にして俺は石の壁に背中を押しつけるが、クマは残酷なほどにゆっくりと、まるで恐怖に歪む俺の表情をじっくりと楽しんでいるかのように近づいてきてクマは自らの鼻先を俺の顔を近づける。
「あああ、ごめんなさいごめんなさい」
しばらくクマが鼻先で俺の顔などをクンクン嗅いでいたがやがてその鼻先を俺の首へと移動させる。
(このまま、喉笛を食いちぎろうっていうのか……)
いざもう助からないとなると意外と冷静なもので、ここで両方倒れた場合誰かが助けに来てくれないともう起き上がれないってことだよなぁまた奴隷商に捕まったりしたら笑えるななどと考えながらクマの洗礼を受け入れるがままにしていたがそこで突然周辺に
バン!
と発砲音が鳴り響いた。
その森中に鳴り響いた発砲音に俺も驚いたがクマはそれ以上に驚いていたようで、すぐに俺の顔から鼻先を話してキョロキョロと辺りを見回す。
そこで更にもう一発。
バン!
と鳴り響く。クマは先程までの冷静さを完全に失い元来た道を一直線に逃げ出した。
「た、助かっ、た……?」
生きているとわかったとたん突如体中からどっと脂汗が出てくる。
それからややあってか、
「大丈夫ですか!?」
とどこからか女性の声が聞こえてきた。
一体どこから聴こえてくるのかと辺りを見回していると、
「こっちです!こっち!上を見て!」
と言われ上を見るとハンチング帽をかぶった赤髪の女性が心配そうな目をこちらに向けていたのだった。