三幕~花の墓標~四話「従者達」
ご覧頂き、ありがとうございます。
ルーは勿論、仲間の子達も可愛いと思います。
冬が来る。彼女と見た雪。彼女と手を繋いで、湖の氷の上を滑った。
暖かな火の側で彼女にキスをして、彼女に愛を囁いた。
何を見ても、何をしても、彼女がいない寂しさばかり。
彼女は冷たい湖の底にいる。何度潜っても見つからない。
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少し、眠っていたようだ。また夢を見た。寂しい夢だ。ルサールカと会えたら喜ぶだろうな。でも、何か問題があるような気がする。なんだろう……
イアリロが、戸を開けて、桶を受け取っている。村人が、湯あみ用に、お湯を持って来てくれたようだ。
身体を拭き終わると、ルサールカ達が食事を届けてくれた。
皆で食卓を調え、チェロヴィクが給仕してくれる。
「ありがとう、すまないね」落ち着かない俺の手をそっと握って、イアリロが微笑み、皆に声をかける。
「いや、人里に入ったんだ。従者らしくしなきゃな。これも面白い」レーシーは楽しそうだ。
「モノケロスが、明日からはルーを乗せるって言ってたわ」ルサールカの言葉に俺は首を捻るけど、
「その方がいいかもしれないな。ルサールカは大丈夫?」頷く二人で、話が決まったようだ。特に拘りもない様子だし、後でイアリロに訳を尋ねよう。
食事を終え、片付いた机に向かった。『ネフライト物語・要約』の完成には、もう数夜掛かりそうだ。
「そんなに慌てなくてもいいよ?」イアリロは言うけど、預言で助けられる命があるかもしれない。できる限り伝えておかなきゃ。
夜が更けて、イアリロが俺を抱き上げる。
「今日はここまで。寝支度の時間だよ」
この辺りの家は、風が強いからか、壁の半分ほどまで掘り下げて、低い所は石で囲って作られている。室内では狭い感じはしないけど、外から見ると、ぺしゃん、と潰れた感じだ。少し小高い所にあるし、水害の心配は少ないのかな。
夜空に星が瞬いている。明日もいい天気のようだ。
寝台に入り、イアリロの胸に抱かれて、寝入るまでの一時を、とりとめない話をして過ごす。この時間がとても好きだ。
「どうして、俺がモノケロスに乗る方がいいんですか?」夕飯時の事を思い出して訊いた。
「その方が自然だからだよ。ルサールカは村娘の姿で、私達の使用人に見える。モノケロスは希少な動物だ。ユニコーンと間違えられても、君が乗っていれば乙女だから、で済む。虎人族も珍しいから、どうせ目を引くしね」聞けば、成る程だね。
「でも、モノケロスとルサールカは話せるでしょう」俺は、ユニコーンと言って睨まれたくらいだ。
「用があれば、向こうから話しかけてくれるよ。君の経路も開いたし」イアリロは心配していないようだ。なら、いいか。
馬と気持ちが通じてきていたから、少し寂しいけど。
話している間に、暖かく眠くなってきた。イアリロがそっとキスをしてくれて、優しい眠りが訪れた。
「お早う」優しいキスで目覚める。ふと思い付いて、俺からもキスを返したら、暫く離してもらえなくなった……しまった。
「ごめん」イアリロがまた土下座しそうだ。
「もういいですよ、俺のしっぽが悪いんだし」ため息を吐いて答えた。
イアリロの手に、偶然しっぽが触れて、しっぽ信者のイアリロが狂乱した。
「いや、しっぽは悪くない! 悪いのは私だ!」イアリロが、憤然と答える……
ふと、我に返った。何やってんだか。
クスクスと笑いあって、おしまいにした。
湯あみと朝の身仕度、朝食を終え、出発となった。
小屋を出ると、村人の生温かい視線を感じた。うん、朝の騒ぎは聞こえたよね。
新婚と言って貰ってて、良かった事にしよう。
イアリロに抱えて貰って、俺がモノケロスに跨がると、怪訝な視線を受ける。
こりゃ、ユニコーンなのに乙女じゃなくていいのかとか思われてるな。もういいや、なんでも。
「ありがとう、村長とすれ違いになったら、よろしく伝えてくれ」イアリロが村長代理に声をかける。
「たいしたこともできんかったけど」
「可愛い嫁さんと仲良くな」
「あんまり酷い事したら嫌われるだよ」
「村長に会ったら、早く帰るよう言ってくれや」
村人の見送りに、赤くなって手を振って動き出した。
「ちょっと恥ずかしかったわ」ルサールカが笑う。明るくなってくれたのは嬉しいけど、ネタが自分達だから。
「うん、ごめん」偶然だから仕方ない、と頭で唱えながら、真っ赤だろう顔を隠した。
『全く。我が、ユニコーンに間違えられるのにも甘んじようと言うのに』え? 頭の中で聞こえたの? 周囲を見回す俺に、声が続く。
『モノケロスだ。キョロキョロするな、みっともない』わぁ、硬派だ!
『硬派? まぁいい。それより、お前はなんで風を使わんのだ?』風って?
『風の魔法だ。魔力の持ち腐れだろう』いや、この間まで、経路が閉じていたので……
『なんだそれは! 勿体ない事をしおって』すいません。理由は分からないんですが。
『ともかく、我が教えるのだ、しっかり学べ!』は、はい、ありがとうございます。
と、いう訳で、俺は魔法の師匠を得た。通常の探知と光の網での探知も続けながら、というので、かなり難易度が高かった。
『風を感じるんだ』風は感じてるけど。
『違う! 肌ではなく、心で感じるんだ!』心?
『風には精霊が宿っている。今もお前に話しかけているだろうが!』分からないな、目を閉じたら分かるかな?
『目は閉じるな、馬鹿者! 戦となれば、今日にも死ぬことになるぞ』はい!
皆は、モノケロスに怒られて謝ったり、ガックリしたりする俺を見て笑いながら、和やかに旅を続けた。
途中、湿地帯に入る前に、小休止することになった。
屋外だから、チェロヴィクは猪のまま。指示を受けているらしい、レーシーとルサールカが、楽しそうに軽食の支度をしてくれている。
イアリロと俺は、大きめの石を持って来て、椅子代わりにと準備していた。
「え……?」イアリロが石を持ち上げかけた姿勢で固まった。
「イアリロ、大丈夫? ぎっくり腰?」大変だ!
「いや、まだぎっくり腰には早いだろう」イアリロが戸惑った顔で、俺を見る。
「若くてもなるんです。ちょっとしたことで繰り返すから、無理しちゃいけません!」腰は大事だしね。
「腰は大丈夫。違うんだ」イアリロは、持っていた石を下ろして地面にしゃがむ。
「これを見てくれ」何も見えないよ? 俺も、イアリロの傍にしゃがむ。
「蠍の絵?」よく見ると、そんな気もする。
「いや、生きているらしいんだ。助けてくれと言ってる」うっすらした絵にしか見えない。
「水でも掛けてみます?」
「魔力を分けてくれって。どうしようかな」
「どうしたの?」ルサールカが寄ってきた。説明すると、
「いいじゃない、ちょっとくらいあげたら」あっさり答え、去っていく。
イアリロと顔を見合わせる。
「やってみる?」イアリロに言われ、手を翳す。ゆっくり少しずつ金色の光を注ぐ。
「あり、がと」小さな蠍が、砂色から黒くなって、動き出した。
「わ、動いた」驚いた俺がイアリロにしがみつくのを見て、ルサールカが笑っている。
「用意できたわよ、食べましょ」ルサールカに声を掛けられて、動き出す。
イアリロも下ろした石を持ちなおし、皆で簡易の食卓についた。
小さな蠍も付いてきた。馬に匂いを嗅がれながら、俺の足元に居座る。ルサールカに小さな肉の欠片を貰ってかじり始めた。
「なんだ、使い魔にしたのか」レーシーが笑いながら見ている。
「使い魔、いい?」と、蠍がおじぎのような仕種をする。
皆でイアリロを見つめると、
「分かった。ルーが助けたんだ、ルーの使い魔にしたら?」
小さな仲間が加わった。
ご覧頂き、ありがとうございます。平和って良いですよね……もうすぐ嵐が来ます。




