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二幕 旅の仲間  六話「獸人」

ご覧頂き、ありがとうございます。

やっとここまできました……

「おはようごさいます」挨拶しながら、大きめの小屋に入る。

 大きめ、と言ってもビプネンがいるだけで小屋の半分が埋まっている印象だ。本人もそう思ったのか、壁に張り付く様に座っている。


 その体から、ほかほかと湯気がたってる……?

「ビプネン? どうしたの、その湯気」

「はぁ、どうしたんだか」二人で見合って、困った。

 

 イアリロがクスクス笑っている。リュドミラとゴランは、呆れ顔で見ている。

 いや、困るでしょ? モワモワ、という感じで、ずっと白い湯気が上がっている。手を翳すと、熱いわけではなく、温かい感じ。魔法を切っても、肉眼で見えてる。


 イアリロが笑いを堪えながら言う。

「熊は冬眠するくらい、体温や代謝の調整が細やかな動物だよ。運動の後で湯あみして、その後も暖かい室内に居るんだ。体温を下げる為に湯気が出ているんだと思う。多分、何度か温度変化を繰り返せば、目に見える程ではなくなるんじゃないかな」


 そうか、身体が調整してくれてるのか。人里に入る前に時間があって良かった。

 ビプネンも同じように思ったらしい。ほっとした様子だ。二人で顔を見合わせて笑い合う。良かった、良かった。

 噴き出す声に振り向くと、今度は三人共笑ってる。


「似た者主従だの、まぁ食事にしようの」リュドミラの言葉で、席に着く。今日も美味しそうだ。

 祠の食事は、結界内の畑の作物や近隣の山々での採取物、供物を中心に用意してくれているらしい。

 ビプネンが沢山食べるから、迷惑を掛けてないかと心配したけど、いつも余ってお裾分けしたりしてたから、大丈夫だと笑ってくれた。

 

 ビプネンの食欲についても、イアリロに聞いてみた。

「熊が冬眠前に大量に食べるのは脂身を蓄える為で、冬眠中はそこから水分や栄養を引き出す。心臓などの体の機能も抑えるから、飲まず食わずで、排泄もせずに過ごせるんだ。暖かい所で過ごしてたり、食べ物に困らない場合は冬眠しないから、ビプネンは冬でも起きてる筈だよ。今の食欲と体温調整が上手くいかない様子を見ると、暫くは注意が必要だと思うけど」


「ありがとう。何に注意したらいいでしょう」具体的に思い浮かばないんだけど。

「うーん。急に寒くなった時には、いつもより体が動きにくかったり、もの凄く眠くなるかも。あと、この時期は太りやすいと思った方がいいかな」

「分かりました。ビプネン、無理はしないでね」

「おお! ミエリッキ、タピオも、お気遣いありがとうございます」感激しないでいいから、元気でいてほしいな。


「さて、今日一日は雨らしい。祠に詣るのと、情報をまとめたいとは思うが、他にしておきたい事はあるかい?」食後の湯冷ましを飲みながら、イアリロが皆に訊く。


「携帯食を作らせて貰いたいの」リュドミラ、いつもありがとう!

「わしは皆の武具を研いでおいた方が良かろう」手入れが悪い、と怒られるだろうなあ、助かるけど。

「わっしは少し、寝かせて貰おうかと」ビプネン、やっぱり調子が悪かったんだな。

「俺は報告書を書きます。イアリロ、手伝って貰えますか?」


「勿論だよ、ルー。では祠に行ってから夕飯までは、各々の用をすませようか」

 では、と立ち上がったイアリロに手をとられて、祠に向かう。


 祠の形そのものは、俺達が借りている小屋とあまり変わらない。木造で、長方形の四角柱の建物に、四角垂の屋根が載る。


 ただ、細い板を縦に並べた壁と、横板を少しだけ重ねて貼られた屋根は、すっきりと現代風に見える。玄関扉の上を少し張り出して、小屋根が設えてあるし、何より硝子を嵌めた窓があった……この世界にも硝子があったんだなぁ。


 扉を開けても、中が暗くてよく見えない。全員が入って扉を閉めると、慣れてきた目に、窓から差し込む光と蝋燭に照らされた室内が見えてくる。

 前壁一面が祭壇だった。手前は大きな机状で、穀物や収穫物が供えられている。その奥に棚が設えられ、絵や小さな像、果物や花が並べられている。


 祭壇の中心、神像などが置かれるだろう場所には、立派な両開きの扉があった。イアリロが俺の手を離して、ゆっくりとその扉を押し開く。


 そこは、深い森の中だった。

 正面は、大きな大きな木の幹で塞がれている。周囲を囲むには百人以上、要るだろう。まるで壁のようだ。

 上を見上げると、枝々と葉に覆われた空から僅かな木漏れ日が煌めいている。

 清浄な空気、殆ど音のしない静謐な世界。

 俺達は、ユグドラシルの根元にいた。


 後ろで衣擦れの音がする。リュドミラが両膝と両手を着き、ゆっくりと額突いた。

 少し下がった、その左右に、ゴランとビプネンが跪く。

 俺はイアリロに手を引かれて、前に進む。繋いだままの手で、ユグドラシルに触れた。



 光の溢れる空間にいた。

 一本の木を中心に、そのいくつにも別れた根と、三つの湖、空を覆う枝葉が見える。

 九つの星が、光っている。五つは大きな幹や横に広がる太い枝に。天に向かう枝に二つ、地中へ向かう根に二つ。

 一番下の星は真っ黒に輝いていて、一番上の星は輝きが強く眩しすぎて、各々見えないけれど、そこに存在しているとはっきりと分かる。



 多分そこに居たのは、それを見たのは、この身体がある世界では一瞬の事だったんだと思う。

 でも頭なのか、心なのか、魂なのか。自分の中心に、その姿が深く深く刻み込まれたのを感じた。



 イアリロと一緒に少し下がって、リュドミラ達と並んだ。いつになくイアリロがぼうっとしている。

 今の映像? は、毎回は見えないんだろうな。

 ふと、リンダの言った『本物』はこれだったのかもしれない、と考えた。


 リュドミラがゆっくりと歌い始めた。歌詞はなくて、スキャットというのかな。音や旋律、そこに籠める祈りとかに意味があるんだろう。


 その歌がユグドラシルや世界、自分達を癒しているのを感じる。

 温かな風が自身の中を通り抜けた。失っていたものが戻ってきたような、満たされた感覚がした。


 リュドミラがゆっくり身体を起こし、もう一度深く額付いてから立ち上がる。

 笑顔でこちらを振り向いて……固まった。


 ん? 何かあった? どこも光ってないし。

 イアリロに握られた手が震えてる……何か怖くて見上げられない。

 ゴランとビプネンも俺を凝視している。

「な、何……?」怖い、でも聞かなきゃ。


「み、耳! しっぽ……!」

「ベスタ! ベスタはどこ? なんでいないの?」

「なんすか、それ!」

「ルー! 大丈夫なのか?」

「イアリロ? やだぁ!」

 阿鼻叫喚だった……



 俺はまだ、リュドミラに抱きついて泣いてる。

 リュドミラ、耳を撫でてうっとりしないでほしい。しっぽは見るだけにしてくれてるから、我慢するけど。

 ゴランはイアリロを座らせて、黙って頭を……あれ、アイアンクローって言うんだよね?

 イアリロも泣きそう……泣いてる。

 ビプネンは祠の壁際で寝てる。



 イアリロは俺を抱き締めて、耳(頭のてっぺんにできたらしい。顔の横のは小さくなった様だ。今は上の耳から音が聞こえる)と。

 何より、しっぽを触りまくって、離さなかった。泣いて嫌がっても、正気に戻らなかった。

 リュドミラは暫く、手を胸の前で握ったまま、動かなかった。


 ビプネンとゴランが、泣き叫ぶ俺からイアリロを引き剥がしてくれた。

 イアリロはゴランの拳骨を何発か喰らって、やっと動かなくなった。

 ビプネンは動き出したリュドミラに俺を引き渡して、クタクタと座り込んだ。


 騒ぎを聞き付けた家の妖精達が来て、ビプネンを室内に運んで寝かせて、皆を祠に誘導してくれた。


 もう、やだ……!

 

ということで……長かったですね、キーワード検索してくださった方(おいででしょうか?)お待たせしました。

続けてご覧下さっている方々、本当にありがとうございます。今後とも、宜しくお願い致します。


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