# 009
「大丈夫ですか!?怪我はありませんか?」
崖の上から顔をのぞかせながら俺の頭上からするするっと縄が垂れてきたかと思うとそのハンチング帽の女性が素早い身のこなしで降りてきた。
まるで特殊部隊のようなその素早い身のこなしに驚かされるがさらに驚いたのは彼女の背格好だ。
その子も非常に小柄な、そして中学生くらいの子なのではないかというほどに幼い顔立ちである。
だが、目鼻立ちこそ幼く見えるものの来ている服装はボロ布を巧みに使った丈夫そうなズボン。そして皺だらけの麻のシャツに木製の胸当て。そして上着は動物の毛皮であしらえたマントとまさしく女性の身ながらも熟練の狩人といった風貌である。
「だ、大丈夫。ありがとう」
そう言って俺は彼女が長銃を持っていることに気がつく
「さっき銃声でクマを追い払ってくれたのって……」
俺はそういって彼女の方を指差す。
「あぁいえいえ!別に追い払ったってほどでは。あの子はそもそも大きい音に驚く習性があるのでそれを利用しただけで……」
っと、そこで俺はさきほど吹き飛ばされた花のことを思い出す。
急いで振り返って先ほどの大木の下を見てみるとまだ力なくぐったりと倒れている。
「やべぇ!南部さん!大丈夫?」
「……」
「まっずいなぁ、意識がない。早く手当をしないと……」
そう言ってひとりで右往左往する俺の様子をその少女はしばらくじっと眺めていたが、首をかしげた。
「えっと……お兄さんは奴隷さん?ですよね?」
「え?んまぁそんなところかなぁ……」
「んで、そこの女の人は……格好から見るにこのあたりをよく通っている奴隷商っぽい感じですけど」
っと、しばらくその少女は考えこんでいたが考えている内容はなんとなくわかった。
おそらく奴隷が奴隷商を助けようと必死になっているのがそぐわないイメージを受けたのであろう。
「なんていうかそのぉ……これには事情があってな」
「そうですか……、でももしその女の人助けたいなら山の麓に私の住んでる集落があります!そこで手当ができますよ」
「え!?でも……」
まだ中学生ほどの少女にここまでお世話になるのもなんとなく情けないというような気がして抵抗はあったがだが一瞬考えはしたものの結局背に腹は変えられないという結論に至る。
「わかった。じゃお世話になってもいいかな」
「わかりました!私シーナって言います。お兄さんは?」
「あーっと、俺は聖」
「聖さん、ですね」
そう自己紹介をしてから俺は
(あ、本名言っちゃったけど大丈夫なのかな)
と変なところで悩むのであった。
→ → → → →
シーナの言ったとおりシーナの住んでいる集落はそこからすぐ近く。
といっても20分ほど歩いた場所にある山の麓の集落であったのだがシーナは一軒目の家が見えて来るなり
「ほら見てください。あれが私の集落ですよ!おじいちゃんただいま~!」
といってまるで子犬のように駆け出していった。
一方で花を肩に抱えながら歩いていた俺、随分と息も上がっていたが思ったより集落が近くにあってホッとしていた。
さて、軒先に出ていたおじいちゃんと呼ばれた白髪の毛皮のコートをやはり纏った老人がやってきたシーナを抱き抱えた。
「おおう、シーナ。おかえり。……おや?そちらは……」
っとその老人は目を凝らして花を抱えた俺を見つめる。
俺も何かまるで品定めをされているような気分になって必要はないのかもしれないが緊張が体を走った。
「あなたは……」
彼は一通り俺と花を見つめると口を開いた。
「奴隷が奴隷商に反乱でも起こしたのですかな」
「なるほど……そうきますか」
確かに奴隷ひとりが奴隷商を担いでやってくるなどという状況もそうそうないかもしれない。
「おじいちゃん、この人は聖さん。聖さん、こちらは私のおじいちゃんのクリスおじいちゃんといいます」
「ど、どうも」
突然に紹介され俺は慌てて頭を下げる。
「実はこの子さっきグリベアーに襲われたみたいで気を失ってるみたいなの」
「なんと!」
とそういって老人は飛び上がって花に駆け寄る。
「……うむ、頭を打って気絶しているらしい。それと足もくじいているみたいだ。どれ、ここに寝かせてご覧なさい」
そう言って老人は足を固定したあと、頭部に冷水を含ませた布を載せて、軽く布をはおらせる。
「よし、あとは意識をもどるのを待てばいいだろう」
「申し訳ない。助かったよ」
俺は今はすっかりと寝息を立てている花の顔を見ながらホッと息をなでおろした。
その様子をシーナはやはりじっと見ていたが、やがて俺の方に目線を移して
「聖さん、その子は名前はなんて言うんですか?」
澄んだ鳶色の瞳でそのように尋ねられ俺は
「この子はなん……いや」
俺はそういえば先ほど「花でいい」と言われていたのを思い出し、
「花だよ、花ちゃん」
と下の名前を教える。
「へぇ、花さん」
まるで反芻するように意味ありげに言葉を繰り返すシーナ。
「どうかした?シーナちゃん」
「あぁ、いえ。よくなるといいですね」
そう言って立ち去ろうとしたシーナに俺は慌てて呼び止める。
「あ、待ってシーナちゃん!」
「はい?」
「ちょっと頼まれてくれないかな」
シーナはそう言われるとまたしてもまるで犬のように目を輝かせながら駆け寄ってくる。
「はい!お次はなんでしょうか!」