三幕~花の墓標~七話「略取」
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今章の佳境に入って参ります。楽しんで頂けますように……
「おはよ」大好きになった優しい声。シルエットだけでも、イアリロだと分かるけど。
「おはようございます」きっと、俺は幸せそうに笑ってるんだろうな。
そっと降りてきた唇を目を閉じて迎える。抱きしめられて、静かで暖かな目覚めの時を過ごした。
「さて、朝食を食べたら出発だ。バーバ・ヤガーの家に向かうよ」うん、と頷く。
今日は、恋人を待ち続けるアマゾネスのミュリナに、会いに行く。
その後、元々の目的地であり、ウロスの待つ北の町へ向かう。
「もっと、ゆっくりして行かれれば宜しいのに」親方や弟子達が、引き留めてくれる。
これ以上、恋人達を待たせられないよ。ほらもう、一人で飛び出して行っちゃいそうだ。
心のこもった歓迎に礼を告げて、慌ただしく出発する。
真っ直ぐ北へ。昼頃にロハティン村に着けば、今日中にバーバ・ヤガーの家を見つけられるだろうとレーシーが言う。
「なにせ、あの家には脚があるからな。動かれちまったら仕切り直しだ」
速度が必要だから、猪のチェロヴィクはリュドミラと、レーシーはゴランとの相乗りだ。
「大丈夫。これだけ待たせたんだもの。今日でも明日でも同じよ」マリーチカが笑う。
ぎゅっと握った手は、反対の事を言ってるよ。ゴランまで笑ってる。
とにかく、昼までにロハティンね。
どこかで聞いたことがあるなぁと思ったら、オスマン・トルコの妃になった女性の出身地だ。確か、タタール人の襲撃で拐われて奴隷にされたんだったな。
「……だから、美人が多いかもしれませんね」と、イアリロに言うと、
「私には、ルーより美しい人なんていないよ」と投げキッスされた。多分俺は真っ赤だ。
イアリロ。前世が真面目な日本人、今世が無口なスラブ男とは思えないよ……
しかし、予定通り昼前に着いたロハティン村は、襲撃を受けていた。
「嫌な気配がするよ」イアリロが呟いたのは、村の十K程手前だった。
「ウロスが追ってた連中ですか?」風魔法の練習を止めて、探知の範囲を広げながら訊く。
「いや、ウロスは北から動いてない」やっぱり、イアリロの探知は凄い。
「内陸だぞ、どこから来た?」ゴランが顔をしかめて、呟いた。
少しだけ道を反れて、小高い丘から村の様子を伺う。土煙が上がって、馬の嘶きも聞こえる。ここから先は、遮蔽物が全くない。慎重に、探知の網を薄く伸ばす。
「馬が十頭、北の門の辺りにいる。もう戦いは終わった様子。人々が纏まって、三十人程と数人に別れている」探知の結果を伝える。
「これから略奪か。火も準備している。この時期に家を焼かれると辛いな。今ならいけるか」イアリロも、村の方に集中している。
振り返り、じっと俺を見つめる。
「ルー、リュドミラ、マリーチカ達はここにいてくれ。もしこちらへ逃げる奴がいても、追撃はしなくていい」
俺たちは標的になる。足手まといだね。三人で十人相手か。大丈夫、なんだよね?
「はい、ここで待ちます」
イアリロが頷く俺の額にキスしてゴラン、レーシーと騎乗したまま、静かに村へ向かって行く。木々の気配がそっと三人を覆い、存在が薄れていく。なるほど、こんな風にするのか……
村は、変わりないようだ。三人の気配が村に辿りついた。静かに移動している。密かな殺戮が、始まった。
こちらへは影響はない筈、だけど。何か気持ちが悪い。何だ、これ?
警戒を緩めず見回す俺に、リュドミラとマリーチカがそっと馬達を押さえて下がる。
マリーチカの頭の位置が、少し高くなった。
「ミュリナ?」マリーチカの声と同時に、槍が飛んできた。
マリーチカを突き飛ばし、槍をダガーで弾く。槍先が僅かに、頬を掠めた。
「行け!」怒鳴りながら飛び出した。
女戦士が剣を突き出す。ダガーで受け、剣を抜く。下から切り上げたが、盾で防がれて後退る。
矢が頭上を越える。リュドミラ達を狙っているのか。風が動く。モノケロスだ。二人を頼みます、と心で呟く。
女戦士の猛攻が続く。ゴランくらい強いかも。長くは保たない。気を反らして逃げなきゃ。
打ち合いながら、魔法を発動しようとするけど上手くいかない。
息が切れ、脚が縺れる。しまった。毒か!
剣を奪われ、倒れ込む身体を担ぎ上げられる。
服の中に潜り込む蠍の気配がする。
「行くよ」女戦士の声だ。
「でも、村は……」
「……だけで、充分……」意識が薄れる。
――――――――――――――――――――
「ミュリナ」呼ばれてる……?
「どうして、帰って来ないの」女の子が泣いてる。
「あたしが、あんなこと言ったから……」
「わたしが言うことをきかないからさ。あんな奴、忘れてしまえ」もう一人は、泣きながら怒っている。
違うよ、旅に出たかっただけ。
そうだ、あんた達がいたね、ごめんよ。
誰も待ってなんか、いないと思ってたんだ。
――――――――――――――――――――
「マルペシア、ランペト」夢のままに呟いた。
馬に乗せられたようだ、身体が揺れてる。起きていられない。
「ルー……」遠くで、声が聞こえた気がする。イアリロ、また、心配するだろうな。
ピチャン、と水音がする。暗い。身体が冷たい。
首を上げようとすると、何か嵌められている。手足もか、重い。やっと身体を起こすと、鎖が床を這い、ガチャガチャと響く。
拐われてから途中で一晩、小屋とも言えないけど、一応屋根はある所で眠った。
馬から下ろされ、水袋を口に当てられて何とか飲んで、そのまま意識を失ったと思う。
今朝も排泄と水分補給だけで、馬に乗せられた。
馬から下ろされたのは何となく分かったけど、ここが目的地だったのかな。ということは、馬を飛ばして丸一日くらいの距離なのか。
「起きたのかい」声がする。
どこかで聞いた。知ってる筈だけど…… 思い出せない。霞みが懸かる頭を振るのさえ、儘ならない。寒気がする。
「毒が残ってるんだね。後には引かないと思うけど、抜けるまでに二日はかかるよ」やっと、声の方を見られた。
間に格子がある。俺も相手も、檻に入れられているようだ。
相手は……ひどい顔だ。随分殴られてる。身体を投げ出して、ガックリと座っている様子を見ると、身体も傷めているんだろう。
「なんて顔してんだい。あんたを捕まえたのは、わたしだよ?」笑っても痛むらしい。
「なんで、わたし達の名を知ってるんだい?」そのせいで、殴られたのかな。
「ミュリナの、夢を見たから」まだ会ったこともないからなぁ。
「夢?」うん、と頷く。
「十年ほど前に、死んだって」絶望に染まる瞳を見て、慌てる。
「でも、会えるよ」何と言えばいいのか。
「夢で、かい?」慰めじゃないんだ、と首を振って、でも……そうだ。
「祠とかでも」女戦士が顔を上げる。
「祠?」また、頷いた。
「あいつらしいな、神様かよ」楽しそうに笑った。
「悪いね、わたし達も仕事でさ」女戦士が話し続ける。思い出した。彼女はランペトだ。
「けど、あいつらはマルペシアを連れて行った。必ず後悔させる」怒りの炎が見えるようだ。
ゆっくりと凭れていた檻から身を起こすと、後ろの柵が切られているのが見えた。
「鎖は切れないからね、置いていくよ。知らせたい人がいるなら、一応訊くけど。約束はできない」うん、と頷く。
「バーバ・ヤガー、ヤレムチェ村かデレヴリャー族の人、誰かに出会ったら、無事でいると伝えて」
「また、見つけるのすら難しそうだね」笑って、ふと、真面目な顔になる。
「無事じゃ、いられないと思うよ」だろうとは思うけど。
「今夜の主賓に提供する、と言ってた」提供?
「ウールブヘジンだ、食われるかもしれない」貞操だけじゃ、すまないか。
手を上げて出ていく、しなやかな影を見送った。
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