一幕 始まりの村 六話「東の国」
ご覧頂き、ありがとうございます。広げた風呂敷を畳みに入る……筈ですが、上手く伝わるでしょうか。
「魔物以外の敵がいる可能性がある。ルーの記憶だ。こんな警告の仕方は初めてだ」
「クヴァシルも知らないの?」え? 師匠、脳筋じゃなかったの?
驚いた俺に気付いて、イアリロが笑い出した。
「なぜそこで驚く」あれ?
師匠がため息をついていて、ベスタ婆が立ち上がって師匠の頭を撫でてる。
「クヴァシルは、君が利用されたのに怒ってるんだよ」苦笑しながら、イアリロが言う。
俺、利用されたの? でも
「あの本、大好きでしたよ。図書館に行くのが楽しみになりました。繰り返し読んだから、こんなによく覚えてるんです」今も全く悪意は感じないけど。
「ウェルクが好きなの?」今度はイアリロが怖い。師匠はなんかウケてる。
「本が好きなんです! ちょっとバカで一生懸命な主人公に、自己投影してたかもしれないけど」
「バカで一生懸命? 他に情報は?」イアリロが首を捻りながら尋ねる。
「家族から孤立してました。異母兄弟のお兄さんに苛められて、騎士団に入り浸ってた。だから、東国の戦士の事を聞いて急行できたんです」確か、そうだった。
「実際とは違うのか?」食事を終えた村長が落ち着いて尋ねる。
「会ったのは十八年前だ。だが、どちらかというと物静かでおとなしい子供だった。ちょっと気弱で、兄達にからかわれていたが、身体が弱く兄も庇っていた。仲は良さそうに見えたな」イアリロが目を細めて、思い出してる。
「立国していないから『王子』でもないし、後継ぎでもない。今聞いた印象は次男のディウィクに近い。長男のオルグは、ディウィクを警戒している様子だった」
「待て。兄弟のフルネームは分かるか?」師匠が鋭い声をあげた。
「現領主が、ブレンヌス・セレネス・ガッリア。長男はオルゲトリクス・ヘルウェティイ。次男、ディウィキアクス・スエッシオネス。三男が、ウェルキンゲトリクス・アルウェルニ」イアリロの記憶力、半端ねぇ。
「フランク王国! ガリア戦争か?」師匠が声を上げて立ち上がった。
頷いて納得してる様だけど、さっぱり分からない。
イアリロとベスタ婆も首を傾げてる。
「ガイウス・ユリウス・カエサル。ジュリアス・シーザーと言えば分かるだろう。彼はローマから本土へ何度も戦争を仕掛けている。それにガリア人が抵抗した。兄弟の名前には、その部族名が入っている」師匠、すげぇ!
「ただ、位置関係が合わない」少し落ち着いた様子で、座って続ける。
「ここは、前世の知識で言うとウクライナ辺りになる。フランスとの間にはチェコスロバキアとオーストリア、スイス、ドイツがあった筈だ」
「そう言えば、アングレサイトへは竜の身体で訪れたんだ。距離としてはかなりあるな」イアリロも腕を組んで考え始めた。
「ルー、その東の国の事で他に何か思い出せないか?」師匠に見つめられ、必死で絞り出す。
「武器と塩を産出してた筈。確か、供給が途絶えて困ったとありました」
「ハルシュタット!」「ソルトマンだ!」
二人の大声でビクッとした俺の背中を、リュダ婆が擦ってくれる。
ハルシュタットという文明が栄えて、金属加工が進んでいる地域があるらしい。岩塩の採れる洞窟もあって、そこで亡くなってミイラになってたのが、ソルトマン……怖っ。
「「オーストリアだ」ね」師匠とイアリロの言葉が重なって、ホッと脱力した。
被害が出たとしても距離があると思うと、少し他人事になってしまう。自己嫌悪するけど切迫感は和らいだ。
「ノクリムね」ベスタ婆の顔は強ばってる。知ってるのか。
「ほぼ間違いない。縁があったか?」師匠の緊張も解れてない。
「ここへ来る途中に、お世話になったわ。警告に行かせてくれる?」
「飛ぶしかないな。アングレサイトへも行かなきゃならない。乗せてくれ」
あっという間に決まってる。
そう、師匠は決断が早い。思考回路がどうなってるのかよく分からない。
仕方ないよな、遠いみたいだし。明日の成人祝いはちょっと寂しくなるけど。
「そらまた。説明せんか」村長が師匠の頭を軽く叩いた。
師匠とベスタ婆が俺を見て、顔色を変えた。
「「明後日以降だ!」よ!」
少し休んで、昼からはイアリロのリハビリを兼ねて村を案内する事になった。
明日馬を連れた援軍が来る。明後日からイアリロと俺、リュダ婆と護衛のゴラン爺で、イアリロの故郷に向かう事になった。
なんとゴラン爺! 元副団長だった。ぎっくり腰になった時、
「不覚……」とか言って泣いてたから、大げさだなぁ、と思ってたんだけど。
ここヤレムチェはホヴェールラ山の麓にある、小さな村だ。四季があり、湿度が高めで寒暖差が大きい。標高は高めなんだろう。咲いている花に高山植物の特徴があるし、よく霧が立つ。
山にはモミ、マツ、ブナが原生していて、足を踏み入れると昼でも薄暗い。ブナの紅葉は始まっているけれど、落葉はまだだ。雪を被った木々を見ると、毎年クリスマスツリーを思い浮かべてた。
ヒグマやオオカミ、オオヤマネコなどもいるから、山に入るには準備がいる。今日は周縁部だけにしておく。
イアリロとゆっくり、プルト川に沿って散歩をする。水量は豊かだが、雪融けで増えていた時ほどでない分、せせらぎが響いて賑やかだ。
「もう少し上がると、大きな滝があるんです。凄く迫力があるから、見せたかったな」
「カルパティア山脈の一部なんだろうね。確か前世でも、世界遺産になった辺りだと思う。また機会があれば、ぜひ連れて行ってくれ」イアリロの目がキラキラしてる。
「前世では、よく旅行してたんですか?」
「仕事であちこち行かされたからね。どこも見ずに帰るのももったいないし、休日には観光しようと頑張ってた」
前世の話はタブーかと思ったけど、大丈夫そうかな?
「死んだのは飛行機事故だよ。殆ど覚えてないから、気を使わなくて大丈夫」クスクス笑ってる。そりゃ、バレるか。
「俺は過労死です。介護士でした」
「なるほど、手慣れてると思った。助かったよ」イアリロは微笑んだままだ。
赤くなった顔を隠す。看護師とかじゃないから、ちょっとコンプレックスがあるんだ。
「転生には意味がある」急にイアリロが立ち止まるから、どうかしたかと見上げたら、あの綺麗な碧い瞳に捕まった。
「私は、君に会えた」顎クイに胸キュンする女子の気持ちを体験する。
でも俺はまだ、準備が出来てない。性別がないって言われても男のつもりでいるし、ノーマルだし。出会って半月だし!
視線が揺らぐのを見て微笑んでくれて、額にキスされた。
固まってる肩を軽く抱かれて、歩き出す……リア充め! ちょっと悔しい。
リュダ婆に言われて、荷造りがてら師匠の部屋の俺の荷物と寝床を撤収した。
たいした物はないけど、ちょっと寂しかった。十年、お世話になりました、って軽く頭を下げて出た。
あれ? 俺、この村に帰って来たらどこで寝るんだろ。イアリロがここを使ってるのは、お客で怪我人だからだし。
ちょっと不安になってきた。ゴラン爺に家を立てる時はどうするのか聞こうかな。
夕食後『王子』の情報をできるだけ教えてくれ、と師匠とベスタ婆が来た。
師匠とイアリロのベッドは拡張されてた。ベスタ婆がそれに気付いて赤くなってる。
いや、俺の方はそういうんじゃないから。てか、魔女が赤くなると、ちょっと怖い……また睨まれた。なんでバレるんだろ。
イアリロは腕を組んで、十八年も前の事を思い出してる。ごめん、真面目にやるよ。
「そう言えば、ウェルクの事がちょっと気になったんだったな。なんだか怖がられてたよ」
ありがとうございます。よろしければ、ブックマークを頂けますと、とても励みになります。宜しくお願い致します。