三幕~花の墓標~一話「湖の伝説」
ご覧頂き、ありがとうございます。
三幕が始まりました。謎が謎を呼び、これからが冒険本番です。
「おはようございます」朝食の支度が整えられた、大きな小屋に入る。
「雨が降る前に、調整するぞ」
挨拶も返さず、何も言わずにじっと俺を見つめたゴランは、吐息の後に宣告した。せっかく昨日、力が強くなった、刀も使えそうだと言ってくれたのに、すぐこれだもんね。
俺の落ちた肩に、イアリロが手を置いてくれた。
今日の朝食には美味しい果物が多い。ベリーに大喜びしていたビプネンを思うと寂しくて、涙が溢れそうだ。この季節が終わる前に、起きられるといいけど。
これもバレたらしい。背凭れになってるイアリロの腕が、そっと俺を抱きしめた。
「チェロヴィク」リュドミラが話しかけてる。白い髪の可愛いメイドさん、だけど。
「持ち物の点検をしたいの。手伝ってくれない? こう雨が多いと、湿気で傷む物は交換しておいた方がいいでしょう?」
「はい、皮製品や火種等の防水も、しっかりしておかないと」イアリロを見つめると、黙って頷かれた。
そうかぁ、昨日の猪があの子なんだ。個人を特定できるほど、気配が読めるようになるには、時間が掛かりそうだ。
食後、各々に武具・防具が返される。イアリロは、俺の武具だけ置いて、残りを小屋に運んでくれた。
「モコシから、バーバ・ヤガーと娘の話を聞いておくよ。頑張って」
リュドミラに足を診て貰ったイアリロは、まだ訓練の許可が出なかった。先日の戦いで、無理をしたらしい。
「仕方がなかったとはいえ、しっかり治さんと、ドラガンに怒られるでの?」イアリロが身震いしてた。
ゴランの拳骨より怖いってことだ、気を付けよう!
「まず、弓だ」ゴランの言葉に従って、戦神に祈って弓を鳴らす。流石ゴラン、いい音だ。軽くM字を描く形の洋弓で、強度を増した合成弓だ。製造や修繕方法は門外不出の筈。
妖精達が用意してくれた的に向かって、矢を番える。一度目を閉じて集中し、的だけを見つめて引き絞り、放つ。数回繰り返した。俺は小さいから短い半弓で、射程が短く威力も低い。実戦でもっと速射の練習が必要だと実感した。
「ふむ、弦を変えよう。剣を振れ」はい、と頷き、右手に剣を持つ。ショートソード、グラディウスと言う種類だそうだ。柄までで七十Cほどと短めだが、俺にとっては普通の剣。肉厚・幅広の両刃、先は尖っている。
映画の様に剣を回したりはしない。重いこともあるけど、大切な物を落としたり、壊す様な危険は犯さない。振り上げ、振り下ろす。引いて、突く。何度も繰り返すと、効率的な動線を身体が覚える。
「よし、次は短剣だ」左手で構える。剣を使う時は、この短剣が盾替わりだ。鍔が受け口になっていて、手を傷つけずに相手の剣を止められる。ダガーと言うそうだ。以前は腰に付けていたけど、武具が増えたから、今はブーツに付けてる。
狼の動きを思い出して動く。牙、爪、体当たり、迎え撃つにはどうするか。短剣だと自分が怪我をしないように、素早く動かなきゃならない。突く、引く、投げる仕草。動きやすい。この身体にはダガーが向くのかも。
「最後、刀だ」クヴァシルに貰った、片刃の湾刀。サーベルより日本刀に近い。俺の為に作ってくれた武具だから。上から下、下から上、斜めと、想像の狼に対応して動く。重みが辛いかと思ったけど、それを生かしていけそうだ。
「よし、休憩」ゆっくり上半身の動きを止める。少し歩いてクールダウン。座り込んだところで、メイド姿の妖精が水を渡してくれた。
「ありがとうございます」ニコッと笑って離れて行く、彼女がチェロヴィクだと思うけどなぁ。
今回の戦いでも、色々な武具を使う大切さを実感した。狩りでも、何度も死にかけた。この世界は優しいだけの場所じゃない。師匠達がいなければ、俺もここにいないだろう。
もう一廻り、今度は複数の武具を使ったり、急に持ち替えたりして、訓練は続いた。
雨がポツポツと振り出し、終わりの合図が出る。
「ありがとうございました」ゴランは下げた頭に、ポンと手を載せて、よし、と呟いて去って行く。
村の師匠達の基準じゃ、これが称賛なんだから。
イアリロの言葉の多さの方が特殊だと思うなぁ。
「お疲れ様」思い出したら、傍にいた。クタクタの身体を抱えて、キスしてくれる。
屋根のある所に座らせて、武具を小屋に置いてから、また迎えに来てくれた。
うとうとしてたらしい。布を掛けて貰ってた。そのまま抱き上げられて、小屋に戻る。
寝台に横になると、お湯が桶で届く。本当に良く働く妖精達だ。村じゃ全て自分でしてたからなぁ。
リュドミラがチェロヴィクの同行を喜ぶ筈だよ。手のかかる男どもで、すみません……。
身体を拭いてもらって、眠りに落ちた。
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「愛してたわ」大切な彼女の声が届く。守れなかった。
湖に落ちて行く、華奢な身体。
彼女を守る為に戦ったのに。
彼女を盾にされて、戦えなくなった。
彼女が命を投げ出してくれたから、わたしは戦い続けられて村は助かった。
でも、彼女がいない。彼女を守りたかったのに。わたしは、彼女と過ごす為に戦ったのに。
彼女がいない村は、わたしにとって大切なものではなくなった。
彼女の傍に行きたかった。
彼女が命懸けで守ったのに捨てて行くのか、と言われてとどまった。
でもいつまで? やっと逝けると思ったのに。
何度も、何度も夢に見る。
彼女を失った瞬間を。
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イアリロのキスで目を覚ます。
「昼ご飯が届いたよ、食べられる?」外は大雨だ。昼は各々の小屋で食べるらしい。
ゆったりと二人の昼食を楽しんだ。たまにはいいね、明日からはまた旅の空だもの。
食事中に、話してみることにした。
「イアリロ」ちょっと沈んだ声だったのか、真剣な顔で見つめられる。
「夢を見たんです。明らかに内容が続いているから、伝えておこうと思って」
昨夜から見ている夢のことを話した。イアリロは真剣に聞いてくれた。
「バーバ・ヤガーの所にいる娘の夢だね」え?
「すごいね、ピンポイントで拾うなんて。どういう意味があるんだろう。モコシにも話そうか」訳が分からないまま、立とうとしたけど、
「ちょうど来たけど、なぁに?」ちびモコシが、お茶を運んで来てくれた。やっぱり昼間は小さいのかな?
「なるほど、それは閉じ籠るわね」モコシも、娘の夢だと思うらしい。
姿勢を正して、イアリロが語った。
「ヴィルという名の羊飼いと、シンという娘が恋をした。父親はこの恋に反対して、従者に羊飼いを殺すよう命じた。娘は恋人が死んだことを知り、湖の中心にある小島で、男の亡骸を抱きしめて泣き叫んだ。シネヴィル湖は涙でできていて『恋人の湖』と呼ばれている。これが湖についての、一般的な伝説だ。前世でも聞いたことがあるよ」
「でも、真実がルーの夢にもあったとしたら?」ううん、と?
「女戦士が、村と恋人を守る為に戦った。彼女を止めようと、敵が恋人を人質にしたけど、恋人は湖に身を投げた。彼女は敵を倒し、恋人の後を追おうとした。でも村を守るよう頼まれて、亡くなってからも湖に縛られている」要約すると、こうなるかな?
「そういうことね。娘は湖の守り神なの。皆の信仰を受けているのに憔悴してきたから、どうしていいか分からなくて、バーバ・ヤガーに預けたのよ。何も言わないから事情が分からなくて。でも、どうしてこんなに違う話が伝わったのかしら?」三人で首を捻る。
「一緒に行くルサールカは、湖の麓の村の生まれらしいわ。時期は分からないし、場所くらいしか覚えていないらしいけど。道案内はできるでしょうし、先に村に寄った方がいいかもしれないわね」うん、と頷く。
辛い夢を見るのは嫌だったけど、何かできないかなぁ。自分が幸せだからか、そう思った。
ご覧頂き、ありがとうございます。
虎人の女の子の冒険が、やっと書けます!
どうか、皆さんも楽しんで下さいますように。




