# 023
マダムに丁重にお礼を言ってから屋敷を出る。
外はもうすでに日が昇って明るくなっていて昨日占い師のいる酒場へ向かった道もはっきりと見えるようになっていた。
俺は早速マダムからもらった世界地図を開く。
「アインより東に行くともうクルリタイ・ハン国との国境沿いになるんだなぁ」
「そうですね、この東にピレン川?という川があってその川をレギオンとクルリタイ・ハンの両国は国境に定めているんだとか」
シーナがそのように朧げながら思い出す。
まぁとにもかくにも東に出るわけであって東門から出るのが間違いないかと思い、昨日も通った街道を通って東門へと抜ける。
東門の出入り口はかなりの人でごった返していた。
なんだかラッシュ時の電車にゆられていたときのことを彷彿とさせる人ごみに俺は少々吐き気がするがそれをぐっと飲み込む。
「すっごい人だね。聖痴漢冤罪しないでよね」
「花ちゃん君それ意味わかって使ってる?」
花の意味の通らない発言に疑問を挟んでいる合間にも少しずつだが行列は前へは進んでいるもののなかなかいらいらさせる遅さである。
「すごい人だかりですね……」
「うむ、確かに痴漢で訴えられたら負けそうな人数だ……」
「さっきから二人とも何の話ですか?もしかしてその"ちかん"って外の世界の言葉なんですか?教えてください!」
と、突然に目を輝かせるシーナ。
この時俺はそういえばシーナは何やら俺たちの世界のことに好奇心旺盛だったことを思い出し、あまり聞かせちゃいけない言葉を子供に聞かせてしまった時の親のような気分になる。
「え、えーっとあまりシーナちゃんは知らなくていい言葉かなぁ」
「なっ!そうやってこの間みたいにはぐらかしても無駄です。教えてください!」
そういってただでさえ混み合っているというのに俺に詰め寄ってくるシーナに俺は冷や汗をかいて後退りをする。
なんとか話題を変えなければと思った時だ。
突如体に、正確には背中に強い衝撃が走る。
思わず振り向くと俺の背中に子供がぶつかっているのが見えた。
「す、すいません!」
とその子供は慌てて謝るもので俺も条件反射的に頭を下げて、
「いやいや気にしないで……」
と言って双方頭を上げたときお互いに、
「あ」
と声が出た。
見れば昨日俺とすれ違った奴隷の少年である。
「君確か昨日の……」
「お、おじさん!ちょっと匿って!」
そう言って俺の言葉を遮って少年は人ごみの中の一方を指さした。
俺が彼の指差す方を見るとやはり先日すれ違った奴隷商数人が辺りを見回している。
「くっそう、あのガキ人ごみの中に隠れるとは……」
「ふん……だが、人ごみの中に隠れた以上外に出ることもできないだろ。今から囲んで探せば見つかるさ」
その様子を見て俺は状況を察する。
「これ着てろ!」
そう言って俺は自分がきていた毛皮の上着を彼に着せる。あまりに大きすぎてゾロ引いてしまうが、ボロ布のまま立ちすくんでいるよりはましであろう。
「顔を隠して!」
そう言って気をきかせたシーナが自分のハンチング帽を被せる。
そして花の方は奴隷商の前に出て行っていた。
そのまま奴隷商の前に出た花だが、その前でふと立ち止まると
「おや~同業者じゃないか~。こんなところで何をしているんだね」
などと声をかけながら奴隷商に近づいていく。
「ん?あぁ、あんたも奴隷商か。これくらいのガキを見かけなかったか?うちの商品なんだが逃げ出しやがって……」
「あぁ。それならさっきこの人ごみを抜けて南の方に逃げていってたよ?随分逃げ足の速い子だったから早く行かないと逃げられちゃうんじゃないの?」
「なっ!?なんて逃げ足の速いやつだ!」
「くそっ!追うぞ!」
そう言って走り去る奴隷商たち。
花はそれを見送ったあと、こちらに小さくVサインを向ける。
「すごいよ花ちゃん!」
「ふふーん、私にかかればざっとこんなもんよ~」
そう言って回れ右をしてこちらへと戻ってくる花。
だが、その花の襟首を突如ぐいっと掴んだものがいた。
花はその状態のまま前に進もうとしたため自然と首が絞まる形となり
「ぐえ!」
と声を出して倒れこむ。
「なかなかの名演だったが名女優とまではいかないなお嬢ちゃん……」
思わず花と、そして俺がその襟首を掴んだ人物を見ると、そこにいたのは赤いマントにベレー帽。そして顔には無数の傷をたたえ隻眼。そして赤いマントの下にはローマの鎧をつけた人物であった。
「ったく、いけないなぁ……奴隷の横取りは。奴隷は我が国の国家事業でもある。その服を着ておいてそれを妨害することは我がレギオンへの反逆行為にもなり得ることをまさか知らないとは言わせないぞ?」
「おい、花ちゃんを放せ!」
俺は人ごみを掻き分けて花のもとへと走る。
「ぐ、ぐるじい……聖助けてぇ……」
柄にもなく弱音を吐く花だが、その大男は花を放そうとしない。
「ほほう、なかなかいい体格の男だな。我が部下になる気はないか?年収200デナリから雇ってやるぞ」
「花ちゃんを放せ!」
そう叫んでその男に詰め寄ろうとした時である。横合いから何やら小さい影が飛び出してきて懐に飛び出してくる。
「え?」
次の瞬間には胸元に違和感を感じて俺はその影を反射的に殴り飛ばしていた。
その影を殴って胸元の視界がクリアになると俺の目にとんでもないものが入ってくる。
「んなっ!?」
視界に飛び込んできたのは胸につきたてられた小さいナイフである。
痛みは感じないが、突き立てられたナイフから血がドバドバと出ているという不思議な現象に俺は若干戸惑う。
「申し訳ありませんアントニウス様。傷が浅かったようです……」
「気にするな。だがお前の一撃を食らって立っていられるとはあの男……なかなか骨があるな」
そのふたりの会話を聞きつつ俺は心の中で、
(そりゃまぁ耐久100だからな……)
とつぶやきながら腕の1000から970になったHPゲージをちらっと見るのだった。