2. ある伯爵家の受難
最近寝る前に、つば九郎の一言を見てから寝ています。
つば九郎可愛い面白い。
アルティナにとって睡眠とは日常だ。
いや、誰だってそうなのだが彼女は特になのだ。
気づいたらベッドに横たわっていて、むしろ起きているときより寝ているときの方が長いんじゃないか、と疑えるくらいすぐに意識を手放す睡眠障害を彼女は持っている。それは食事中だったり、歩いているときだったり、湯浴みの最中だったり、一番ひどかったのは起きて着替えて寝たことだ。だからか知らないが、目を閉じると最初に浮かんでくるのは最愛の父の顔ではなく、天井の染み。彼女のベッドは天蓋付ではないのだ。
そんな彼女だから常に屋敷の使用人たちは気を張っていて、アルティナはそれが申し訳ない。でも実際倒れてしまったら助けてくれるのは彼らしかいないのだ。それ故ろくに外出もできず、一人で歩くことは屋敷内であっても許されていない。
彼女が初めてこの障害を発言させたのは2歳頃だった。階段を降りている途中に意識を失い、全治3週間の大怪我を負ったのだ。あの時は誰も生きた心地がしなかったし、伯爵である父も意識が戻るまでの2日間ろくに仕事に手がつかなかった。それなのに等の本人は痛みに泣くこともなく、すやすやと寝続けるのだ。
それから彼女のぽやぽやとした性格に拍車がかかり、木の上で寝むるような令嬢が誕生したのだった。まあ、世間知らずなのは貴族のパーティーやお茶会にあまり出席していないのもあるが。
───そして今日は魔力測定の日。
貴族の子は皆わくわくとこの日を待ち続けるのだが、安心してください。アルティナちゃんは当日まで忘れていましたよ。
いつものように朝食の後にふらりと消えたので、慌てて伯爵も、測定しに来た役人も一緒に探したところ、無事裏庭にて発見。起こされた彼女は悪びれもなく『眠かったから気持ちいいところを探してたの』。伯爵家の苦労は尽きないのである。
「ねえ、お父様。どこに向かっているの?」
「魔力を測定する魔水晶は大きいからね、広間に用意してもらったんだよ。今日は待ちに待った魔力測定の日だろ?」
伯爵───オーヴィンは幼き自分のあのわくわくとした期待を呼び起こしながら問いかける。
うさぎの人形を腕に抱えたアルティナは窓の外を見ながら興味無さげに首を振る。
「別に」
オーヴィンのこめかみに青筋が浮かんだが、穏やかなお父さんスマイルまでは崩れていない。
「旦那様。7歳児です」
斜め後ろからメイドの爽やかな突っ込みが入る。
その抑揚のなさに腹が立つが、喧嘩しても無駄なので分かっているよ、とだけ返す。
暫く屋敷の廊下を歩いてたどり着いた大広間。大人の男性三人ほど縦に積み重ねても余裕のあるほど大きな扉。掃除が行き届いているが、豪華な装飾は一切施されていないそれがこのマークシャルル伯爵家を表している。
扉の手前でオーヴィンは立ち止まり、幼き娘に向かい合った。
アルティナの目線に合わせてしゃがみこみ、ゆっくりと念を押すように語りかける。
「いいかいティナ。魔力測定を行うということは貴族として認められることなんだ。まだ大人ではないけれど、爵位の高いものにはそれ相応の、低くとも貴族としての立ち振舞いが求められる。この儀式は魔法を習う資格を与えるだけでなく、責任も同時に課せられるんだよ。ティナ。その覚悟はあるかい?」
いつもはその意思の強さを表す眉毛も、娘の前では穏やかに弧を描いている。だけどその青銅の瞳は真剣にアルティナを見つめている。
対するアルティナはその大きな瞳をぱしぱしと瞬かせ、
「眠い」
「─ぶっ」
相も変わらず通常運転の彼女には、オーヴィンに使用人たちも思わず吹き出す。それをアルティナは不思議そうに見つめながら首をこてんと傾げた。その可愛さといえば……。オーヴィンは亡き妻に似た色彩の瞳と髪を持つ娘を抱き上げ、そのまま扉に手をかける。
「じゃあ行こうか」
「うん」
軋む音をたてて開かれた扉の向こう。支柱に支えられた星空のような色をした魔水晶に、アルティナはほわぁと感嘆の声をあげた。