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三幕~花の墓標~三話「草原」

 ご覧頂き、ありがとうございます。

 カルパティア山脈を離れて、ルーにとって初めての世界へ足を踏み出します。

 二人減り、不思議な面々での旅が続く。


 ルサールカは気を取り直したようだ。いつもの笑顔ではないが、久しぶりの外の世界を興味深げに見回している。少し安心した。


 俺は魔法での探知と普段の探知を併用している。ゴランがいない分、しっかりしなきゃ。


「明日にはハールィチに着くな。鍛冶が盛んになってから、北の方との取引が増えていると聞いた。儂らは森に住むからよく分からんが。矢じり一つで弓矢の性能もぐんと上がると、喜ばれているそうだ」レーシーはのんびり話すけど、それって不味くないか?


「武器を渡しているんですか?」イアリロの鋭い質問が入る。そうだよな。

「ヘラ鹿や狼、熊の狩りに使うらしい」レーシーは、森へ来る狩人達から聞いたそうだ。情報通だね。

「ドゥレーブィの族長に確認した方がいいな。族長会に懸けるべき事だ」イアリロが唇を噛み締めた。


 俺達は、スラブ民族が苦難の道を歩んだ世界を知っている。

 欧州の歴史に詳しくない俺でも、青銅器・鉄器の流通しだしたこの時代この地域で、住民達が争いに巻き込まれずに済むとは思えない。


 魔獣の襲来が防げても、人間同志の戦いはどこででも起こる。

 四聖獣の役割は世界と黄龍を守ること。イアリロも、族長の三男としての発言しかできない筈だ。きっと歯痒い思いをしてるんだろうな。



 シネヴィル湖の扉から出て一日の移動で、山から草原へと、景色が変わってきた。


 雨の後で、草は青々としている。太陽の光を弾いて、明るく輝く草原。前世では世界一とも言われる、肥沃なステップに繋がる。

 ピィーと鳴く声に見上げると、高く鷲が飛ぶ。遠くに村らしい家々も見える。長閑な、美しい風景だ。


 馬達が嬉しそうに感じるのは、ぬかるんだ山道を抜けたからだろうか。

「守りたいな」ポロっと零れた呟きに、イアリロが頷いてくれた。


 自分が聖獣だと聞いても、なかなか実感が湧かなかった。ベスタの本体を見て、魔法が使えるようになり身体が変化して、漸く自分が人間じゃないと感じ始めている。


 まだ出来ることも増えず、周囲に助けて貰うばかりだけど。この世界と大切な人達を守れるように、強くなりたいと思った。



 走りたがる馬を宥めながら、早足で草原の道を進む。

 途中、イアリロが馬上から射た矢で野うさぎを仕留めた。騎射で、小さな獲物を一射ちだ。すごいなぁ。

 血抜きの為に立ち止まっている間に、俺も野うさぎ、レーシーは野鳩を一羽ずつ獲った。ルサールカも香草を摘んでいた。


「これで今日の宿を購えるね」イアリロは嬉しそうだ。物々交換が基本だから、宿代として、日持ちしない食糧を渡せるのはありがたい。


 少し日が傾いたが、追ってくる気配もないので、今日はリュドミラ達との合流は諦めて、カナッシュ村へと駆けた。

 馬達もモノケロスも、猪のチェロヴィクまで、楽しそうに走っていた。

 俺も虎になったら、走るのが楽しくなるのかなぁ。


 カナッシュ村は、農業と牧畜で暮らす慎ましく穏やかな村だった。


「まぁまぁ、よう来なすった」

「おぉ、ユニコーンとは珍しい」

「空き家にお泊めしたらよかろ」

「村長も、はよ帰ってくりゃええのに」

 口々に歓迎の言葉をかけながら、村人達が迎えてくれた。


「村長はご不在ですか?」イアリロが首を傾げる。収穫と貢納の時期に、村長が村を離れるのは珍しい。

「んだよ、ハールィチから連絡がないのにしびれを切らして、こっちから行っただ。貢納の割り振りを聞かんと、分配ができんからな」

「そうでしたか。我々もハールィチへ向かいますから、あちらでお会いするかもしれませんね」


 珍しい来客か新鮮な食材を暖かく歓迎してくれる村で、空き家を借りて休むことになった。

 レーシーがイアリロと俺を『新婚夫婦』と説明したらしく、二人だけ小さめの家に案内してくれた。


「村長がおったら、宴の一つも開くだろうに、すまんことで」と恐縮する村長代理の爺様にお礼を言って、足洗いの湯を受け取る。


 レーシーとチェロヴィクが付いてきた。

 レーシーが小屋の中に箒を立て掛けると、猪が可愛いメイドさんに変わった。なるほど、家に憑く妖精ってそういうことか!


 チェロヴィクはくるくると働き、瞬く間に俺達の荷解きと、寝台や寝仕度の準備をしてくれた。

 レーシーは武具を受け取っては、感嘆の声を上げながら、丁寧に壁際に置いてくれる。

 イアリロと交替して椅子に座って、俺が足を洗って貰い始めたところで、一通りの用がすんだらしい。


「夕食は後でお持ちしますね」チェロヴィクが声をかけてくれると、レーシーが箒を取る。

 猪の姿に戻ったチェロヴィクと、レーシーが出て行って二人だけになった。


 跪いて俺の足をゆっくり洗ってくれるイアリロに、声をかける。

「なんだい?」丁寧過ぎてくすぐったいよ。


「聖獣は、単一の地域や部族に肩入れしてはいけない、と言っていましたよね。イアリロは、自分の部族を導くことも許されないんですか?」できるだけ、静かな声で尋ねた。

 

「難しいね。昔、過度な介入をした聖獣は、そのまま霞の様に消えたそうだよ。所縁のできた大切な人達を護る為に戦うのは、何も問題ないようなんだけど」イアリロはため息を吐いて、俺を抱き上げた。


 寝台に下ろして、俺の服を着替えさせながら、話し続ける。

「聖獣としても、私達四人は特殊なんだ。これまでの聖獣達は、前世をこの世界か、違う世界であっても、あまり変わらない時代や、同程度の文明レベルで生きていた人が多い」え? 初めて知ったよ。


「黄龍が妨害者に対抗するのに、私達の知識か何かが必要だと判断したんだろう。二十世紀以降の日本人の、何が役に立つんだろうね」イアリロが微笑う。


「それがまた、リンダを苦しめたんだ。クヴァシルとベスタは、必要な知識を持っている。自分は代理だから、役に立たないって。私が日本からの転生者だと分かって、とても安堵して、少し嫉妬していたよ」イアリロは寂しそうだ。


「俺はリンダを尊敬します」どう言ったらいいんだろう。

「親が側に居なくて親代わりの聖獣に育てて貰う、それは俺もだけど。リンダは不十分な知識を継いで、自分では力不足だと思いながら育ち、周囲にこんなに惜しまれるほどしっかりとその役目を果たした。そして、やっと掴んだ幸せを俺と俺の両親の為に投げ出したんだ。そんなリンダに命懸けで守って貰ったのに、俺は……」泣かずに、話したいのに。


 イアリロは俺の言葉を遮るように、俺を引き寄せ抱きしめた。

 

 寝台に横になって、イアリロの鼓動を聞いている。

「ルーは、生まれてきてくれただけで私を救ってくれたんだよ」イアリロの低い声が好きだ。

「私は、母を失って泣き暮らした。父に兄にモコシにドラガン、皆に宥められ甘やかされて、諭され怒鳴りつけられても泣き続けた」うん、誰がどうしたか、よく分かる。


「そこへ、シャナが来たんだ。シャナはドラガンの妻で、西の祠からペネロペを連れてアイオライトを訪れた」イアリロは俺の顔を見つめて微笑む。

「ペネロペは君を護る為に、人間の様にお腹に卵を宿して旅して来たんだよ。私は、彼女のお腹に耳を当てて、君の鼓動を聞いたんだ」俺もさっき、イアリロの心臓の音に安らいでいたところだ。


「君が生きていてくれる。リンダがいなくなっても、その記憶と思いは私の中にある。そしてその命は、君やこの世界が引き継いでくれたんだ。私は、嫌いになりかけていた世界を、本当は愛していると気付いた。私もリンダも、世界が君を愛しているよ」

 イアリロの涙は、とても美しいと思った。

 

 ご覧頂き、ありがとうございます。

 ルーはぐじぐじしてます、よね? でもこの小説、まだ中の時間があまり経ってないんです……まだ泣いても、許してやって下さい。

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