三幕~花の墓標~五話「ハールィチ」
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綺麗な町だ。大きめの家々、青々とした畑が広がり、それを見下ろす丘の上に砦がある。側近くドニエストル川が滔々と流れ、西には靄の上にカルパティア山脈が覗く。
俺は興奮していた。人が沢山いる。爺婆だけじゃない! 妖精じゃない若い人や子供までいるんだ。凄い!
「それは凄くないよ」イアリロも皆も笑っている。そうかな?
村とは違い、町の人達は遠巻きに見ていて、近くに寄ってくるのは子供くらいだ。
「お姉さん、何の獣人なの?」中でも年嵩の子供が、周囲の子達にせっつかれた様に訊きに来る。
「虎人族だよ」と答えると、ワッと群がって来た。
「こじんって何? ライオンじゃないの?」
「綺麗なしっぽ、触らせて!」
「ユニコーン、どこにいたの?」うわ、どうしよ。
俺が笑顔で困っていると、イアリロが馬上から肩に触れて
「こら、私の可愛い奥さんを、困らせないでおくれ」と笑いかける。
またワッと声が上がるが、イアリロはにこにこしながら、手を振って進み、上手く逃がしてくれた。
『馬鹿者。子供とは言え、あんなに近寄らせるでない。危ないではないか』あ、そうか、足踏んだりするかな。
「ごめんなさい」と皆に頭を下げた。
「気にしなくて大丈夫。でも、子供に紛れて良くない事をする者もいるから、気を付けて」良くない事って何だろう。
首を傾げていると、イアリロが真面目な顔になった。
「そうか。村には変な奴等は入れないし、クヴァシルも教えていなかったのか。一番多いのは人拐い。泥棒も、盗賊もいるよ。子供だって、手先に使われる事があるから気をつけなきゃ」え、こんな田舎でも?
「こりゃまた、箱入り娘だな」レーシーも、
「私達の村でも、盗賊の用心くらいはしたわよ」ルサールカも、呆れた様子で言う。
頭の中で、モノケロスのため息まで聞こえた。ありゃ……そうなのね。
丘を登って砦に行ったが、族長は留守だった。三か月程前から戻らず、他の客達も待たせているのだと謝られた。
「族長はどこにいるのかな、本気で心配になってきた」イアリロが悩んでいるから、
「最後に出掛けた時、誰とどこへ行ったのかを訊いてみたら?」と言ってみると、
「そうだね、ちょっと訊いてくるよ」と、祖父である長老と深刻な顔で話している。
その間に、お湯を持って来てくれた従者に、どこか泊めて貰えそうな所がないか訊いてみた。
「鍛冶の親方なら羽振りも良いですし、土産話でもあれば、喜んで泊めてくれると思いますよ」レーシーが言ってた通りだ、と見ると、頷いている。
長老と話して戻って来たイアリロの顔は曇ったままで、鍛冶の親方の所へ行こうか、と言うと、半分上の空で頷く。
皆を見ると、肩を竦めたり曖昧に微笑むだけ。とりあえず、行ってみますか。
「おお、デレヴリャー族の。存じておりますとも」鍛冶の親方は、笑顔で歓迎してくれた。
「ぜひ、お泊まり下さい。旅のお話や、その武具を見せて頂くだけで、こちらからお願いしたいくらいですよ」うーん、イアリロ、ぼんやりしてるけど、いいの?
「武具は、管理してくれる人が後で来ますので、相談してからにさせて下さい。土産話は、できるだけさせていただくので……」これでどう?
ん? もう一押しかと、にっこり笑顔も付けたけど、返事がない。
イアリロが突然、俺の肩を抱いた。復活したんだね。
「ご厚意に甘えます。では、私と妻は狭くても同じ部屋でお願いできますか?」何だか、笑顔が怖いよ?
「も、勿論ですとも」親方がひきつった笑顔で答え、今夜の宿が決まった。
部屋に入った途端、ルサールカはクスクス笑い出すし、レーシーもニヤニヤしながら箒を立て掛け、チェロヴィクが笑顔で現れた。
「……?」イアリロを見つめるけど、ため息を吐いて抱きしめられた。うーん?
「ルーは私から離れないこと」分かった。世間知らずだからね、と頷いた。
夕方になって、リュドミラとゴランが到着した。俺がホッとしたのが分かったのか、リュドミラが抱きしめてくれて、涙が出そうだった。やっぱり箱入りかも。
鍛冶の親方は、宴会でゴランを紹介すると、一気に大人しくなった。良かった、武具を触られないか心配で、モノケロスに預けようかと思ってたんだ。
でも、イアリロが北方との取引について水を向けると、矢尻や槍先が喜ばれて『良い取引』ができている、と鼻を膨らませた。これは、かなりの量が渡ったな…… 握りしめられたイアリロの手に、そっと触った。
リュドミラは奥方達とニコニコ話してて、時々奥方達がこちらをチラチラ見てるけど、行かないよ! 絶対からかわれるに決まってる。
レーシーは少し離れた所で、鍛冶屋の弟子たちと盛り上がってる。ゴランは周囲の話に時々頷きながら、ひたすら食べてる。余り話しかけられてないみたい。良いなぁ、強面って。
チェロヴィクはイアリロと俺の、ルサールカはリュドミラ達の給仕をしてくれてる。
蠍はモノケロの厩舎にいる筈だ。ウロスはリュドミラ達を案内してから、丘に遊びに行ったそうだ。
宴会が無事終わり、皆でイアリロと俺の部屋に集まった。一番広い客室で、控えの間も付いてる。リュドミラに泊まって貰うことにした。
ルサールカの話だ。気にしてない様な顔をしてるけど、ちょっと震えてる。側に座ってそっと手を握った。
「長老は最初は何も話さんかったがの。ルサールカを見て驚いた老婆にも話を聞きに行っとる、と言うと渋々話し始めた」リュドミラがゆっくり語る。
「始まりは、二人の移住者だった。旅人のヴィルとマリーチカが村に居着き、羊飼いと小間使いになった。長はその頃は村長で、娘のシンはヴィルと、女戦士のミュリナはマリーチカと仲良くなった」
「娘のシンが湖の地下水脈について長に尋ねた時に、何かおかしいと気付いた。ヴィルは隣村へ優先的に水を流す為に、シンから情報を引き出そうとしていたんだ。長はミュリナにマリーチカから何か聞かれていないかと尋ねたが、特に聞かれた事は無いようだった」
「シンはヴィルと別れるように言われても、言うことをきかなかった。長はミュリナにヴィルを殺すよう命じた。ヴィルはマリーチカを伴って湖の側の崖に逃げた。シンが後を追ったが、マリーチカは湖に身を投げた。ミュリナはヴィルを殺したそうだ」
「ヴィルを殺されたシンは嘆き悲しんで、ミュリナを責めた。長は娘を諌める為に、ヴィルに騙されていたことを教えた。でも娘は信じなかった。シンは『マリーチカが悪いのよ、ヴィルを誘惑するから。だから突き落としてやったの』と長に告白して、笑った」
「長は全てを闇に葬って、自分が二人の結婚を許さなかったのが悪かったんだと周囲に伝えた。シンがヴィルの子どもを宿していたからだ。でも、ミュリナへの罪の意識は強く、彼女がいなくなると困る事もあり、マリーチカが村を守ってくれたのだと、その村と友人の眠る湖を守ってほしいと懇願した」
「ミュリナは長く村を守っていたが、十年程前に死んだ。長と村人達は祠を建ててミュリナとマリーチカを祀った。ミュリナは湖の守り神になった。これが長の話だったの」リュドミラが語り終えた。
ゴランが口を開いた。
「儂はもう一人、ルサールカを見て驚いていた老婆の所へ向かった。口封じをされるのではないかと恐れたからだ。探すと老婆は湖の崖の祠にいた」
「老婆は、ミュリナ達と同じ頃に長に仕えていた。そして、ヴィルとマリーチカがこっそり会っていたのを見てシンに伝えたことと、当日シンが湖に向かうのを見たこと、ミュリナとマリーチカは恋人同士であったことを教えてくれた」
「そして、もう一つ。当時シンはヴィルに、場所は知らないが湖には地下水脈があると教えてしまったそうだ。老婆は西の国が水脈を見つけたのではないかと疑っている。最近の水の少なさは異常だから、既に水を奪われているのではないかと」
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日々の楽しみの一つにして貰えると良いなぁ、と思いながら、投稿を続けます。




