一幕 始まりの村 七話「ウェルク王子」
ご覧頂き、ありがとうございます。
俺と並んでベッドに座ったイアリロの顔を、師匠・クヴァシルとベスタ婆がマジマジと見てる。
ベスタ婆は机に頬杖をついてる。行儀悪いですよ?
「十八年前のお前を怖がったのか?」師匠達とイアリロ、付き合い長いんだね。
「可愛かったわよね……何かしたの?」ベスタ婆はジト目だ。なるほど、こういうのを言うのか。
「しない! というか、そんな時間もなかったよ。領主に報告して食事をしただけで発ったから、挨拶した程度だ」イアリロが慌てるの、珍しいな。
「竜の姿は見られてないんだよな?」師匠はイアリロが頷くのも見ずに、考えてる。
「白虎の件より前から、黄龍の気配が弱まった様に感じていたんだ」
「黄龍に何かあったと思う?」ベスタ婆も真剣になった。
「何か『気』を使う必要があった、と考えられるな」
「私か、白虎か? それとも、ウェルクに何かがあるのか?」イアリロが悩み出した。
「蒼竜の引き継ぎは問題なかった筈よ。精霊達の手助けもあったし」ベスタ婆が、イアリロの懸念に首を振る。
「万が一の時でも大丈夫だから、って笑ってた。あの人は、そういう人だったわ」悲しそうな笑顔だ。
「白虎も蒼竜が訪ねる直前までは、問題なかった筈だ。オレも少し前に会ってる」師匠も、自分のことオレって言うんだ。何か、若返ってる?
ベスタ婆のおかげなら、部屋借りてて悪かったかな……?
「やはり中央だな。その『王子』が気になる」師匠が頷く。
領主の息子か彼が関わる何かが、黄龍に影響したんだな。
「まず、小説の『ウェルク王子』の描写をもう一度聞かせてくれ」
「アングレサイトの第三王子で、兄王子二人とは母親が違う。初夏の生まれで、初陣は十八歳。黄金色の髪に青い目、少し黄色がかった肌で得意な武器は戦斧・ハルバード。生意気なやんちゃ坊主でしたが、騎士団では可愛がられてました」
「ふむ、とりあえずそれぐらいで。現実の彼との違いはあるか?」
目を瞑って聞いていたイアリロが、ゆっくり答える。
「確か三人の息子は全員、母親が違う筈だ。生まれ月は知らないが、年齢は合ってる。外見は、髪の色が薄い金色で肌は白かったと思う。武器についての情報はない。おとなしく体が弱いのは、変わったとは聞かない。つまり兵団には関わっていない筈だよ」
「次に行こう」師匠が俺を見る。
「黄色の服を好んで着て獣の扱いが上手かった。騎士団を熊、狼、豹、虎などの動物の名前の部隊に分けて、各々を機能別に編成。鷲、鷹なども戦いに加わって、空からの偵察等で活躍しました」
「戦略に付いてはまだ分からんだろう」
「黄色の装いではあった。庭に鹿がいて、ウェルクが世話をしていると言っていた。戦いの準備の為に、何か飼育しているとは聞かないね」イアリロが頷きながら答える。
「よし。『王子』個人の情報がそれくらいなら、視線を周囲へ移してくれ」師匠が生き生きとしてる。ベスタ婆が静かだと思ったけど、師匠を惚れ惚れと見つめてた。見なかった事にしよう。
「『王子』が成果を上げるのを、兄達は腹立たしく思っていました。後継ぎを彼に奪われると思ったからです。王妃である義母は彼の暗殺を企て、それが発覚して幽閉されます。父王は三人の王子に領地を分けて継がせる事にしました」
師匠はイアリロを見つめる。
イアリロは腕を組んで考えていた。
「十八年前、領主の妻達に会った記憶がないんだ。晩餐で領主の隣りには席がなかった様に思う。その後も特に報告を聞いた覚えがないよ」
「第一章は『王子』の初陣から魔物の襲撃を撃退して、アングレサイトを守るまででした。兄達と和解した彼は、東の国境の防御と調査を彼らに委ねます。父王は『祠』の機能停止を疑い、『東方の守護者』に連絡すると言っていました。戦いは約一年続いたので、翌年の春の話です」イアリロの視線は痛いほど真剣だ。
「第二章は南の島で火山が噴火したと言う救助要請から始まり、『王子』は船で港を出発します。島の名前は書いてなかったと思う。彼が十九歳になった夏でした」ベスタ婆が、姿勢を正す。
「ルー、ゆっくりでいい。思い出した事を書き留めておいてくれるか?」師匠の目、同じ黒でも左右でちょっと質感が違うんだよな、右は少し金属ぽくて、左は透き通ってて。
ちょっとぼうっとしてきた俺の前に、ひょいっとベスタ婆が顔を出す。
「どんな人達を救助したか、どんな港だったかとか、宜しくね」
我にかえって頷く。
そう、師匠の目には要注意だった。不用意に見つめると、動けなくなってしまう。
俺だけじゃなくて村の爺さん婆さん達もだ。まるで魔眼じゃ、とよくベスタ婆が言ってた。
イアリロが心配そうに見るから、笑って膝を叩いておいた。
「その小説は、何章まであるんだ?」師匠が頭を抱えてる。
そうだよなぁ。実際に次々と問題が降りかかってくるとしたら、辛いもの。覚悟を決めて続けた。
「五章です。中央、南、西、北、東、と舞台を移しながら問題を解決して成長し、二十五歳で立派な王になりました。南の島で噴火の原因を取り除き、西では狂った守護者と戦って打ち破り、北に行った時は異世界にまで話が広がります。東では囚われて誘惑されました」三人の動きが止まった。
「ルー、辛かったね」イアリロが抱き寄せてくれるから、胸元で顔を隠した。守り石を握りしめる。本当に気が弱い。もう成人するのにな。
「ジャービスは強い。黄龍も手助けしてくれてる。お前が行くのを、ちゃんと待っている」師匠の声は力強い。
「アングレサイトでしっかり確認するわ。警告には感謝するけど。どんな事情か、他の方法がなかったのかも」……ベスタ婆が怖い。
「ルーグ」師匠が俺の頭に軽く手を置く。
「今まで聞かなかったのはオレ達だ。イアリロが揃った時に知る事になっていたんじゃないかとも思う。それに、お前と一緒に過ごしてきた時間は無駄なんかじゃない。オレ達にとっては、世界を救うより必要だったとも言える」静かな声だ。
「そうよ、わたし達もあなたと一緒に育った。先代蒼竜のリンダは『イアリロの父親と出会ってイアリロを生み育てるまで、自分は本当の意味では生きていなかった』と言ってた。わたしには良く分からなかったわ。実感するのに十八年かかったの」
ベスタ婆、涙が止まらなくなったよ、どうしよう。
「泣いたらいいよ。君は出会う事もなく父母と別れ、それを知ったばかりだ。私も母を亡くして随分泣いた。母は泣いていいと笑ってくれたと思うし、父もそれで救われたと言った」
本当に、俺の家族も俺の竜も優しいよ。
師匠とベスタ婆はそのまま帰った。
暫く話せなくなるのに。必要な事が伝えられなくて、取り返しがつかないなんて事になったらどうしよう。
泣き腫らした目を井戸の傍で冷やしていたら、後ろから抱えられた。
イアリロだ。杖なしで立ってる。竜だから治りが早いと笑ってたけど、大丈夫かな。
「答えなくていい。愛してるよ。私は、何より君が大切だ」そうか、はっきり言葉にされたのは初めてなんだ。
黙ったまま、井戸の端に一緒に座るよう促す。
抱え込まれた胸の中から空を見上げる。少し位置は違うけど、前世で子どもの頃に覚えた星を見分けられた。
ウクライナの空、なんだな。
こんなに沢山の星を見た事がなかったから地球の空だと分かってなくて、知ってる星座に気付いた時には驚いた。
冬にはもっと綺麗に見えるんだよな。
この世界と前世と、あの物語と。どう関わっているんだろう。
俺はこの世界で、どんな風に生きていこうか。
右手で守り石を握りしめて、俺をそっと抱く腕に左手を添えた。
ありがとうございます。とても励みになっおります。宜しくお願い致します。




