一幕 始まりの村 八話「収穫祭」前編
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「おはよう」優しい声。温かな腕の中で目覚めると、額に軽いキスが降ってくる。
うん、挨拶だから。慣れた事にしよう、別に嫌じゃないし。
「おはようございます」少し肌寒いけど、腕から抜け出して、伸びをする。
前世では、彼女の横では熟睡できなくて泊まりは避けてた。
爺婆の添い寝ですら五歳が限界だった。
……なのに。まだ出会って二週間! 深くは考えないの!
井戸で顔を洗っているとイアリロも出てきた。
杖は持ってるけど、もう殆ど頼らずに歩ける様だ。いくら回復力の高い竜でも、無理はしないでほしいな。
イアリロの故郷はイースコロステニという街。かなり栄えているそうだ。少し遠回りだけど、北に住むドゥレーブィ族に山脈の魔物の増加を伝えてから行く。馬で十日程の旅になる予定だ。
師匠と狩をしながらの野宿経験はあるけど、目的地に向かう旅はこちらでは初めて。馬にも放牧の手伝いでは乗ってるけど、長時間続けては乗った事がない。村からも、師匠ともベスタ婆とも離れるなんて、今までなかった。
つまり、とても緊張してる。リュダ婆とゴラン爺が一緒でよかった。
そういえば、リュダ婆の事は、リュドミラ、って尊敬を込めて呼ばないといけない。凄いシャーマンだからって。
様も付ける? って聞いたらまた怒られた。
俺は白虎の後継で神々の一員だから、偉い神様にしか様を付けたり額付いたりしちゃダメなんだって。
偉い神と偉くない神様の違いって何? 難しいよ!
師匠をクヴァシル、ベスタ婆もベスタと呼ぶ練習をしろ、って師匠と村長に言われた。二人と同格だと思えるくらい、成長しなきゃいけない。
小説の、ウェルク王子みたいに。
チリっと僅かに首筋を炙られるような気配。警戒されてる。
見回すと小さな姿が視界に入った。リスの魔物だ。視線が合う。日本のリスより赤っぽくて、耳やしっぽがふわふわしてるみたいだ。
「ウロス」イアリロが呼ぶとチョロチョロと駆け寄ってきて、肩に登り耳元でチチチ、と鳴く。
「使い魔? ウロスって尻尾って意味ね? 可愛いわ」
ベスタば……だ。まっすぐイアリロ、というかリスに寄って行って顔を近付けてる。今朝は赤くならずに出てきた、と思ったら首元にキスマークを見つけた。クヴァシルってば。
「「おはよう」ございます」
「昨夜はお楽しみでしたね?」イアリロがクスクス笑って、その跡を指先でつっ突く。
「え?」首を傾げてる。
イアリロがちょっと囁くと、ベスタがパッと振り向いた。
「スケベ」と睨んで、小走りで逃げて行く。
なんでやねん、とばっちりだ。俺はイアリロを睨んでおいた。
「ちょっと羨ましくて」片目を瞑って笑ってる。もう……。
「うちの兵団が近くまで来てる。直に到着するだろう」リスのウロスをチョン、とつついて離す。木に登って消えちゃった。
そうか、用意しなきゃ。先に村長に知らせようか。
「村長の所には私が行くよ、先に着替えてて」うん、イアリロの着替えは少し手伝いたいしね。
馬達が来た。十頭以上いるな。
山の土は柔らかく接地音は小さいけど、大きめの動物が動くと木擦れは起きるし、周囲の生き物が警戒して静かになってるのを感じる。
師匠、クヴァシルに教わって狩で身にしみた。獲物が取れなくて飢えるのは辛いし、大人しい動物でも群れは危険だ。
村の爺達が門を開ける。
訪問者達が見回してるのは、ここへ来た事があるんだな、比較してる様子だ。
先頭の男が、門を入ってすぐにイアリロを見つけた。
馬から滑り降りて、駆け寄って来る。凄い筋肉。鎧を着ていても素早く動けるなんて。
後に続く馬と比べると乗馬も大きかった。乗り手が降りたら道の端に寄って、静かに待ってる。
「タピオ」あっと言う間にイアリロの前に来て、話しかけた。
膝をついても、頭が胸ほどまである。身長は二メートルあるかも。こちらでこんな大きな人初めて見た!
イアリロが肩に手を置く。
「ビプネン、遠路すまない。ドラガンの具合はどうだった?」
「ありゃ、死なねぇっすねぇ……」ホントに残念そうだ。
多分、イアリロを庇って囮になった人の事なんだろうけど。イアリロが笑ってるから、いつものことなんだろう。
「安心したよ。そうだ、番いを見つけたんだ」イアリロが俺の肩を抱き寄せた……つがい?
「そりゃめでたい! ミエリッキ、ご加護を賜りますよう」満面の笑顔、感じのいい人だな。
頭を下げられてるけど、どうしよう……?
イアリロを見上げると笑って、手を置く仕草をしてる。
「望むものが、得られますように」ビプネンの頭に手をやると、ふっと言葉が出て掌が温かくなった。
イアリロの手に力が入ったのが分かる。
ビプネンは両膝と、続いて両拳と額を地に着けた。
「ありがとうございます……」泣いてるよ。
唐突にイアリロに抱き上げられた。やっちまったかな……?
「皆もありがとう。後ほどな」はい、村長の家に撤退ですね。
クヴァシルが拳骨を握り、ベスタが腕を組んで待ち構えてた。
「突然、何のつもりだ」
「ごめんなさい、何が起きたか分かりません……」
「「え?」」
クヴァシルとベスタは項垂れて椅子に座り込み、イアリロは俺を膝に載せて抱き締めたまま、ベッドで放心してる。
「何も教えてなかったんだもの。やっちゃったものは仕方ないわ」ベスタは青い顔のまま、ちょっと笑ってくれる。
「ルーあなた、あの人を神官にしたのよ」
「しんかん?」
「僕、眷族とも言うわね」まだ分からない。首を傾げる俺に、ベスタはこめかみを揉んでる。
「あなたの力の一部を与えたの。あの人は、人より精霊に近くなったわ。あなたが生きてる間はまず死なないし、魔法も使える筈よ」
どうしよう、自分の力も寿命も魔法も、全く分からないんだけど……
「どんな男だ?」クヴァシルが顔を上げた。
「フィン人だ。十年ほど前に難破船から救ったが帰りたがらず、そのまま兵団にいついた。名前を聞くと巨人だからビプネンと呼べ、と」イアリロはまだ、ぼうっとしてる。
「素性不明か」クヴァシル、また落ち込んじゃった……
「ルー、どうして祝福したの?」ベスタは何とか持ちこたえてる。
「本当に分からないんです。頭に手を置いたら、自然に言葉が出てきて」
「引き出されたのか?」クヴァシル、殺気を飛ばさないで。
「浮かんできた、という感じです。いい感じの人だな、と思ったら。ねぇイアリロ、違う名前で呼ばれましたよね?」
「タピオとミエリッキ。森や豊穣の神の夫婦だよ。フィン人が信仰してる」
「それだ」クヴァシルが頷いた。
「オレ達はエネルギーだ。神の名前で呼ばれ、それに類する存在になっている。だがルーはまだ自己が確立していない。彼に名付けられ、その願いを投影されたんだ」
「え?大丈夫なの?」今度はベスタが慌てる。
「森と豊穣の神に願う事だ。大きな問題にはならないだろう」
「フィン人だけど、大丈夫かな?」イアリロの顔が強ばってる。
「……ゆっくり、話を聞いておいた方がいいな」クヴァシルの肩からは力が抜けてる。
とりあえず、大丈夫そうで良かった。
祝いの前に疲れたけど、お祭りの雰囲気は盛り上がったようだ。
「東の守護者の嫁取り」「森の神の祝福」「光神の成人祝い」
外から聞こえて来るのは、おめでたい言葉ばかり。
「こんな事になるとは……」外堀を埋めようかと思った、と軽い台詞が冗談にならなかったイアリロは、まだ落ち込み中。
「魔物の襲来とか、縁起の悪い事ばかりなのに。どうしよう」俺もイアリロに抱かれたまま、途方に暮れてる。
クヴァシルは目を瞑って、フィン人についての知識を必死で思い出してくれてる。
「なんとかなるわよ!」そんな中、ベスタは力強い! やけっぱちとも言えるかな?
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