三幕~花の墓標~八話「追跡」イアリロ
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遠ざかって行く馬の姿。眠らせて連れ去るなら、すぐに殺されはしない。
北へ向かうならウロスがいる。間に合う、すぐに取り返すと心で呟き、焦りを押さえながら振り返る。
「リュドミラ達は……」
「すぐに追え!」言葉を遮るゴランの厳しい顔を、驚いて見つめる。
「儂の娘はウールブヘジンに食われた。妻も生け贄にされた」血の気が引いた。
「後を頼みます」馬の方へ向かう。
「儂の馬も荷物ごと連れて行け」振り向くと、返事も聞かずに去って行く後ろ姿。本当に頭が下がる。
馬二頭と、北へひた走る。賢い馬達は私の焦りに釣られないよう時々足を緩め、水や乗馬の交替を要求したりしてくれる。
ルーは薬でも使われたのか、気配が薄い。蠍が一緒にいなければ、確心を持って追えなかっただろう。
昨夜は連中も一泊したらしい。気配が止まっている内に追い付きたくて焦ったが、夜道の進行を馬達に拒否され、仕方なくテントで寝た。
今日になってみれば、崖っぷちの道や獣との戦いもあり、暗い中では危なかったと冷や汗をかいた。
そして、ウロスが待つブシクの町で、ルーの動きが止まった。
半日程遅れて日が落ちた頃に門の前に立つと、ウロスが駆け寄ってきた。肩に飛び乗って耳元にすり寄り、念話も混ぜながら早口に報告する。
その焦りように、ウロスもルーが気に入っていたんだと知らず微笑んでいた。
ウロスが追った一行は、ロハティン村の近くで小休止している。十騎以上の騎馬の一軍と接触して、また北へ向かったそうだ。これは、謀られたな。
ルーは二騎の騎馬で連れ込まれ、真っ直ぐ町で一番大きな屋敷に入った。指示を受けたと分かる対応だったらしい。
その後蠍が出て来て、暫く牢屋にいたが、夕方から食事をしたり風呂に入れられたりし始めた、と伝えて戻ったという。
ルーの所へ向かいながら、二頭の馬をどこへ隠そうか、どうやって侵入するかと考えていた。
妙な気配がした。何気なく振り返り、違和感を探る。
風景の中で一ヶ所だけ、影が掛かっていない。なるほど、カメレオンの様に擬態している。いや、魔法の探知でも見逃すということは、ステルスに近いのか。
違う方向を見たまま近寄る。射程外から狙い、一気に目前まで槍先を伸ばした。
「魔道具か。あの子といい、世界は広いな」喉に触れんばかりに槍を突き付けられて、女戦士が笑う。スキュタイの装備。なるほど、速いはずだ。
頬を腫らしているが、昨日の傷にしては生々しい。
「あの子?」
「あんた、デレヴリャー族かヤレムチェ村の人か?」そんな事を言うのは……
「そうだ」力が抜けそうになるのを抑える。まだだ。
「無事だと伝えて欲しいと言われた」槍を引き、馬に凭れた。安堵の余り、倒れそうだ。
「無事ではいられないだろう、と答えたが」女戦士のまなざしは真摯だ。
「どこにいる?」身体を起こす。一刻を争うと言うことだ。
「厩から行こう。あんたはわたしの客、傭兵仲間だ。名は?」
「ユーリイと。貴女は?」
「ランペト。ミュリナの養女だ」バーバ・ヤガーの所にいる娘だ。ここでその名が出るか?
話しながら歩き出した。
「養女はもう一人いる、マルペシアだ。あの子と一緒に、今夜の宴に出されている。主賓はウールヴヘジン、日暮れに合わせて始まっている筈だ」慌てて事情を聞こうとした。
その瞬間、全身の肌が粟立った。
「ルー!」濃密な闇の気配。何が起きたのか、蠍の混乱と恐怖が伝わって来る。
駆け出そうとした私の腕を、ランペトが掴んだ。
「待て。マルペシアが来るなと言ってる」強い、振り離せない。
「暴れるな! マルペシアは武器を持っている。自分の相手は殺ったから、食われる前に助ける、そう言ってる。落ち着け!」
先に厩だと言われ、震えを抑えて歩き続け、馬を預ける。ウロスも待たせることにした。
使用人に手を挙げ、ランペトが奥へ進む。走り出しそうな足を抑えて、後に続く。
「ユーリイ、傭兵候補だ。わたしの後釜のな」扉の横の護衛に話しかけている。
「そうだ、マルペシアが上手く子種を仕込めてたら。様子を見てくる」
ふいに、闇の気配が霧散した。甘い香りが漂ってくる。ルーが発情しているんだ。ふらふらと引き寄せられかけた私の肩を、護衛が掴む。
「少し待っててくれ。おい、酒でも持って来い」
「いや、水を頼む」そうだ、しっかりしろ。クヴァシルが何と言っていたか、思い出せ。
『万が一、自分が傍にいない時に発情し、敵に襲われた時には、呪いが解けるまで待ち、終わったことを確認する。その後ルーを取り戻し、誰にも見せないよう、発情が終わるまで二人で籠る』そんなの無理だ。耐えられない。
今すぐ飛び込んで、ルーを抱きしめたい。震える身体を壁に押し付ける。
ランペトが出てきた。女性を一人、支えている。護衛に声を掛けた。
「皆クスリの効きすぎでおかしくなってる。窓を開けてきた。薄れるまで誰も入れるな」
「なんだと?」騒ぐ護衛に構わず女性を押し付けて、こちらに向かってくる。
「ユーリイ。怪我人を連れ出したい。あんたはクスリに慣れてるだろう、手伝ってくれ」
ランペトの震える声が、深刻さを伝える。
室内へ入ると、甘い香りに隠されていた死臭と僅かな血臭が立ち上る。主賓席の後ろや横に、押しやられた死体がある。大きな損傷は見られない。ルーの血か?
ランペトは他の扉も開けながら、まだ入るなと怒鳴っている。
惨状の中で、まだ蠢いている男達がいた。男達は無表情で、こちらを向いても視線も合わない。
ルーの首元に出血の跡があるが、血は止まっているようだ。
ルーが視界に入った途端、強く惹き付けられるのを感じる。注視は避けて側に駆け寄った。
男達の頭を順番に殴って、意識を飛ばす。避けようともせず、倒れていった。数人は明らかに使用人だ。匂いで引き込まれたのか。
「呪いは解けている。次は発情への対応だ」自分に言い聞かせ、ルーから視線を逸らしたまま、掛布を被せる。
力を失った身体を抱き上げると、ルーが吐息を洩らし、匂いが強くなった。
掛布で何重にも包み、抱えて歩き出す。
小さな影が走って来た。蠍が部屋の隅に隠れていたらしい。そのまま私の身体を掛け上がり、布の中に潜り込む。
「ありがとう、助かったよ」と声を掛けると、頷いたようだった。
表に出ると、アマゾネスがもう一人増えていた。
彼女らと話していた、リュドミラとマリーチカが駆け寄って来る。追い付いたんだな、かなり無理をしたんだろう。
「大丈夫だ。けど、クスリのせいか、発情してる。どこかで籠らなきゃならない」片手を挙げて、二人を制した。
「儂の家を使えばいい」老婆だ。足元は見えないが、臼に乗っているんだろう。明らかに精霊、バーバ・ヤガーだな。
「養い子が世話をかけたようだ。落ち着くまで貸そう」後ろから、脚の生えた家が近づいて来て、その脚を折る。
「ありがとう、お借りする」頷くと、箒を持ったレーシーとチェロヴィクが家に駆け込んで行く。
ゴランとモノケロスの姿は見えないが、後は任せよう。
家に入ると窓の外の景色が高くなり、動き出す。室内では僅かな動きも感じないのに。
小さな小屋に見えたが、三室以上ある。
「風呂がある。入れるぞ」レーシーが呼びに来た。
「チェロヴィクに世話を頼みたい。私ではそのまま動けなくなりそうだ」頷くレーシーに付いて、風呂場へ向かう。
ルーを掛布ごと洗い場に寝かせて、湯桶と布など湯あみの準備を一式持ち出す。
私も随分汚れている。このまま、他人の寝室を借りるのは気が惹ける。
レーシーの手を借りて服を脱ぎ、身体を拭く。かなり沢山、小さな怪我をしていた。
レーシーにベスタの軟膏を塗り付けられ、身体を震わせた。良く効くし、気前良く分けて貰えて有難いのだが、とにかく滲みる。
クスクス笑われながら、寝台に入る。
「レーシー」どう言おうか悩みながら声をかける。
「何も言わなくていいぞ」先手を打たれた。
「チェロヴィクを呼んでくれれば、世話しに来る。その他は放っておく」ただ、頷いた。
さあ、もう一つの戦いを始めよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
三幕はあと数話です。一月中、三幕終了までは毎日投稿、その後は週一投稿の予定です。
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