# 012
それから30分ほど経ってからのこと。
俺と花は荷物をまとめ始めていた。
といってもふたりの荷物はそんなに多いというわけでもなく荷造り自体は非常にシンプルな作業なのだがそれを影から見ているシーナの引き止めるような目線で作業は遅々としたものになっていたんだ。
「聖さんたち、どうしても行ってしまうのですか?」
「あぁ」
シーナの目線を直視していると覚悟が鈍ってしまいそうになるため、できるだけ目をそらして俺はそう答えるのだがシーナはそれでも俺と目が合うように移動して俺の目をじっと見る。
その目はまるでいかないで欲しいと語りかけてくるかのようで非常に心が痛む。
花などは、
「……聖、やっぱりもうちょっとこの集落に滞在しない?」
などともう早々に陥落して俺にそう問いかけてくるがなぜかシーナはその言葉には非常に複雑な目線で花に対して答えている。
「ごめんねシーナちゃん。でも仲間に約束したんだ。絶対に助けに行くって」
「その仲間って女の子、ですか?」
「え?」
なんだか思いもよらない質問が帰ってきて俺は一瞬たじろいだが鈴のアホヅラを思い出しつつ答える。
「まぁ一応女の子?だけど」
「……」
そう言ってまたしてもいつもの不機嫌な目でシーナは黙り込んで俺を睨んでくる。なんだかさっきの目線とは違う視線の痛さを感じる。
っと、今度は先ほど花が出てきたのとは別の扉が開きそこから杖をついた老人が入ってくる。
その老人は先ほどシーナがおじいちゃんと呼んでいたクリスだ。おじいちゃんと言っても非常に質実剛健とした筋肉隆々の老紳士で、今も先程まで薪割りでもしていたのか額の汗を首にかけた布で拭きながら入ってくる。唯一目だけは悪いのかレンズの厚そうなメガネをしていた。
「こらこらシーナ。旅人さんが旅立つのを止めるような無粋な真似をしてはいけないよ」
「だってー……」
クリスの言葉に軽く反抗するシーナだったが、それも長くは続かずにすぐに黙る。根はいい子なのであろう。
「全く、この子がこんなに人になつくなんて珍しいこともあるものだ」
「そ、そうなのですか?」
「あぁ……。それはそうと旅人さん。確か聖さんとおっしゃったかな?」
とクリスは少々話題を変えるように俺に向き直った。
「旅立つにしてもその格好でもしほかのレギオン兵や奴隷商にでも見つかればおそらくすぐにまた奴隷に逆戻りさせられてしまいます」
「あぁ……そっか」
「もしよろしければこちらに私の息子の着ていた服があります。どうぞこちらへ」
そう言ってクリス翁は隣の先程まで花が寝ていた部屋のドアを開けて俺にもその部屋に入るように促す。
「あ、どうもお邪魔します」
俺は少し尻込みしていたがクリスの許可も出たため恐る恐る部屋へとはいると彼は壁に立てかけてあった非常に古い衣装箪笥を開いてそこからいくつかの服を見繕う。
「しかし……聖さんは随分と大柄ですからなぁ。サイズが合うと良いのだが……」
「ありがとうございます」
そう言っていくつかの服を俺にあてて、確かめるクリス翁。そのクリスの姿に俺は少々気になることが出てくる。
「クリスさんの息子さん……ということはシーナの父親ということですか?」
「えぇ」
「シーナの父親は今どちらに?」
「それは……」
言いにくそうに口を濁すクリスに俺は一瞬でこの服たちの持ち主がこの世にいないことを察した。
「すいません、無神経に」
「気になさらないでくだされ」
「失礼ですが、もしかして狩りの最中にですか?」
「まさか。山で命を落とすような間抜けな息子じゃありませんわい」
そう言ってクリスは昔を思い返すように少々遠い目を見せる。
「あれはここより東のクルリタイ・ハン国との小競り合いの最中でした。戦場が近かったこともあり、息子もその防衛に徴用されたのです。しかし敵の夜襲にあって乱戦の中命を落としたと聞きましたわい」
「それは……」
なんと声をかければいいのか俺は分からず口を詰まらせるがその俺の肩をクリスはぽんと叩く。
「はは、もう10年も前の話です。そうお気になさらず」
「あ、ありがとうございます」
慰めようとしたのが逆になだめられてしまったような気がして複雑な気分になっていると、クリスが一対の上着とズボンを取り出す。
「おっ、これなら入るのではないですかな?」
と言って取り出したそれは一着のグレーのダスターコート。そして下は麻でできたカーゴパンツのようなズボンだった。
やや軽装な気もするがおそらく先ほどの奴隷の時のボロ布と比べれば非常に心強い装備である。
これで奴隷に間違えられる心配もないであろう。
「ありがとうございますクリスさん。何から何まで……」
「いえいえ、シーナは普段は無口でおとなしい子だがきっと人を見る目を持っている子です。そんなあの子があそこまでなつく子ですからね。ただで返すわけにはいきません」
「そんな……。ん?これは?」
っと俺はダスターコートのポケットの中にメガネが入っているのに気がついた。
縁は金属製の非常に冷たい感触だ。特に目が悪いというわけでもないのだが少々興味が沸いて軽く耳にかけてからちょっと窓から遠くの方を眺めてみるが特に度などは入っていないようで特に遠くのものが見えるようになるということはない。
(伊達めがね……?)
そう思ったときクリスの方を向いたとき俺は思わず声を上げた。
「こ、これって……!!」