# 017
結局俺の強い勧めもあり、マダム・スミシーの後をついていっている俺たち3人。
マダムは俺の横にぴったりとくっついて聖の手を引きながらエスコートをしつつカツカツとヒールでレギオン帝国の舗装した石畳を鳴らしながら歩く。
「へぇ?あなた聖っていうのね。珍しいお名前なのね」
「そうですね、確かに時々言われます」
「えぇ、でも決して悪いことではないのよ?私もマダム・スミシーと名乗ると時々奇異の目で見られることもあるけれど私はそれが自分のアイデンティティだと思って誇りに思っているわ」
「……えっと、マダムっておっしゃってますけれど結婚なさっているんですか?」
「ふふ、亡くなったけれどしていたわよ。前の旦那はあなたとそっくりの筋骨逞しい人よ」
「そうだったんですか、すいません……」
「ううん、気にしないで?」
となんだかやけに近い距離で話しかけてくるマダム。
その後ろを花とシーナが3歩ほど離れてついてきているがその話し声が聞こえてくる。
「……なんだかあの人聖さんに近くありません?」
「うん?そっかなぁ」
「花さんはそうは思わないんですか?いや絶対近いですよ!」
「シーナちゃん?どうしたの?なんか怒ってない?」
「お、怒ってなんかはいない、ですけど……」
しぼんでいく風船のように声が小さくなっていくシーナ。
その様子をくすくすと笑って聞いているマダム。どうやら声は彼女にも聞こえているらしい。
「お、怒ってはいませんが確かにあのマダムという方は背も高いし髪も黒くてなんか大人の女性という感じの落ち着いた雰囲気もあっておまけにスタイルもいいそれらは私にはいずれもないものですがだからってちょっとあの距離は……。聖さんだって困っているはずです!」
「そ、そうかなぁ……」
これに軽く反論する花だが、直ぐにそれが無駄だということを悟ったのか諦めて続けようとしていた言葉を言うのをやめ、代わりに深く息を吐く。
と、そのように楽しくアインの石畳の上をしばらく歩いてたときであった。
突然誰かと肩が軽くぶつかり、俺はよろめいた。
「おぉっと」
っと、相手の方を見るとまだ小さい子供、ほんの少年である。
が、俺の目を引いたのはその格好で服装はまるで俺が着ていたかのようなボロ布一丁。そして足と手には枷がついており、彼が奴隷であるのはそのため俺とぶつかってしまったことで相手の子供の方が倒れてしまった。
「あぁ、ごめんよ」
そのように言葉をかける暇もない。
突如持ち主と思われる奴隷商のような服装の男がやってくる。
「あ、やべ……」
これに未だ奴隷商の服装をしている花は身を小さくして隠れるが、その奴隷商は俺のところにやってきて、
「うちの奴隷がすいません!こいつ、自由民にぶつかるとはいつも気をつけろと言ってんだろうが!」
といきなり手を挙げたため俺は思わずその手を握った。
「ま、待った!ぶつかったのは俺の方ですから!その子は悪くないんで殴らないであげてください」
「ああ?そうですか?」
そういってその奴隷商の男はその太い指でその少年のヒョロヒョロの腕を掴んで引き立てていく。
俺はそれをただ黙って見ているしかなかった。
「もしかして今可哀想だなぁ、とかって思っている?」
「え?」
マダムに突如核心をつかれて思わず俺はびくついてしまう。
「ま、まぁ……少し」
「やっぱりね」
「すいません、やっぱ俺の考え方がガキだからなんですかね?」
「子供ね……、確かにあなたは私から見るとまるで乳臭い子供ではあるけれど」
やけにストレートに思ったことを言いながらも不思議とマダムの言い方にイヤミはあまりなかった。
「クルス教の聖典にこのような言葉があるのを知っている?『神の王国を受け継ぐのは幼子のようなものです』って」
「……それってどういう意味でしょうか?」
「簡単。神様は実は聖くんみたいに乳臭いガキが大好きってこと」
→ → → →
それから歩いて数分。
マダムの家は赤いレンガ造りの家で、周りには鉄製の柵が張り巡らされていた。
マダムがその一角に近づくと内側からドアが開いた。
「お帰りなさいませマダム」
「ただいま」
そういって門を開けてくれた召使に応じるマダム。
マダムはどうも召使に慕われているらしい。
食卓のある部屋に着くとすでにご飯が用意されている。
テーブルは丸型で4人ほどが座れる小さいものだった。お金持ちのテーブルにしては少々小さいようにも見えた。
「さぁさぁどうぞみなさんかけて。私はこういう小さいテーブルでたくさんの友人と食べるのが好きなの」
なるほど、だからテーブルがやや小さいのかと俺は勝手に納得した。
「うっわぁ!美味しそう!」
「……お邪魔します」
喜々として座る花とどことなく他人行儀な様子だが目はマダムを睨みつけているシーナ。両者とも席に着いたので俺も席に着くことにする。
テーブルに載っていたのはローストチキンにポテトサラダ。そして一人ひとつハンバーグのようなものとコンソメスープが配膳されている。
「遠慮なく食べていいけれど食後にはデザートもあるからお腹は開けておいてね」
「はーい!!」
「……はい」
返事をして喜々としてがっつき始める花と、ゆっくりとスプーンを動かすシーナ。その両者を見て俺も食事にありつき始めることにする。
ゲーム空間とは言えどうも空腹度というパロメータもありそして味覚も現実のように感じられるのは驚きだが、何より驚きなのはその味のクオリティである。
「う、うまい……」
俺はハンバーグの肉をゲームの中であることも忘れながら頬張るのであった。