12.【幕間】ローズ=ストレリチア
Q.「***************、******」?
ゲーム部の初活動が滞りなく終わったその日。茜色に染まった空を背に、俺とふゆちゃんとゆきちゃんの3人で歩きながら家に帰っているところだった。
沈みゆく陽の光が3人を照らして、一際濃い陰が目の前の地面にすっと伸びている。風は穏やかで、騒音もせず、暑くも寒くもなく。ただただ心地の良い帰り道。
中学時代は部活の違いなどから俺が2人と一緒に帰ることはほぼ無かったが、高校生になった今、こうして一緒に帰れていることがどこか感慨深いものを感じさせる。
ふと、空を見上げて立ち止まった。
まだまだ薄くハッキリとした輪郭こそ見えないものの、まん丸の満月がその姿を覗かせている。
「ねぇ、ふゆちゃん、ゆきちゃん。今夜はきっと……月が綺麗だね」
無言で立ち止まったせいか2人には置いていかれ、加えて俺の言葉が届くことも無く、チカチカと明滅を繰り返す街灯が俺を照らしている。
「ふっ……やっぱ寒いや」
さっさと2人を追いかけて帰ることにした。
☆★☆
「ただいまー...って、まぁ居ないか」
「いつも通りですけど、お父さんとお母さんはまだ帰ってきていませんね」
玄関を上がりリビングの電気をつけて中に入る。予想していたことではあるが、共働きの父母共にまだ帰宅していないらしい。
そうなると当然だが家事が何もかも行われていないわけで、直近の問題としてはまず晩御飯の用意がされていない。運動部ではないにしろ部活に入っている限り帰ってくる時間は遅くなるし、それに合わせて空腹の具合も頃合だ。
「冬華、今日の晩御飯は何にするの?」
「ハンバーグですよ」
「ん、じゃあ手伝う」
「ありがとうございます、白雪」
先に着替えていたらしいゆきちゃんが冷蔵庫を開いてぱっと中を確認しつつ問う。その問いに答えながらひき肉や玉ねぎ等、ハンバーグの材料を出すふゆちゃんはどこか新妻のような大人っぽさを感じさせた。
「2人とも、俺も何か手伝おうか?」
いかんいかん。2人だけに任せるのは申し訳ない──と、協力を進み出れば
「やめてください。食材への冒涜です」
「私達の口に入るものに触れるな」
撃墜されてしまった。
ふふ、まったく2人は照れ屋だな。ふ、ふふ…この言葉の切れ味、さては部活でやったFLGのロールプレイが抜け切ってないな?最恐のチンピラとその妻なだけあるぜッ!
「茜くん、何か変なこと考えてませんか?」
「クソ兄貴、いい加減その気持ち悪い笑い方やめたら?いや、まじで。本気で心配するよこれに関しては」
読心術に防御力無視の貫通攻撃……なんかやっちゃいました?とすら言わない無双系主人公とか脅威かよ。
「……んじゃ、俺はゲームでもして大人しくしてるか」
ソファーに深く腰を沈めてスマホを手に持つ。ゲームを起動しようとしたところで、どうせならノノや光輝を誘った方が楽しそうだ!とLINEを起動して個人トークに移動した。
『【茜】
おーい、ノノ』
そんな俺の適当な呼びかけに1分ちょっともすれば返信が返ってくる。
『【NO.Ⅱ】
ん〜?』
『【茜】
しばらくの間暇してるんだが、良かったらゲームしないか?光輝も誘ってさ。もちろん、そっちが暇だったらでいい』
『【NO.Ⅱ】
私はいいよ〜。招待送っておくから適当に入って。LINEのグループで通話しながらやろ〜』
『【茜】
分かった』
そして10分もしないうちに光輝のこともノノが誘い、新しくPUBC用に作られたLINEのグループで3人が集合する。
誰ともなしに始まった通話。それぞれのLINEアカウントのアイコンが大きく表示され、声を出すと緑色のライトが反応を示した。
『あー、あー、聞こえてるか?』
接続不良等で一方の声が聞こえないことはままある。音量や音質の確認を含め、俺は呼びかけた。
『おう、茜。聞こえてるぞー』
『こっちもおけ。じゃ、行こっか!ふふ、貴様らゴミがどれだけ腕前を上げたのか、私直々に見定めてやろう!』
『『イエス・マム!』』
無事に通話が接続されたことを確認し、ファイヤーチームを組んだ俺達は各自がLadyを入れてマッチングを開始。
我らがノノ隊長の激励もあり、俺と光輝は鼓舞されて隊の士気が大いに高まった。マッチングが終わって待機フィールドへ移行、60秒弱の待機時間の後、航空機に搭乗する。
マップを開いて航路を確認し、物資の質が高いホットスポットを考慮した落下地点を話し合った。選んだのはホットスポットでもなく直接の航路からも外れたフィールド外周の小さな倉庫街。物資の数も質もホットスポットに比べれば多少劣るが、降下する人数がそもそも少ない…もしくはいない事が多いため序盤を安全に進めやすいのだ。
『416があった。誰か使うか?』
『お、誰もいらないなら俺が貰おっかなぁ』
『中央倉庫の入口前に置いとくぞ』
『Karあったけどノーアタだから見つけたら教えて〜』
『4スコあるぞ!』
『貰う〜。ARコンペンとアングルいる人〜?』
『俺は貰った416のカスタム終わってる』
『ならノノ、俺が貰おう。ふふ、俺のゴミムシ君が活躍するのを見ていてくれたまえ』
『『ジャムれ』』
『お前ら最低だな…しかもこのゲームにそんな仕様無いだろ…』
倉庫街を3人で虱潰しに漁り銃や弾薬、回復アイテムを揃えてヘルメットやベストもなんとかLv2以上にし、駆け足で小山を1つ超えた先にある村へ足を進めた。
が、ほとんどの建物のドアが開きっぱなしになっている。つまり、敵がここに居た。もしくは今まさに漁っているところ。
しゃがみ歩きで足音をなるべく消し、慎重に慎重に村へと足を踏み入れる。『『『………』』』3人全員が息を潜めて足音や物音に全神経を向けた。
無言、無音の時間が少し流れる。
どうやらここにはもう敵はいないらしい。
自分達が来た方には敵は来なかった。なら…と、次の安地を確認する。ふむ、恐らくはこのまま安地に向かってS方向に行ったのだろう。
『SE方面敵いるよ、アカネ』
4スコKarを覗いていたノノが早速ここを漁っていたであろう標的を発見した。
『撃つのか?』
『いや、ちょっと距離がねぇ…だから当てられないことはないけど、3人仕留めきる前に物陰に隠れられたらそれ以上手が出せないし、音聞いて敵が寄ってきそう』
『車持ってきたぞー。詰めるのもアリじゃね?』
『だね〜。まぁ撃ち合うかは後にして、まずは安地にも行かなきゃだしあの敵の左側に展開して進もうか!』
『『イエス・マム!』』
いつ襲撃されても牽制・逃走が出来るように、3人がそれぞれ別の方向を確認しながらヴァズを走らせる。
『……右側の車輪がパンクさせられた車がある』
『本当だ。てことは、少なからずここも敵が通ったあとだね〜』
村を離れ、広大な畑を通り過ぎ、中央の道路から1本横にずれた林の中エンジンを吹かした。舗装されていない山道に出ればタイヤのパンクしたバギーが1台置き去りにされている。
『しかも相手の移動手段と終盤の壁を少しでも減らすために車のタイヤを態々パンクさせてるから、それなりにやり込んでそうだな!』
光輝がいかにも「オラわくわくすっぞ」的なテンションで盛り上がり始める。かく言う俺もかなりワクワクしてきていた。装備もある程度揃い、安地も遠くなく、車もある。まぁまぁな好条件だろう。しかも、誰も乙っていない状態で最初から敵がこの先にいるのが分かっているなんて、かなり計画を立てやすい。待ち伏せというリスクももちろんあるが、それを考えてもあまりあるリターンが予想出来た。
エンジン加速を抜いてゆっくりと山の緩い傾斜を降り大学横にある団地の物陰にヴァズを止め、目の前にマンションの裏口から入り1階…2階…3階…とスニークしながらクリアリングを丁寧にこなす。
屋内の扉は全部解放されていてアイテムを根こそぎ漁られてはいるが、ドアの裏等の死角も油断出来ない。
パリンッ…
『っ!』
『窓ガラス割って外に出たね〜。……居た。2棟先のマンション、2階の窓から飛び降りたみたい』
『おいおい、軽率だなぁ。殺しちゃうよ〜ん?』
『物陰でエナドリ入れてる〜。2ヘルだから頭抜いていい?』
『いいぞ。光輝、詰めよう』
『了解!』
『1ダウン取った!ゴーゴーゴーゴ〜〜!!』
ノノの先制スナイプが綺麗に相手のこめかみを撃ち抜く。2ヘルはkarの威力を前に無残にも弾け飛び、一撃で相手を沈めた。
近距離戦が確実に2v2以下になったタイミングで俺と光輝が一気に1階から詰めていく。どうやら敵は、正確な位置を測り損ねるノノの狙撃にたまらず3階へ駆け上がったらしい。慌ただしく走り回る音が頭上からひっきりなしに聞こえる。
ここまで来たらもう俺達の独壇場だ。
俺と光輝の足音を聞いて3階入口の扉で角待ちしていた敵1人を、フラバンを投げてからサブに控えていたショットガンで落とす。1ベストだったらしく一瞬で溶けた。
ラストは索敵と待ち伏せを兼ねて屋上に居たらしいがノノに離れたマンションの屋上階段からベストを抜かれ、動揺したところを光輝の416で蜂の巣にされた。
『ナイス光輝!やったな!』
『うぃ〜!勝った〜!』
『ぎもぢぃぃぃぃ…アドレナリンが出るぅ…茜もナイスSGキル!』
倒した3人の死体箱から回復アイテムや弾、補助アイテムを掻っ攫い、さらにより強力な手持ちを揃える。
そして…最終安地も決まった。
装備もある程度以上には整った。
モチベーションも高まっている。
『さぁ、行くよ!』
『『フーアー!』』
走れ…!撃て…!勝て──·······ッ!
『連ショで角待ちしてんじゃねぇよ!F☆ck!!』
『ど、どうしようコーキ、アカネがッ…!』
『ようこそ茜…人外魔境の世界へ!!』
その戦闘では他2人の頑張りによりなんとか勝てたものの、最終安地でGROZAに3タテされました。
加えて、順調に毒されております。ありがとうございました。
「なにこれ」
丸い……炭?
「家で汚い言葉を使った罰です」
「飼料じゃないだけ感謝しろクソ兄貴」
「クソ兄貴は良いの?え、え?お兄ちゃん泣いちゃうよ?」
「「いただきます」」
「んー、この」
☆★☆
「そうだ、茜くん」
「ん…なに?ふゆちゃん」
なんとかハンバーグを食した後、ソファーでゆっくりネット小説を読んでいたらふゆちゃんに声をかけられた。
「その、後で私と白雪の部屋の模様替えを手伝ってほしいのです。高校入学祝いにお父さんとお母さんが家具等をいくつか新調してくれたのですが、配置にはやはり男手が欲しくて…お父さんは仕事で疲れているので茜くんにお願いを…と」
「高校入学祝い……?俺はそんなの買って貰ってないんだけど??まぁ、2人のためなら手伝うよ」
「ありがとうございます。本当なら茜くんを部屋へ入れることは絶対にありえないのですが、妥協しなくてはならないこともありますからね。感謝しておきます」
「ねぇ、俺頼まれてる側だよね??」
テヤンデイバーローチクショー!!
ふゆちゃんに頼まれたならなんでもするさ!
☆★☆
「ん?これ…あぁ、アルバムか」
本棚の位置を変えるという事で移動させていた時、バサりと1冊のアルバムが床に落ちた。
ふゆちゃんは今小休憩ようの麦茶やらクッキーやらを用意しにキッチンに居る。本当なら見ちゃいけないんだが、やはり誘惑には勝てず表紙を開き、1枚…また1枚と写真が収められたページを捲ってしまう。
「はは。父さんと母さん、ふゆちゃんとゆきちゃんの写真ばっかりじゃないか。俺達きょうだいが赤ちゃんの時から俺の扱いはこれかよ」
小さな体に小さな手足。今と変わらないつぶらな瞳が輝いている。しかし残念な事に茜が一緒に写っている写真はほぼ無く、あるとしても幼稚園の年長あたりからの写真がちらほらと見つかるだけだった。
ガチャ……と、音を立てて部屋の扉が開く。
「っ!?あ、茜くん!そのアルバム!中を見ましたか!?」
「え?あぁ、うん。いやぁ…まさか赤ちゃんの頃から父さんと母さんに雑に扱われてたのかと思うとなんだかね。今さらショックって訳じゃないけど」
「え?あ、あぁ…そうですね。えぇ。取り敢えず、早く返してください」
「あ、うん。勝手に見てごめんね」
「い、いえ。罰としてあと10分で模様替えを終えてください」
「無理だよ?」
A.茜「どうもしないよ」




