# 001
「あの頃は良かった」という言葉を聞くことがある。
そして多くの場合そのように言うのは自分の今の状態に何かしら不満を持っている人だ。
少なくとも俺は「あの頃は良かった」と言う人がそのような意味以外でその言葉を使うのを聞いたことがない。
別に俺は心理学専攻ではないがはおそらく何かしら今現在不本意な状態にある人間ってのは、今はこのような状態だが昔はちょっとは良かった、楽しかったと懐古して貧しい悦に浸る。
そのような作用があるのではないかと思う。
なぜそのように思うのか、それは今まさに俺がそのような状態にほかならない。
子供の頃を思い出せば、希望しかなかった。
大人になるのが楽しみだった。
大人になったらお金も自分で稼げて自分で使えて親や先生に指図されることもなく好きなことが出来てという希望しかない将来を夢見つつ年齢だけは重ねてきた。
だが今の自分はどうだろう。
高校を卒業したあとはちょちょっと一人暮らしでも始めてやるかと息巻いていたのも今は昔。
つい先程読んだお祈りの通知はテーブルの上に出してある。その隣にはいれたてのコーヒー。
そしてそのコーヒーより先の俺の目線に一人の学生服の女子高生が座っている。
青葉鈴。
彼女は俺の近所に住んでいる妹分のような存在だ。
こいつを紹介するとしたら16歳という人間として一番楽しい年齢をただただ本能のままに楽しく無為に過ごすだけのアホ女というと一番しっくりくる。
今も実に無駄の多い所作でコーヒーを飲んでいるが、案の定制服にこぼして慌てている。
髪はもともと黒かったと思うのだがいつもいつも外に出ているためちょっと焼け焦げたような赤茶色。
その髪の毛を雑に後ろでまとめているのが特徴だ。
妹分というより弟分といったほうが近いかも知れない。
「うっわーどうしよ聖。シミになっちゃう」
「何やってんだよ全く」
一人で騒ぐ鈴に俺はハンカチを貸してやるがコーヒーの汚れは簡単に取れるものでもないということも知っている。
本当に見ていて飽きないこの女と一緒にいてひとつだけメリットがあるとしたら今のように嫌なときに視界にいると嫌なことを忘れられるということだろう。
確かにコイツのアホな行動を見ていると正直就活に失敗していることなど些細な問題に思えてくる。
そうだ、就職など今は忘れゆっくりとコーヒーブレイクを楽しもう。
そう思った時だ。
「あ、そういえば今日聖の面接結果の通知が来る日だよね。どうだった?」
前言撤回。
やはりアホ女と一緒にいるのをおすすめはしない。
まぁ俺も今日はたまたまコーヒーショップにいたらこいつと鉢合わせしてこいつが勝手に一緒の席についてきただけなのだが。
「お前の前に通知があるのが見えないんか?」
「え?あっほんとだ全然気がつかなかった!やっぱりダメだったかぁ。まぁ落ち込むことないよ聖。次次!」
そういって俺の肩をバンバン叩く鈴。余計なお世話だ。落ち込んでる原因の半分はお前のせいでもあるのだが。
「わかってる。そのつもりだよ」
「そうその意気だ!飲め飲め!」
まるで打ち上げのときの酒を勧めるじじいのようにコーヒーを進める鈴。
提案に従うのは癪だがコーヒーが覚めてもいけないのでコーヒを飲む。
(まぁ嫌なことはさっさと忘れるに限るか)
コーヒーは飲み終わったが、なんとなくまっすぐ家に帰る気にならず
「鈴。俺ちょっと寄るとこあっから」
と鈴に言ってから俺は街中をブラブラとすることにした。
街の中でも特にビジネス街である一角を意味もなくぶらついていた時だ。
なんとなく無職のくせで求人情報を意味もなく探すのがくせになっていた俺だったがあるビルの前で非常に興味を引く張り紙を見つける。
「うん?なんだこれ……?」
独り言を言いながら張り紙に近づく。
張り紙にはこう書かれている。
『求人募集!経験不問!そこのゲーム好きなあなた!誰もプレイしたことがないゲームをプレイしてみませんか?内容は簡単。ただゲームをして報告書を書くだけの簡単なお仕事!一日仕事に来るだけで日給二万!』
「一日行くだけで二万もらえるのか。すっげぇなこの求人」
さらに張り紙の一番下を見てみると
『興味をお持ちの方はすぐにでもお立ち寄りください!』
とも書かれている。
「すぐにでも……このまんま来てもいいってことか?」
ちょっと胡散臭い気がしないでもない、とは思ったもののこの時はやはり条件の良さに釣られたというのが正直なところだ。
それに一体どんな仕事だろうかという興味もあった。
「へぇ、このビルの中に入ればいいのか?」
張り紙にはこのバイトの詳しい話を知りたい方はすぐにこの会社のビルの受付に申し出るようにと書いてある。
「よぉし、鬼が出るか蛇が出るか。一丁やってみるか」
俺は覚悟を決めてビルの回転扉の中へと入っていくのだった