# 022
その夜、全員が風呂に入ったあとマダムの屋敷の客室に通された俺たち。
マダムの屋敷は使われていない客室が数多くあるといい俺たち一人ひとりに個室を貸し与えてくれた。
俺はそのまるで旅館のように立ち並んだ客間のうちの一つを借り受けてベッドに横になっていた。
すると突如こんこんというノックの音からまもなくして誰かが部屋に入ってきた。
実はその時点で俺は少々夜ふかしをしていて遅い時間まで起きていたため、いったい誰だろうかと思ったが、入ってきたのは俺の想定の中に一番なかった体の小さいシーナであった。
シーナは普段は獣の毛皮だの木製の胸当てなどという非常に野生的な格好をしているギャップで今来ているネグリジェが余計に年相応ににあっているように見える。
「すいません、こんな夜遅くに……」
シーナは申し訳なさそうにもじもじとしながらもおずおずと歩み寄ってきて俺が座っているベッドの隣に座る。
薄いシャツと短パンの大男とネグリジェを来た小学高学年ほどの少女が並んでベッドに座る。
傍から見た絵柄的には完全にこれは犯罪だなと思いつつ俺は、
「心配はいらないけどどうかした?」
と聞き返す。
「実はさっきの占い師の話が気になって眠れなかったんです」
「さっきの話……、あぁ確かに。これから先も長い旅に俺たちはなりそうだ。もしなんだったらシーナちゃんは別にここで無理についてこなくても……」
「あっ、いやそうじゃないんです!わたしが気になるのはそこじゃなくて……」
そう言ってシーナは目をそらすが、またしてもまたその鳶色の瞳で俺を見つめる。
「その、聖さんたちが外の世界から来たっていう話です」
「……あぁ、そっち」
考えてみればそうであるに違いない。彼女たちからすれば俺たちは外界の人間だ。新鮮に思わないはずがないであろう。
「聖さんは外でどんなことをしてたんですか?聖さんたちの世界ってどんな世界ですか?」
「お、俺たちの世界……?うーん……」
俺は自分が住んでる近所のことや近況を思い出す。
近所のうるさい幼馴染のことや親のこと、そして高校のこと。そして可能であればあまり思い出したくはない会社に連続で不採用をもらってることなどだ。
「うーん、まぁここよりずっとつまらない場所だよ。でかい建物に不景気にそれに学歴社会」
「そんなことないです、それってすごく面白そうです」
「どこが!?」
一体俺の話のどこに魅力を感じたのか目を輝かせながら俺の話の続きをせがむシーナ。
その曇りなき瞳を向けてくれるのはありがたかったが俺にはこれ以上この無垢な目に社会の厳しさを教えるつもりはなかった。
「ほらっ!そろそろ寝たほうがいい。明日も朝から出発するんだし」
「えぇー。なんで誤魔化すんですか?」
「なんでも!とにかく子供は寝る時間だ」
「別に私は子供じゃないですもん!」
と逆上をするシーナの背中を押してドアの前へと押しやってドアを閉めて鍵もしめる。
そうするとまもなくして廊下から第三者の声が聞こえてきた。
「あれ?シーちゃん?」
「あ……、花さん……」
「え、ちょっとまってそこ聖の部屋だよね?なんでそこからシーちゃんが出てきてあぁいいやもういい。これ以上考えるのやめよねぇシーちゃん。今度はお姉ちゃんの部屋に来ないかな。いや来るだけじゃなくて一緒におねんねしよ?あんな男のことはすぐに忘れさせてあげるから」
「あ、あの花さん顔が怖いです……」
「大丈夫大丈夫とにかく続きはお姉ちゃんの部屋でゆっくり話そう怖くないよ」
「ちょっ、そんな引っ張らないで……。ひ、聖さーん、助けてくださいぃ!」
やがてその悲鳴が遠ざかって聞こえなくなった頃に俺は何も聞かなかったことにして部屋の明かりを消してベッドに横になる。
(なんか今日も一日あったなぁ……)
―――――――――――――
翌日の朝早くに俺は目が覚める。
本来俺は朝に弱いのだが今日は色々とあって枕も変わったこともあってか非常に早く目が覚めた。
だがそれでも使用人たちはそれ以上に早く起きて朝の食事を作っていたようで、すでに食卓には俺たちの分のトーストが並べられていた。
「あら、食べないの?」
既に食卓についていたマダムはお先に食事を頂いており俺にも食べるように促す。
テーブルにはすでにニコニコしている花とげっそりしているシーナも並んで座って朝食を取っていたので俺もありがたく頂戴することにする。
「お、おはよう……」
「お、おはようございます。聖さん……」
そう返事をするもののシーナの目に生気はない。非常に気の毒ではあるがまぁ今後は彼女が夜ふかししない薬になるだろうと自分を納得させてご飯を食べる。
「さて、目的地も決まったところで今日はどうするつもりかしら?」
朝食をとりながらマダムが尋ねてきたので俺は、
「ひとまずすぐにここを出発して東にあるクルリタイ・ハン国に行きそこからさらに東進してリベン王朝を目指そうと思います」
と答える。
「あら、もう行っちゃうのね」
俺の返事に対し非常に残念がるマダム。
「もう出発するの~?もうちょっとここにいようよ~」
などと失礼なことをぶうたれる花。全く観光に来ているわけではないのだがと俺は目線に怒りを込めて花を睨みつけるが花はそのようなことどこ吹く風といったところで少し小さくなったトーストを思いっきり口の中に詰め込んで飲み込むが塊が大きすぎてそのままむせ返すのであった。