# 019
それからおよそ10分後のこと。
俺はクリスからもらった毛皮の外衣をまとってマダムの屋敷を抜け出して外に出ていた。
目指すのはこのアインの街の東門。
菱形に作られたアインの街の東端に当たる場所である。
「仲間を探していると言っていたわね?」
俺は東へ向かいながらつい10分前にマダムから聞いた話を頭の中で反芻していた。
「はい」
「これからその手がかりを探しに行くつもり?」
「そのつもりです」
「……うーん」
俺の言葉に少々渋い顔をして答えるマダム。おそらくはあまり現実的ではないと言いたいのであろうがそれは百も承知であった。
「私も聖くんたちの仲間のことはあまり知らないんだけどでも助けになれる人たちならわかるかも」
「助けになれる人……ですか?」
「えぇ」
そう言って彼女はなぜか声を小さくする。
「笑わないでね?実は東門付近にいつも座っている占い師がいるのだけれど、彼女がなかなかの実力者のようなの」
「う、占い師?」
思いもよらない単語に俺は思わず聞き返してしまった。
マダムもその俺の反応に気づいたようで念を押す。
「わかる、わかるわよ?なかなかにわかに信じられる話じゃないってのは。怪しい話だって疑うのも仕方がない。でも手がかりがないなら会ってみる価値はあると思うわ」
「その占い師が俺の仲間の場所を教えてくれる、ってことですか?」
「えぇ、きっといい手がかりをくれるはず」
マダムの言葉そのように言われ、善は急げとばかりに俺はその場で上着を羽織り、そのまま外に出たのだ。
もうあたりはすっかり暗くなっており、足元もよく見えない状況で東とか西とかわかる状況ではなかった。
「まいったな。さすがに先走りすぎたか……」
軽く後悔をしながら夜目にすらなっていない目で当たりを探していると暗闇から
「東はそっちじゃないですよ」
と急に声が聞こえたかと思うとあたりがにわかに明るくなる。
「あ、ありがとう……。ってシーナちゃん!?」
明るくなったと思ったのは松明であった。
どうもシーナが俺が外に飛び出したのに気づいて追いかけてきてくれたようなのだ。
先日の時といいシーナには世話になりっぱなしである。
「もう風呂からあがったんだね」
「いや、花さんのちょっかいに耐えかねて逃げ出してきたんですよ……。そしたら聖さんが飛び出すのが見えたので急いで追いかけてきたんです」
「そうか、なんかごめんね」
「いえいえ、気にしないで欲しいですけど……素人が急に夜道に飛び出すなんて危ないですよ?」
「うん、それはわかってるんだけど……」
っと、俺は先ほどマダムから聞いた話をかくかくしかじかとシーナに話す。
「なるほど……仲間の居場所を教えてくれるかも知れない占い師」
「うん、怪しいような気もするけれど現状俺たちも手がかりがあるわけじゃないから行って無駄になるってこともないかなと」
「そうですか……。でもやっぱり一人で行くのはダメです。聖さん戦闘スキル低いですし……」
そう言って本気で心配そうな目をしてくれるシーナの目線が俺のメンタルに深々とえぐるような傷を与える。こんな小中学生くらいの女子に心配されるほど弱い自分が誠に情けないのだが事実戦闘スキルが低いのは本当なので、
「はい……」
と傷心で返事をするしかない。
「それで……その占い師っていうのは東門って言ってましたっけ?」
シーナはそう言いつつ空を見上げる。
その日はよく晴れた日で星や月が降ってくるのではないかというほどに瞬いていた。
「東は……こっちですね」
さすがは山のハンター。星や月を見て方角を言い当てるなどわけないのであろうというくらいにあっさりと真っすぐに走っていく。
結果的にだがシーナに見られたのはラッキーだったかもしれないと思い俺はプライドもなくして彼女のあとを付いていく。
しばらく舗装された石畳の上を走っていった時だ。
「あそこに門が見えるな」
果たして彼女の読み通り、突き当たりに門が見えた。件の東門に違いあるまい。
「っとなるとこのあたりに占い師がいるはずなんだが……」
とあたりを見るがそれらしい建物はなかった。
近くに有るものといえば明かりの消えた屋敷や、あともう一つは中から賑やかしい声の聴こえてくる酒場である。
「あそこの酒場で情報を聞いてみようか」
と俺とシーナは酒場に入っていく。
「おう!いらっしゃい!なんにするかい?このあたりははちみつで作ったミードに穀物酒。エールなんてのもあるよ!」
「あぁ、ごめん。酒を飲みに来たわけじゃないんだ」
っと俺は酒場の店主らしい体の大きな親父の言葉に返事をする。
「占い師を探してる、東門でいつもやっているって有名な占い師だって聞いてきたんだが」
「悪いけど占い師の方の仕事ならもう営業時間外よ」
俺の質問に酒場のオヤジではない別の女性の声が聞こえる。
どこから聞こえるのかと辺りを見回すがあたりにそれらしい女性の姿は見えず、キョロキョロしているとまたどこかから声が聞こえる。
「ここだよ、あなたの目の前」
そう言ってでかい店主の影からほっそりとした体型の黒いドレスを着たスレンダーな女性が姿を現す。
どうりで姿が見えないわけである。
「占い師は営業時間外。今は仕事を終えてこうやって酒場で飲んでるだけの農民だよ。悪いけど明日の朝また来てくれる?」
「うーん、そこをなんとかお願いできないかな。できれば今すぐにでも……」
「ダメダメこっちもいろいろ忙しいんだから」
「んー……」
俺はその女性に頭を下げん勢いで頼み込むがどうも彼女は占う気はないらしい。ゲームの中とはいえうまくいかないものである。
「……どうします?聖さん、一回屋敷に戻って」
「え?ちょっとまって。今あなた聖って言った?」
シーナの何気ない言葉に突如食いつくその占い師はシーナに詰め寄った。
その占い師の彼女、先程までは店主の影で見えなかったが近くで見ると少々怪しいメイクをしており、シーナはそのメイクに詰め寄られてビクッと震えている。
「は、はい……言いましたけど」
「……」
その占い師はしばし黙って今度は俺の方を睨みつけると
「そうか、あんたが……」
とだけ言って、
「オヤジ、ちょっと奥の部屋借りていい!?」
と断りを入れる。
「おう、いいけど今から仕事か?」
「とにかくちょっと二人ともこっちに来てくれる?」
そう言ってその占い師は俺の手をがっしりと掴んで奥の部屋へと引きずり込むようにして連れて行くが俺は何がなんだかわからないまま連れられていく。
そして彼女は6畳ほどの部屋に俺とシーナを招き入れ、その部屋のドアの鍵を閉めるのであった。