一幕 始まりの村 三話「想起」
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「どうした? 真っ青だ。薬師殿を呼ぶか?」イアリロは戸惑った様子だった。世間話をしてただけだものな。
「ごめんなさい、イアリロ。何でもないから」俺は蹲ったまま、立てなかった。
「少し休むか」黙って傍の椅子に座っててくれる。いい男だよなぁ。
俺はぼんやりと、この一週間でイアリロから聞いた話を思い返していた。
魔法は、村では見たことがない……と思っていたが、薬師のベスタ婆がしていたのとかが、そうだったらしい。
やっぱり。誰も魔女って呼ばないから、俺が誤解してるんだと、心苦しく思ってたのに。
マッチョな爺達は引退した戦士で、身寄りを亡くしたり、悲しむ家族のない者が立候補して、辺境の監視の為にこの村を作ったそうだ。
村長は戦士団の元団長で、その妻のリュダ婆は優秀なシャーマン(巫女)らしい。
イアリロ達は村長の定期報告で、山の魔物が増えているとの情報を調査に来て、魔狼の群れと遭遇したそうだ。
イアリロが魔狼達から逃げ切れたのは、仲間が囮になって惹き付けてくれたのと、行き先を泉の側に設定されてた、転移玉を使ったから。『ネフライト物語』にも登場する、高価な魔道具だ。
イアリロは俺に発見された時、情報を届ける為とはいえ一人で逃げた自分を、どうしても許せなかったらしい。俺が「待ってて」と言ったので、仲間が待ってるんだから助けを送らなきゃ、と発奮したそうだ。
実は骨折した時のショックなんかで、かなり悪い状態だったのを、ベスタ婆の治療で持ち直したって。魔女すげえ。
イアリロが治療を受けながら村にある緊急用の魔道具で領主に連絡して、近くにいた他の仲間が急行したから、囮になった人も助かったらしい。本当に良かった。
この村は独り者が多いから、食事は共有の竈を使って交替で作るし、厠も共用だ。浴槽はないけど浴場もある。溜湯を使って洗うだけで冬場は辛いけど、イアリロによるとお湯が使える事すら珍しいらしい。
納屋(倉庫)と浴場と村長の家は、村の中心に、コの字を描いて建てられている。乾燥煉瓦の壁を張った長方形の建て物で、後ろはちょっと小高い丘で、裏庭を囲う形だ。井戸もあるし、村長の所の竈は他より大きめになってる。
元々、敵襲に備えて作られてるんだろうな。
窓も扉も夜になると、枝や草を纏めて作った板モドキで塞ぐだけ。干し草で作ったベッドと、低めの机と簡単な作りの椅子が二脚、それだけしかない部屋だ。広さは十畳ほどかな。考えてみれば、詰めれば十人でごろ寝できるのか。
イアリロが言うには、こんな造りの部屋や家具でも、村によっては贅沢品だそうだ。ここは森が近いからな、草原しかない辺りでは、木材は貴重らしい。
「落ち着いたかい?」椅子には座ったけど、イアリロの問いに頷いただけで、また目が回りそうだ。
現実逃避してたってしょうがない。偶然にしては、共通点が多すぎる。
小説は東の国が滅亡してから始まったから、ヒントはあまり無いけど。
王子が戦士に会ったのは、確か春だった筈だ。来年の話なんだろうか。初陣が夏の始めだったから、魔物襲来は冬から春か。秋分まであと五日、猶予はない。
魔物から村を守れるのか、皆で逃げるか……
イアリロの故郷も何とかしなきゃ。って、出来ることは何だ?
焦りに涙やら汗やら、何だか色んな物が出てきそうだ。
俺は後悔している。これまで、転生した事を隠してきたから。転生に意味があるなんて、思ってなかった。
育ててくれる、爺さん婆さん達を騙してきたから、罰が当たったのかもしれない。
今、急に変な事を言い出したって、信じてくれる訳がない。
「ねぇ、ルー、私の事が好きかい?」突然話しかけられて、鳩でなくても豆鉄砲を食らってます。
はぁ、キレイなお兄さんも好きですが、今はそれどころじゃないんで……
って、爆笑してるけど。声に出てたかな?
「一緒に話してあげるよ、師匠達をさがしておいで?」
まだニヤニヤしてる。小説には、読心術は出てこなかったけどなぁ。
師匠は村の門の傍で、この辺の地図を描いたらしい皮を広げて、村長と話し込んでた。後にしようかと背を向けかけたけど、気づいた村長に手招きされた。
「師匠、あの」やっぱり言葉が出て来ない。何て言えばいいんだろう。
突然、村長に抱え込まれた。おまけに、
「いい加減にしろ。子供を泣かすな」大声じゃないけど、明らかに怒ってるよ!?
俺にじゃないってことは、師匠に言ってるんだよな。
「すまん」頼りない声。師匠が謝ってる!
あの、どう考えても師匠のせいだよな、って時でも謝らない、意地っ張りが? 涙も引っ込んだ。
村長にも俺の驚きが伝わったらしく、解放してくれた。
「謝る相手が違うじゃろうが」俺の頭をぽんぽん叩いて、ため息をついてる。
「すぐに行かせる。客人と待っとれ」口調にそぐわない、優しい声だった。
いつの間にか薄暗くなってる中を、イアリロの所に戻る。
村の爺さん婆さん達の戦支度が様になってる。古びた革鎧を着けた姿も多い。歴戦の勇士達だとは知らなかった。
「五十人もいる。一働きできるぞ」篝火の準備をしてたゴラン爺が、ぶっきらぼうに声をかけてくれる。
防護柵よりかなり手前だ。明るさに慣れた目じゃ、侵入者が見つけられないんだそうだ。
俺が気付いてなくても皆は危険だと分かってて、準備を始めていた。
この村自体が備えなんだ。ここを作らせた時から、領主は外敵の襲来を予測していたんだ。
肩にのしかかってた重荷が、ふと軽くなったのを感じた。
「「すいませんでした」」
で、何で、師匠とベスタ婆に土下座されるんだ?
村長に怒られたんだろうな、とは分かる。けど、俺は何をされたんだっけ?
てか、こっちにも土下座ってあるんだ。
お兄さん、笑ってないで助けてくださいよ……
「二人とも、きちんと説明してください。また、丸投げするつもりじゃないですよね?」美形が腕を組んで、微笑んでる。
その笑顔いつものじゃないよ、怖い、怖いから。
「師匠、ベスタ婆、何を謝られてるのか分からないです。とりあえず、座って話しませんか?」そう、ちゃんと聞いて、ちゃんと話さなきゃならないんだ。
師匠が、ふ、と息をついて顔を上げた。若い頃はモテただろう、と、見る度に思ってた。切れ長で綺麗な黒い目だ。左右の目の質感が違って、また引き込まれちゃうんだ。
と、その目が逸れる。ベスタ婆が、師匠の上着の袖を引っ張ってた。微妙な表情で師匠を見てる。
ベスタ婆って、こんな顔だったっけ? あれ? 鷲鼻でギョロ目で……? 首を捻る。明らかに違うぞ。
ベスタ婆の表情が和らぐ。師匠に手を取られて立ち上がる姿は、まるで乙女の様だ。師匠の顔も穏やかで、眉根の縦ジワがない。
……うわ、甘っ!
祖父母(会ったことないけど)の恋愛シーンを見てるようで、居たたまれない。向きを変えて、鳥肌の立つ腕を擦る。
おかしいな、施設の高齢カップルのことは、温かく応援できてたのに。
ふと気付くと、いつもの師匠と魔女が、額に怒りマークを貼り付けて睨んでた。
イアリロはベッドに突っ伏して震えてる。
結論! 土下座相当?
師匠もベスタ婆も、イアリロも、転生者でした、終わり。
て、当たり前だけど、それだけじゃなかった。
ここは黄龍って神様がみてる、夢の世界らしい。