# 026
「それでね、私こう言ってやったの。これは奴隷をしつけてるだけだって」
花のもはや聞き飽きたほどに聞いた話の回数もおそらく3桁にのぼるのではないかという程度には長い距離を歩いていた一行。
「でね、私の前にこんなに大きな巨大なクマが現れたの。もう私どうしようかなって思ったけどもうこれはやるしかないって。それでね、私そのクマに近づいたんだけどそのクマはその巨大な右手で攻撃したからそれをこの剣でがって受け止めて……」
しかも完全に同じ話ではなく回数を追うごとにどうやら彼女は自分の活躍を誇張していっているようだ。
それに対し健気にもその花の言葉に相槌を打っているのはメリルだ。
彼は前のレギオン帝国を構成する街の一つアインで救い出した逃亡奴隷だ。
「そうなんぁ。!さすがママだね!」
「へへー、そうでしょそうでしょ~?」
だが、メリルが花のことをママと呼ぶたびにぴきっと青筋を立てるものがいる。それは先頭を歩く体ほどはあるかという長い銃を担いだシーナだ。
シーナはしばらくメリルが花のことをママと呼ぶのを我慢していて聞いていたようだがメリルが、
「ね?パパもそう思わない?」
と俺にも同意を求めてきたところでまるでろうか何かで固めたような笑みでこちらを向き一直線にメリルに詰め寄った。
「……ねぇ、メリル。花さんのことではなくて私の方をママって呼びませんか?……ほら、私だって一応大人?なんですし……」
正直シーナは小学生の高学年か中学生位にしか見えないのに大人というのは少々無理があるのではないかと思うのだがシーナは大きく息を吸ってその小さい体をめいっぱい膨らませる。
メリルはそれに対してぽかんとしていたが我に返り、
「えっと……シー姉さんをママって呼ぶなら花さんのことは僕のどの家族に当てはめれば……」
「えっ?」
どうやらシーナはそのことについてはあまり深く考えがあったわけではないようで答えに窮する。
「えっとそれは……親戚のおばさん、とか?」
「えぇーなんかそれ変……」
「……じゃこうしましょう!花さんのことをママと呼んでもいいですから私のこともママと呼んでください!」
「え?ママが二人いるってこと?」
「そうです!前妻後妻がいる文化圏など珍しいことではありません」
「ぜんさいごさい……って何?パパ」
メリルが振り返って俺に尋ねるもので俺は少々苦い顔をする。
「……さぁ」
「あっはは……」
これに同じように苦笑する花だがすぐ俺の横にやってきて、こそこそと
「ねぇ、ぜんさいごさいって何なの?」
と耳打ちをするのだった。
→ → → → →
「あ、あそこに集落があるかもです!」
ゲーム世界の中ながらなかなかに徒歩の旅というものの過酷さを痛感しながら休憩を取りつつ進む俺たちの横にある木に登って辺りを監視してくれているシーナが突如叫んだ。
「本当か!?」
俺も叫び返すと、
「はい!煙が揺れています!」
「よぉし!今日は野宿せずに済みそうだ!」
そう言って俺はマダムからもらった世界地図を開く。
「今このあたりにいるんだよな……?」
「えぇーここじゃないの?」
上から覗き込んできた花が口を挟んで来たかと思うと全くあさっての方を指さした。
「いやいや、違うだろ。今俺たちはレギオンの街のアインを出てクルリタイ・ハン国との国境沿いにまで来てるんだぞ?」
「え?いや、でもこっちがそうであっちがこっちで……。ってあっ、地図を反対から見てた」
上から覗き込んできたために今自分が反対でものをしゃべっているということにようやく気づいた花。
全く話の進まないやつである。
「さっさと道を急ぎたいところだが……それにしてもこのクルリタイ・ハン国ってのは地図で見ると随分広大なんだなぁいったい何日でリベンに着くんだか……」
「クルリタイ・ハン国の噂は聞いたことがあります。街の人たちの噂では彼らは騎馬戦で絶対的な強さを誇る民族でまた火花を散らす魔術を使うことから悪魔の使者などと呼ばれていると聞いたことがあります」
いつの間にか木の上から降りてきていたシーナが説明をした。
「騎馬戦か……」
「はい、かつてレギオン帝国の領土はアインの街の東側に広がっている広大なエズレル平原まで及んでいましたがそこにある諸都市はすべてクルリタイ・ハン国に奪われてしまい、山奥にあるアインの街をレギオンは最終防衛ラインに定めました。森の中ならクルリタイ・ハン国が武器にしている騎兵の機動力を削ぐことができるということだそうです」
「なるほど……この鬱蒼とした森がクルリタイの手からレギオンを守ってくれているわけか」
「はい、現在はレギオンがクルリタイ・ハン国からの貿易要求を飲むという形で停戦しているようですがレギオンは未だにエズレルの肥沃な諸都市の奪還作戦を計画しているという噂も聞いたことがあります」
「なるほどなぁ……」
俺は世界地図をシーナから預かったカバンになおしこむ。
「とにかくシーナの見つけた集落に行こう。もしかしたら泊めてくれる場所があるかもしれない」
そう言って集落へと向かう俺達だったが、その後をつけてくる黒い影の存在など気づく由もなかった。




