三幕~花の墓標~九話「迷走」リュドミラ
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ルーと別れてからのリュドミラです。
ルーに突き飛ばされたマリーチカを抱えて丘を下る。
ふわっと風が吹いて、曲線状に放たれた矢が離散する。あのままなら、数本は直撃していただろう。モノケロスに助けられた。
ルーの剣撃の音が聞こえる。まるで、ゴランとの鍛練の様な速さだ。こちらも凄腕。わたしでは太刀打ちできない。ルーの言う通り、行かなければ捕まるだけだ。
転んだ衝撃から立ち直れないマリーチカを、モノケロスが鼻先で掬いあげて、うつ伏せのまま背に乗せた。
ルーの馬が側に来たのに飛び乗る。
チェロヴィクを乗せたままのわたしの馬と一緒に、森林に向かって走った。
とにかくその場から離れる。そうして、一瞬で迷うことになった。
モノケロスが頭を振り上げ、速度を落とす。暫くゆっくり走って、池の端で止まる。
不自然な姿勢のまま乗せられていたマリーチカが、滑り落ちる様に地に下りた。
「大丈夫?」側に寄ると、倒れたままで泣いていた。
「私のせいで、ルーが……」泣きじゃくって、言葉にならない。
『それは違う。あの女達の目当てはルーだった』モノケロスがあっさりと言った。
「どうして分かったの?」そしてなぜルーを狙うの?
『女達の声が聞こえた。村は放っておくのか、と一人が聞き、もう一人が、この子だけで充分。目的は果たした、と答えた。理由は言わなかった。もう北へ向かって走っている』
「ルーを追わなきゃ」マリーチカが目を擦り、起き上がった。
「その前に、ここが何処か、からね」わたしはため息をついた。
馬達に水を飲まそうと振り返ると、チェロヴィクが馬の上で手足をバタバタと動かしているのが見えた。
「下りるの? チェロヴィク」声をかけると、ウンウンと頷いている。
馬から抱き下ろすと、一方向へ向かって走り、すぐに帰ってくる。
「道が分かるの?」と訊くと、また頷く。
家に憑く妖精のドモヴォーイにはドモヴィーハという妻子がいる。床下や地下室に住んでいるとされていて、彼女達は外には殆ど出ないと聞いていた。
チェロヴィクはドモヴィーハの一人の筈だが、森の妖精レーシーと連れだって外に出ている。
そう言えば女神モコシが、チェロヴィクもバーバ・ヤガーの家を知っていると言っていた。
今はいいわ、森の外へ出たことがあって、道案内ができるってことね。
「ありがとう、じゃ、一息ついたら案内してね」歳には勝てない。わたしも疲れたわ。
愛するエゴール、ルーを取り返す力を貸して頂戴ね。
チェロヴィクの案内で森林地帯を進む。街道へ出ないことに焦りを感じるが、迷いなく小走りで先頭を行く姿には、疑問を感じなかった。
そして、バーバ・ヤガーの家に着いた。
「街道への道じゃなかったのね……」笑ってしまった。思い出してたのに、確認もしなかったわ。
「リュドミラ、無事か?」ゴランの声! 涙が出そうになる。
「ゴラン、ごめんなさい、ルーを奪われたわ」ポン、と肩を叩かれる。無口な男の精一杯の慰めだ。
「イアリロが追ってる。レーシーが、バーバ・ヤガーに会うのが先決だと言った」そうね、妖精達の叡智に期待しましょう。
「よく来れたな、落ち合えて良かった」レーシーがチェロヴィクを称賛している。預かっていた箒を返したら、笑ってくれた。
『南の池で休んでいる。出発する時には、声をかけてくれ』マリーチカに荷物を下ろさせたモノケロスが、馬達を率いて移動していく。
皆で顔を見合わせ、バーバ・ヤガーの家に向かう。家は脚を折って迎えてくれた。
梯子を登り、小さな戸を叩く。女性の声が答え、扉が開いた。大柄な女戦士、彼女がミュリナね。
マリーチカを見た途端、問答無用で引きずり込み、泣きながら抱きしめている。マリーチカの記憶が戻っていて良かった。
二人が落ち着くまで、暫くかかった。
その間、バーバ・ヤガーの家のドモヴォーイとチェロヴィク達の活躍で、わたし達は久し振りにきちんと食事をした。
食休みに入った所で、バーバ・ヤガーが帰ってきた。
「これは大勢のお客さんだ」慌てて立ち上がるわたし達に、魔女はのんびりと挨拶をした。
「あぁ、モコシに頼まれてたんだよ。その娘があんまり塞ぎ込んで、困ってるってね。どうやら解決したようだね」
食事中もくっついたままだった二人が赤くなる。
「バーバ・ヤガー、相談がある」ゴランが話し掛けた。
「ブシクの町へ急がなくてはならない。なるべく早く行ける道を教えて頂けないか?」厳しい声に、空気がピンと張り詰める。
「なら、家ごと進もうか。馬達も連れて行くだろうし、厩も作ろうね。長旅だ、何年ぶりかねぇ」バーバ・ヤガーは相変わらすのんびりと答える。
「あぁ、モノケロスが来たようだ、賢いね。ちょっと行ってくるよ」バーバ・ヤガーは、又ふらりと出て行った。
「レーシー、この家がどれくらいの速さかは……」
「分からない。ただ、遠回りにはなっていない。我々は夜は進めないが、この家なら進む。もう夜だ。朝になってから考えてはどうだ?」
そう、レーシー達もルーを心配している。益にならないことをする訳がないわ。
それでもゴランの厳しい顔は戻らない。
「ゴラン、わたし達を襲った女戦士は、ルーが目的だったらしいわ」声をかけた。
「なんだと?」
「モノケロスが聞いたの。村は放っておいて行こう、目的は果たした、と言っていたと」
「村は囮だったのか?」怒りに満ちた静かな声。
「それだけではないでしょう、ルーを優先した、という感じね」
「そう、私も聞かなきゃ。ルーを拐ったのはアマゾネスよ。一瞬、あなたと見間違えたの。それに、モノケロスはルーが『マルペシア、ランペト』と呟いたと言ってるわ。分かる?」マリーチカがミュリナに訊く。
「何だって?」驚きの余り、言葉にならないようだ。
バーバ・ヤガーが戻って来て、部屋や入浴の相談になった。マリーチカとミュリナも動き出し、寝る前にもう一度集まった。
「わたしは女戦士の部族、アマゾーンの一員だ。マルペシアとランペトは、その頃に養女に迎えた。当時は子どもだったが、もう二十年以上前になるようだ。今の様子は分からない」ミュリナが話し出した。
大柄な体躯、波打つ濃茶の髪を後ろに流し、薄青い瞳は北欧の血を感じさせる。猛々しい雰囲気は、ルーを拐った女性に似ている気もした。ほんの一瞬見ただけだから、はっきりとは言えないけれど。
「当時、わたし達の部族はスキュタイの一部族と関係を深めようとしていた。わたし達は彼らの言葉を覚えたが、彼らはわたし達の言葉も、この辺りの言葉も覚えられなかった。わたし達は子を得る為、彼らは仕事や食物などの交易の為に協力しあった」ミュリナが続けた。
「彼らは、この辺りの部族の勧誘を受けていた。幾つもの部族を纏めて大きな国を造る、と言う。それを扇動していた男が、わたしの様な体格だった」ミュリナは自嘲するように笑った。
「わたしは男に望まれる事はなかったし、わたしも男を相手にしたいとは思わない。彼がわたしに誘いを懸けて来た時は恐怖に震えたが、周囲に上手く説明できず、トラブルになる前にと逃げ出した。マルペシアとランペトにも何も言えず、後悔していた」
「逃げるわたしを匿ってくれたのが、シネヴィル湖の麓の村と、その村長だ。わたしはのんびりした生活を楽しみ、恋人も得た。長くは続かなかったが、わたしの人生で最も幸せな時間だったよ」ミュリナがマリーチカに微笑みかけた。
「その後の事は、だいたい分かっているようだね。わたしは死んでから、妖精ヴォジャノーイとして暮らし、湖の底の遺体やルサールカを探していたが、祠に祀られ、いつの間にか湖の女神候補になっていた。ちょっとモコシに怒ってしまったよ」笑って続ける。
「わたしは『妻』を探していたし、マリーチカは記憶を失っていたんだってね。見つからない筈だ。ルーって子には感謝してるよ。早く迎えに行ってやらないといけないね」
各々がゆっくりと眠り、朝になってみると、随分先に進んでいることが分かった。どうやら、休まないですむ分、馬で進むより速いようだ。
わたし達は戦いの準備を整えながら、情報を付き合わせ、落ち着かない時を過ごした。
そして夜、漸く町に到着したのだった。
実は、作者はリュドミラがお気に入りです。モコシも好きですが…… 彼女達が活躍する所を早く書きたいです!
お読み頂き、ありがとうございます。楽しんで下さいますように。




