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ジャンは今日は帰ってあげる、とサラに告げ、すっかり日の暮れた道に消えて行った。

サラは深く息を吐き、気を取り直して屋敷の中へ入って行った。







「今日はジャン様とお会いしましたよ」

眠るクロードを矢張り無表情に見つめる。

寝支度はすっかり整っている。

「あなたは私があなたを愛していないと思っていたそうですね」

クロードの髪を梳きながらサラは語りかける。

サラは実際にクロードを愛して結婚をした訳ではない。

誰でも良かったとジャンやクロードが言った事は事実だ。

「あなたを愛しています。本当ですよ?これから毎日、朝一番にあなたへ愛を告げます」

サラが夫を愛するポーズは彼女を満たす為には必要だと感じたのだ。

だが、本当に私欲を満たす為なのか?サラは考えないように目を瞑った。

本当はサラは知っているのだ。

人を愛するのも、人を陥れるのも、総ては同じ。自分の為なのだということを。

愛などと格好を付けた言い方をする愚か者がサラは大嫌いだった。

だから本当はクロードの事も結婚するんだろうとは思いつつも好きでは無かった。

───サラ、許せ。

クロードはそう言ってサラが泣いても喚いても冷酷に純潔を奪った。結局クロードもサラに愛を囁きながら、自分の空いた欲望を埋める為にサラを利用したのだ。

だからサラもぽっかり空いてしまった自分の誰かに可哀想な自分を慰めて欲しいという欲求を満たす為にクロードを利用したのだ。

いつしか二人の関係は完全に拗れてしまっていた。

クロードを愛している振りを懸命に続け、他人の同情を。クロードの良心を責め続けたのは何故だろう。


サラはもう一度目を開け、横に横たわるクロードを見た。彼は浅く呼吸を繰り返している。

もう目覚めることはないのだろうか。


「愛しています」


もう一度念を押し、サラは眠りに身を委ねた。








クロードが目覚めぬまま一年が過ぎた。

相変わらず献身的に世話に、仕事にと従事するサラに世間は優しかった。

半年前から始めた朝の挨拶も、最早定例のように淡々としていた。

「おはようございます、今日も良い天気ですよ。愛しています」

朝の挨拶、その日の天気、それから愛を捧る。

最後に行ってまいりますと付け足しサラの一日は始まる。

この朝の習慣が始まってから、クロードは偶に睫毛を震わせる事がある。ただの生理現象だろうが、義父を始め、宿の従業員や屋敷の者たちは皆喜んだ。

まだクロードが目覚めると希望を持っているのだろうとサラは思った。

サラにしても、思ってもいない事を毎日告げるのは初めのうちは苦痛だった。しかし、月日が経つにつれ、妙にその一言がしっくりくるようになった。

その事実に始めは酷く驚いていたが、段々と受け入れるような穏やかな日常へと変化していった。







ある日の休日、サラがクロードの前で昼食を取っていると、騒がしい足音と共に乱暴に夫婦の寝室が開かれた。

そこには下男に止められるように縋り付かれたジャンが居た。いつも手ぶらのジャンが珍しく腰に剣を佩いている。

ただ事ではない雰囲気にサラは息を呑む。

「やあ、サラ。迎えに来たよ」

サラは立ち上がり、無意識に一歩クロードに歩み寄った。

するとジャンは顔をしかめ、強引にサラの腕を掴もうとする。サラは身を捩りクロードを庇うようにしながら逃げる。

ジャンは忌々しげにクロードを睨む。

「私はね、お前のものを奪うのが大好きなんだ。初めは小さい手柄。次は少し大きな作戦の手柄。お前の家宝の剣。どれを奪っても飄々としていたお前に私の自尊心は大いに傷つけられた。しかし、サラをくれと言って狼狽したお前は傑作だったな!」

サラはジリジリと後退りながら、遂にはクロードのベッドの縁に乗り上げてしまった。


ーーすると、不意に左袖を幽かに引かれる。


クロードが力無く袖を引っ張りじっと見つめる。


逃げろと訴えかけるように。



「サラ、驚いたな。愛しい夫君が目覚めたかい?クロード、お前の目の前で一番の宝を奪う前に、少し君を傷つけておこうか。瀕死の手前にして完全に自由を奪ってからサラを慰めるなんて素敵じゃないか」

ジャンは目を爛々と輝かせてから腰に佩いた剣を抜く。




振り下ろされる刹那───





サラは無意識にクロードへと吸い込まれる銀色の剣をその身を以てジャンに背を向けるように阻んだ。





「サ……ラ……」




直後薔薇が咲くかの如くサラの胸から鮮血が飛び散る。


クロードにサラの血が飛び散り、愕然とするクロードにサラは笑顔を浮かべる。


「聞、こえて……いた、でしょ?あな、たを愛、して……いる、と」



直後、義父や宿屋の従業員らと、町の衛兵が雪崩れ込む。

ジャンは捕らえられた。


クロードは医師により床に横たえられたサラを動けぬ身体を叱咤してベッドから横たわったまま見下ろす。


「何故……何故」

うわ言のようにクロードが問いかけると、サラは微笑む。

血の気が完全に失せたサラ。クロードは涙を止められない。

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