三幕~花の墓標~二話「湖への扉」
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ルーと仲間達の冒険を楽しんで頂けますように。
モコシと話してからは『ネフライト物語ロードナイト編・要約』に取り掛かった。
もしも俺が死んだり、この預言を忘れたりして伝えられなくなったら、と心配になっている。せめて屋内で泊まる日や、落ち着いて書き取って貰える時には、書き進めておきたい。
イアリロはリュドミラとゴランに、イアリロの父親のいる、族都イースコロステニへの手紙を書いてくれるよう頼んでいた。イアリロと俺の婚約と新たな夢見があったこと、警告として考えられることを、二人の言葉で伝えて貰う。
「付き合いの長い二人の方が、上手く伝えられるだろうからね」とウィンクする。
色々な場所への調査依頼も、明朝発送するそうだ。
昨日の午後からの雨は、夜は嵐になった。イアリロに抱きしめられて、久しぶりにゆっくり眠った。イアリロもスッキリした顔をしてるし、元気で出発の朝を迎えられて良かった。
変な夢を見た気がするんだけど、内容は思い出せなかった。
イアリロは早朝に起き出して、祠に来る時に通った道を見張っていたウロスの迎えと、手紙を届けてくると言って出掛けた。ここからだと、ヤレムチェ経由で出した方が早く着くんだって……ヤレムチェ、侮れないな。
「ウロス、放っておかれたって、怒ってませんでしたか?」
「大丈夫。ここは嫌いらしいんだ。退屈だって」
朝食の木の実を頬張る様子は、確かにご機嫌だ。祠では何も起きない、か。俺には色々あったけど。
猿や狼を討伐した現場に様子を見に来た人間がいて、ウロスがその後を追ってアジトを発見した。イアリロの仲間に場所を伝えてあるそうだ。俺達は急に道を変えたから、待ち伏せをされたとは考えにくいんだけど。結局、目当てはなんだったんだろう。
朝食後、眠り続けるビプネンの様子を見に行って、そっと頭を撫でた。祠の隅に妖精達が寝台を作ってくれていて、まるで眠れる森の……クマはクマだった。
「気を付けてね。何か分かれば知らせて」幼女のモコシが心配そうに言う。
「はい、モコシもお元気で」
俺達各々に抱きつき、(俺とイアリロには祝福なしの)キスをして、見送ってくれた。
「三日しかいなかったのに、故郷みたいに感じますね」と言ったら、イアリロが嬉しそうに、少し寂しそうに頷いた。
そう、まだ村を出て五日目だよねぇ。
崖から落ちて神官がクマになるし、経路が開通して魔法が使えるようになり、初めての(狩りじゃない)戦闘。
祠に来てからもユグドラシルを見て、獣人化、婚約に女性化……目まぐるし過ぎるよ。
祠から北へ向かう道で扉を開くと、シネヴィル湖に出た。ルサールカの村はこの近くらしい。ルサールカは布で髪を隠して村娘の装いで、出発を楽しみにしていた。
この湖は夢で見た所。
青い空がそのまま映り込んだ様な、どこまでも青い湖。周囲を森に囲まれ、真ん中に島がある。湖面が朝日に輝き、薄靄が立ち上る。
静かで神秘的で、清澄な空気に満たされている。湖に突き出た崖に、小さな祠があるのが見えた。
扉は地面より少し高い所に出来たようだ。イアリロが先に出て、俺に手を伸ばした。その手に掴まって扉を越え、抱き下ろしてもらう。
続いてリュドミラ、ルサールカ、猪のチェロヴィク(名前ではなく『あの人』という意味なんだって)、小人のレーシーに手を貸す。
モノケロス(ユニコーンと言ったら怒られた)、馬達とその頭に乗ったウロス、ゴランが飛び降りてくる。ピブネンの馬は、祠で彼の目覚めを待つとイアリロに伝えたそうだ。
イアリロが手を振ると、扉がゆっくり消えて行った。
ルサールカは大きな青い目を潤ませて、湖を見つめていた。
「故郷の村はこちらの岸でいいかの?」リュドミラがそっと肩を抱いて、声をかける。
「ええ、案内するわ。馬なら三時間ほどかと思うけど」目を擦って歩き出した。
木々の生い茂る山道を、ゆっくりと下っていく。
「この湖は山に囲まれている。周囲の山に降った雨が流れ込むのと、地下水だけでできているんだ。だから、雨が多いと水深が深くなり、少ないと浅くなる。実はあの島が見えるのは、雨の少ない夏だけの筈なんだよ」イアリロが、景色を見て考えながら話してくれる。
「そうだ。今年は雨が多い。湖はもちろん、この辺りの川も、もっと水量がある筈なんだ。いったい何が起きているのか」レーシーが頭を捻っている。
本当は巨人なんだって。相変わらず箒を抱いて猪に乗る、髭を蓄えても可愛い小人の姿からは、想像もできないんだけど。
川に沿って山を下り、やっと村に着いた。村人達が、物珍しそうに見ている。老婆が一人、驚愕の表情でルサールカを見ていた。
ルサールカは彼女に気付かず、周囲を初めて見るような顔で見回している。きっと、随分時間がたってるんだろう、と思いながら、ルサールカに老婆のことを訊こうと近付いた。
視界の隅で、ふ、と何かが動く。何か飛んでくる! とっさにルサールカを引き倒した。イアリロはその前に立ちふさがる。ゴランの剣が、飛んできた物を払い落とす。カラン……と、軽い音がした。
「バケモノ!」女の高い叫び声が響く。こちらは中年? 熟年? の女だ。ルサールカを見ている。投げたのは、水差しか?
走って逃げようとしたけど、腰が抜けた様子で、這いつくばっている。
リュドミラがゆっくり近付いて行く。
「大丈夫かの? 驚かせてすまなんだ」穏やかな声に、女が振り向く。
話を聞くのはリュドミラが引き受けてくれるようだ。良かった。俺は話したくない。最初に気付いた老婆は、姿を消していた。
ルサールカを助け起こし、馬と一緒に池の端の林に連れて行く。木陰で休ませ、震えるルサールカの側に座り、肩を撫でる。
「大丈夫?」尋ねても返事はない。膝を抱えて、懸命に考えているようだ。何か、他にも記憶があるのかな。
モノケロスもルサールカの後ろに座り、背凭れになって慰めてくれているようだ。
モノケロスはユニコーンより大きく、乙女厨でもない。違う生き物なんだって。そういえば、昔絵で見たユニコーンは、もう少し小さかったかな。
あの女、いくら驚いたにしても、突然物を投げつけるのはひどくないか? ルサールカはこの村を守る為に死んだのに。
あれ? でも俺、なんで夢の中の彼女が、ルサールカだと確信してるんだろう。顔は、はっきり見てない筈なんだけど。
「待たせたの。このまま食事にしようかの」
リュドミラが戻ってきた。ゴランに女を抱えて貰って、自宅に送りながら話して来たそうだ。
村長の母親だったそうで、お礼だと食物を貰ったらしい。
さらに、女の父親は長老だそうだ。女の話では要領を得なくて、長老に事情を聞きに行く約束をしてきた。
もう一人、老婆が驚いていたと言ったら、やっぱりゴランも気付いていて、後で探しに行くつもりだと返事を貰った。
「長老の所でも、ルサールカが辛い思いをしそうだしの。良ければわしらで行ってくるで、先に次の村へ向かっておいてくれんかの」ルサールカは他人事のような顔だ。
「そうですね、バーバ・ヤガーの所に行く前に、少しでも情報があった方が助かります」イアリロがリュドミラに頷いた。
「次の村って?」と、訊きながら周囲を見回すと、レーシーが頷く。
「北西にカルッシュという村がある。ここから三時間ほどだ。今夜はそこで休んで、明日ハールィチへ向かえば良いだろう」ハールィチはこの辺りで一番大きな町だ。成る程、と皆が頷いた。
「では、カルッシュかハールィチで追い付いて貰えそうですね。私達の位置はウロスが分かる筈です。連れて行って下さい。では、食事を取ってから、先発します」イアリロがウロスを差し示す。連絡係ってことだね。
村長に貰った、果実やパン、リュドミラが用意してくれたチーズなどで、美味しい食事となった。
ルサールカは果物と水を少し口にしただけだ。
「元々、妖精や精霊達はあまり食べないんだよ」心配する俺を、イアリロが宥める。
「ピブネンは特別。聖獣寄りだからね」驚く俺を見て、クスクスと笑っていた。
ウクライナ、行ってみたい所がたくさんあります。せめて物語で旅しましょう……読んでくださった方が「行ってみたいと思ってくれる」小説を書けるようになりたい(野望)です。




