# 004
「それでは皆さん、まずヘルメットを装着する前に。そしてこちらの座席に腰をかけてください。あ、シートベルトもお願いします。シートベルトはカチッとしっかり音がするまで奥に差し込んで」
俺の心配もよそに淡々とみどりさんは説明をしていく。
「すっごい楽しみ!わくわくするなぁ」
「うちもVRゲームとか初めてだからめっちゃ楽しみ!やっぱ映像が飛び出して見えたりするのかな」
「何言ってんだよ、それは3Dメガネでしょ」
俺以外の3人は終始このような調子ではっきり言って全く危機感というものがなく、みどりさんの指示通りに着々と装置を身につけている。
これは俺だけでも冷静にならないとと思い俺は考えて閃く。
「あ、ちょっと待った」
全員がこちらを見る。正直コミュ障には辛い状況だがそれを危機感が勝る。
「さ、さっき社長がこのゲームには5人必要だって言ってたけど俺たち4人しかいないんだけど大丈夫なのか?」
なんとかこの状況を打開しようとした発言だがその質問に対し、
「大丈夫だ、心配ない」
という答えが帰ってくるのとシートベルトをカチッとしめる音がしたのは同時であった。
「今回のデバッグには僕も参加する。これで定数通りだ」
残念無念。必死の反論も一瞬で論破されてしまい、苦虫を噛み締めたかのような表情になっているであろう俺にさらに鈴が追い打ちをかける。
「聖は何してんの?早く装置を装着しないと」
今更になって気がついたが俺以外の4人は既にVR機やシートベルトなどを既に装着しており、まだ何もしていないのは俺だけであった。
(あーもう南無三!どうにでもなりやがれ!)
やけくそになりながら覚悟を決め俺も椅子に座ってシートベルトをしめ、VRゴーグルのついたヘルメットを頭にはめる。
「それではゲームの内容についてご説明をいたします」
「いいっすね!待ってましたよ」
馨がチャチャを入れるがみどりさんはそれに気にせず説明を続ける。
「このゲームは中世から近世くらいの時代のヨーロッパや日本をイメージして作られたパンゲラという大陸を舞台にしたシュミレーションロールプレイのゲームです。
皆さんはそのパンゲラという大陸の各地に様々な階級で飛ばされることになります」
「え?じゃあっちの世界に飛ばされるときはみんなバラバラになっちゃうの?」
花のその質問にみどりさんは
「そういうことになりますね」
と答える。
「えぇ~それじゃみんなに助けてもらえないじゃん~」
「話を戻します。パンゲラ大陸には数多くの国が存在します。日本をイメージして作られたリベン国。フランスをイメージして作られたグランダ国、ローマをイメージして作られたレギオン国。などなど……。ほかにもたくさんあるのですがこのゲームはこれらの国のどこかに亡命しているジョン王子を探し出し、国王とするのが目標となります」
「国王に?」
聞きなれない言葉に馨が思わず聞き返す。
「はい、このゲームの主人公勢力とも言えるスーデル王国の先王ルークは野心的な部下による裏切りによって殺され、その裏切った部下カッタスが現在独裁者となって悪政を敷いています。皆さんは既存の勢力を利用するなり仲間を集めるなりしてカッタスを倒してジョン王子を国王の座に戻します」
「なるほど、俺たちでそのカッタスって裏切り者の悪党を倒さななきゃならないってわけか」
「ただし……」
っとここでみどりさんは少々声を強めつつメガネをくいっと持ち上げる。
「そのカッタスは作中のラスボスとなっておりゲーム中でも最強のステータスを有する人物です。ですからこの人物だけはここの5人全員が力を合わせ無ければ勝てない設定になっています」
「え?それってつまり……」
「つまり自分ひとりでどんなに仲間を集めてカッタスに挑んだとしても無理だってことだよ。要はみんなと合流すればいいってことだよ」
アホのせいで理解の遅い鈴に俺は超絶に親切な説明をするがそれでも要領を得ない表情をしている鈴。
まぁ表情といってもヘルメットをかぶっているため口しか見えないのだが。
「それじゃあとはこちらの操作となりますので全員がベルトとヘルメットを装着したらこちらゲーム機の方へみなさんの五感を接続しますがほかに質問はありますか?」
「あぁ、ちょっといいかな」
俺がみどりさんの問いかけに答える。
「このゲームの世界の中で死んだらどうなるんだ?現実世界に戻ってくるのか?」
「いえ、ゲームの世界ではどんなに深刻なダメージを受けたとしても死ぬということはありません。しかし、一定のダメージを受けると意識が朦朧とする、足を引きずる、手が不自由になるなどのペナルティがあり、ダメージ値の蓄積が一定以上になると意識不明となります」
「意識不明……」
「はい、その状態になると意識を失い何も出来ません。のでほかのプレイヤーに治療を施してもらうかあるいは友好的なNPCが近くにいたり近くを通りかかると助けてもらえる可能性があります。そうすると意識が戻ります」
「な、なるほど……」
つまりゲーム内で死ぬことはないにしてもあまり人気のない場所で意識を失うと非常に危険ということになるかも知れない。これは確かに一刻も早くほかのプレイヤーと合流する必要がありそうだ」
「それともう一つ。このゲームは途中退室というものができません」
「え?それって……」
「はい、言葉通りの意味でジョンによる王位復権がなされてゲームをクリアするまでゲームの世界から抜け出すことはできないということです」
「しかしそれだと失敗した場合相当な時間を食うんじゃないのか?」
「それは心配ありません」
またしてもみどりさんはメガネをくいっと持ち上げる。
「実はゲーム世界の中では現実世界の1000倍の速度で時間が流れています。ゲーム世界で1000時間。つまり40日ほど過ごしたとしてもこちらの世界では1時間も過ぎてないことになります」
「なるほど……」
思っているよりゲームバランスに関しては考えられているらしい。そのようなことを考えながら俺はVRヘルメットをかぶる。
「それではみなさんの五感をゲーム機に接続致します。良い旅を」
そのみどりさんの言葉の後に耳の奥からなにか低音の音が聞こえるのが聞こえた。おそらくヘルメットに内蔵されているヘッドフォンから聞こえる音だと思うのだが、それと同時に5人ともまるで深い眠りにでも落ちていくかのように意識を失っていくのであった。